第12話 ムーラオ家の騒動‐ちょっと留守にします‐




「と、いうことがありまして。ムーガル様はまた寝込んでしまいました。見合いの話を耳にしたマーゼル様がムーラン様のもとへ行けと......」


「見合い......マーゼルが助けを......」


ムーランの眉間にシワが寄りはじめる。

どれだけ成長しようとマーゼルは愛しい妹である。助けを求められている以上、応えてやるのが兄というものだ。


「明日の朝、すぐに屋敷へ向かいます。それまでは好きな部屋で休んでいてください」


それだけ言うとムーランはレインの元へ向かった。


今度は孤児院にしばらく戻れないかもしれない。

子供達にはその事を伝えておく必要があったのだ。




「え? しばらく孤児院を離れる!?」


「えぇ。だからレインには留守の間、皆に怪我がないか見ていてほしいのです。後、できればでいいので仕事の方もお願いします」


院長室に呼ばれたレイン達は突然の知らせに困惑し、同時にアニーとケインはすこし喜んだ。

レインにとって子供達を任されるのは光栄なことだが、ムーランが単身で行動することは不安だった。


レインの中で、ムーランは王、ということになっている。ならば当然、護衛が必要だ。

護衛に相応しいのは、他の誰でもなく自分であると自負していた。


「ムーラン様、どうか私も連れていっては頂けませんか!」


「にひひっ、レインも行きたいのですか? しかし子供達や仕事を任せれるのは......」


成人しているレイン以外には居ない。


「そのことでしたらアニーが相応しいかと。この子でしたら頭も回るし、腕もたしかです」


「アニーか。いひひ、たしかに子供達にも好かれているが、やはり不安だ」


ムーランはねっとりとアニーを観察した。

十六になったアニーはオシャレを気にする乙女に成長しており、同時に世話好きだった。


「大丈夫です。ケインも付けましょう!」


レインはなりふり構わず必死である。


「最善を尽くします!」


アニーとケインは同時に敬礼する。

二人からすれば、今回の話は願ったり叶ったりであった。


ムーランはもちろんのこと、彼を神聖視するようになったレインは子供達に距離を置かれ始めていたのだ。

それはアニー達も例外ではなく、レインの考えが理解できないこともしばしばあった。


始めは頼れる姉ポジションだったが、いつしかイカれた上司ポジションである。

なまじ孤児院で最も力が強いため、余計に怖がられて第二のムーランとなりつつあった。


「いひひ、分かりました。ではアニー、ケイン。明日から子供達の事は任せますよ。仕事の詳細は今日中に纏めておくので、心配しないでくださいね」


二人は思わず小さくガッツポーズをするのだった。




§




 院長室を後にした3人は、廊下から庭を見下ろしていた。

庭ではアレン達が今日も訓練に励んでいる。

誰もサボったり文句一つ言わないのはレインの調教の賜物である


アニーにはここに来る途中から気になっていたことがあった。

それはレインの髪が見慣れないヘアゴムで結ばれていることだ。


「そういえばレインさん、髪型変えたんですね」


昔のレインは髪のことなんて全く気にしない人だった。

少しくすんでいたレインの髪が、艶を取り戻したのはアニーのお手柄である。


「ええ、ふふ、いいでしょう? 実はムーラン様から頂いたの」


彼女は大事そうにヘアゴムに触れた。


わざわざ言うことでもないが、このヘアゴムもいつかのダガーのようにレインが勝手に持ち出したものである。


「ムーラン様が、ねぇー」


すっかり男前になったケインが、ボサボサの頭を掻きながら呟いた。


「ケイン、言いたい事があるならハッキリと言いなさい」


彼女はムーランの事になると、加減も歯止めも効かない。

ケインはそんな彼女が気に入らなかった。

年頃の男子とは難しいのである。


「別に......」


アニーは睨みつけるレインを必死に宥め、損な役回りに心の中で不満を漏らすのだった。



 そのまま庭まで降りると訓練に混ざる。

まだ夕食まで時間があるため、すこし身体を動かすことにしたのだ。


「みんな! レイン隊長に指導してもらえることになった。敬礼!!」


アレンに続くよう子供達が一斉に敬礼を行う

心臓に拳を当て目線を少し下げるその敬礼は、王国のものではない。


だが、見事なまでの一体感にアニーは素直に感動した。


「そこッ! たるむなっ!」


アレンの銃声に、アニーの心がビクつく。

もちろんこれは彼女に向けた言葉でも、実際に弛んでいる者がいたわけでもない。


レインに失礼の無いよう全員の気持ちを引き締めるために発しただけであった。


「そのまま聞きなさい。私は明日よりムーラン様の護衛として暫しここを離れます。アニー、そしてケインが残りますが、貴方達も立派な兵としてここを守る責務があることを忘れないでください。また、祈りの時間以外は地下室へは、くれぐれも近づかぬように」


「ハッ!」


「では、これより魔導具を使用した実戦訓練を行う!」


その後、レインに投げ飛ばされる子供達を見て、アニーとケインの心は一つになった。


(明日からは少しだけ優しくしてあげよう)



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