第11話 ムーラオ家の騒動‐ムーザスの本気‐
最近のムーランは孤児院の庭で子供達を見守るのが日課だ。
つい、ウトウトしてしまうほどのポカポカ陽気に欠伸をしては子供達の賑やかな声にハッとする。ムーランにとって最高に幸せな日々であった。
だが、そんな彼のひと時は聞き慣れた鈴の音色に遮られることになった。
シャンシャンと来客を知らせる鈴に、反射的に立ち上がると玄関へと向かう。
そこには見覚えのある侍女が倒れ込むように座り込んでいた。
よく見れば玉のような汗をかいており、どうやら只事ではなさそうだった。
「ハァハァ、ムーラン様、大変なのです。......ムーガル様が......!」
「どうしました? まさか」
「ムーガル様が意識を失って、ムーザス様になって大変なんです!」
どうやら彼女は酷く気が動転しているようだった。
仕方なく彼女に水をやり、落ち着くのを待つ。
「先程は失礼致しました。実は先日のことなんですが」
呼吸を整えた侍女は、孤児院に駆けつけた経緯を早口に語り始めたのだった。
§
その日、ムーラオ家の屋敷は嵐のような忙しだったという。
当主ムーガルの秘書、ジェスが書斎を訪れたことから騒動は始まった。
「ムーガル様、米の売上とは反対に小麦の落ち込みが著しいです。数値的にほとんどの平民は米に切り替えたとみていいでしょう」
今や聖都でパンを出すのは高級なレストランか貴族の屋敷だけだろう。
「そうか」
「あとムーザス様が開いたであろうパーティの領収書が届きました」
「そうか」
「またマーゼル様にグランホール家からお見合いの話がきております」
「そうか」
ジェスはそこでようやくムーガルの様子が明らかにおかしいことに気がついた。
口数が少ないのはいつものことだが、パーティの領収書の額に怒り狂い、お見合いの話が来ていると知ればすぐさま呪術師を呼ぶはずだった。
だが、ジェスは気にしないことにした。
良く考えれば、ムーガルが人の話を聞かないのはよくあることだからだ。
次の報告をしようと手元の資料に視線を落とした途端、突如ムーガルが激しい咳と共に倒れ込んでしまったのだ。
すぐに医者が手配されたが、ムーガルは意識を失ったまま寝たきりとなってしまい、そうなれば当然起こる問題が、彼の仕事を誰が代わりに行うのかである。
ムーラオ家の騒動はここからが本番だった。
ムーラオ家は聖都のほとんどの商売を管理しているため、当主が倒れる事態になっても仕事を中断することはできない。
すぐさま代理を立てなければならなかった。
そこで白羽の矢が立ったのが、当然次期当主候補であるムーザスであった。
三男であるムーランにムーラオ家を継ぐ気などさらさらなく、ムーザスが当主となることはほぼ確定事項だった。
父の代わりに書斎の椅子に座るムーザスの前に、ドサッと大量の書類置かれた。
「ムーザス様、こちらが以前から問題になっていた絹の販路でございます。偽物だとクレームが相次ぎ、大きな赤字になっております」
「ぬぬぅ、店が悪いんじゃないのか? 販売状況を調査して問題なければお墨付きを付けろ」
「よ、よろしいのですか? ムーラオのお墨付きにはそれ相応の――」
「いいのだ! そんなことに構っていては書類が一向に減らんぞっ。見よっ! この量を!」
ムーザスは怒鳴りながら積み重なった書類を指差す。
そこからは酷い有様であった。
次々に書類を捌くムーザスは一見有能そうに見えるが、その内容はお粗末なものである。
ムーザスとて適当に処理しているわけではない
彼なりに最良の答えを導き出してはいるのだ。
この結果、何が起こるのか、それは想像に
翌日、意識を取り戻したムーガルはすぐに医者の診察を受けていた。
だが、ガヤガヤと外が騒がしく気が散って仕方がない。
堪らずベランダに出ると見覚えのある商人達が門に群がっていた。
「なっ! 一体これは、何事か......」
「ムーガル様、まだ診察の最中でございまして――」
「そんな呑気なことを言っとる場合ではない!」
医師の制止を振り切り彼は書斎に駆け込む。
彼の仕事場にして自室。
そこではムーザスとジェスが頭を抱えて意気消沈していた。
「あっ父上、これは......」
ようやく助けが来たとムーザスの顔に生気が戻る。
「ルーザス......外の連中は何だ」
ムーザスは涙目になりながらムーガルの代わりを努めた間の事を話始めた。
全てを聞き終え、ふぅぅぅと長く深い息を吐き出す。
もはやムーザスを叱りつける気力さえなかった。
また倒れてしまわないよう、慎重に気持ちを静める。
「ムーザス様、マーゼル様の件は報告しなくてよろしいのですか?」
ムーザスがジェスを睨みつけるが、ムーガルの目力を前に縮こまる。
「マーゼルが、どうかしたのか?」
恐る恐る、些細な事であることを神に祈りながら問いただす。
「その......グランホール家とのお見合いの件が......」
ジェスの話が進むにつれムーガルの目の前は真っ黒になっていく。
聞き終わる頃にはムーガルはぶっ倒れてしまい、悪夢は二週目に突入するのだった。
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