第13話 ムーラオ家の騒動‐マーゼルのお見合い‐
早朝、馬車は少し遅れて孤児院へと到着した。
「まったく、貴方と言う人はどういう神経をしているのですか! ムーラオ家に侍女の癖にグースカといつまでも寝て! ちょっと、聞いてるんですか?」
(どうして私が穢れた銀髪なんかに怒られないといけないの!)
侍女は何故か怒られている現状に不満たらたらである。
というのも、彼女は決して寝坊したわけではなかった。
それどころか、まだ夜中だというのに叩き起こされたのだ。
「いいですか? ムーラン様の朝食は葡萄酒とダイコンの浅漬けと決まっているのです。その用意もせずに――」
「レイン様、そろそろ出発するので乗ってください」
侍女としては様付けするなど心外ではあるがムーランの子である以上、立場はレインのほうが上であった。
「はぁ、まったく。仕方がないですね」
まったくもって、こちらのセリフである。
孤児院からムーラオ家の屋敷までは馬車を使っても半日ほどかかる。
雪が積もる中、馬を走らせてきた彼女はただの侍女ではないのだろう。
さすがのレインも、ムーランの前で彼女をグチグチと攻め立てることはしなかった。
「それで、グランホールの家との見合い会場はどこですか?」
ムーランの最愛の妹、マーゼル。
彼女のためであれば、どこへでも駆けつけて、そして台無しにしてやるつもりだ。
「ムーラオ家でございます。先方は武力を魅せつけるために、軍を率いてわざわざこちらへ来られます」
軍事都市モニアを統治するグランホール家の次期当主。
それが今回のお見合い相手であった。
「ひひひ」
ムーランとグランホール次期当主ではあまりに分が悪い。
彼は妹を守りたい一心で駆けつけているが、もしかしたら何の役にも立てないかもしれない。そんな不安がムーランの心を揺さぶる。
「お見合いの日程は、グランホール家がこちらへ到着次第とのことです」
「随分と勝手ですね。なぜそれを許したのですか?」
黙っていたレインは思わず口を挟んだ。
貴族の礼儀など知らぬ孤児にすらわかるほど、勝手な要求であった。
「それが、ムーザス様が言いくるめられてしまい......」
「ムーザスが。まぁ予想はつきます。しかし、ムーラオ家相手にここまで大きくでてくるとは......私が知らないうちにグランホール家は相当力をつけたのでしょうね」
三大貴族はそれぞれ同格の力を持っているわけではない。
最も権力が強いのはムーラオ家。その傘下の下級貴族や商人は王国の6割を占める程だ。
次点がツモーラ家。ツモーラが潰れれば食糧の生産は一気に止まるといっていい。
そして最下位がグランホール家であった。
グランホール家は戦争に駆り出す兵を育成することで有名だ。
しかし戦争の度に兵が死に、その死んだ兵の代わりを育成するのも時間がかかる。
そうしてグランホール家は戦争が起これば、その度に弱くなっていったのだ。
名誉ある犠牲だというのに、世間はグランホールが落ちぶれているとしか見ていない。
反旗を翻そうにも兵糧はツモーラとムーラオに管理されており、負けは確実。
貧乏くじを引かされ、だれも助けてくれない崖っぷち貴族がグランホール家の実情だった。
「いえ、力をつけたというわけではないと思います。事実、連合国を相手に敗戦が続いているようです」
連合国がルチモニア王国を攻めあぐねているのには地理的な問題があった。
聖都ルチモニアと資源都市ルチアを守るように軍事都市モニアがあるのだが
そのモニアを守るように巨大な山がそびえ立ち、さらにその山と連合国の間には巨大な川が流れている
この二重の自然防衛線が、どちらからも攻め込めない均衡状態を作り出していた。
「父上の体調が少しでも回復していればいいのだが......」
夕刻、本邸に到着した二人は正面門にできた人集りを避け、裏口からコソコソと中へ入った。
真っ先に向かったのは当然、寝込んだムーガルの元である。
「おそらくムーガル様は魔耗症かもしれません」
ムーガルは今も意識が戻らず、医師の呼びかけにピクリとも動かない。
魔耗症とは、魔力が何らかの原因で極端に少なくなり体調が崩れやすくなるというものだ。
ムーラオ家の人間は代々魔力を持たないため誤診であるのだが、その事実はムーラオ家の身内のみが知る事である。
生まれつき魔力のないムーラオ家の人間にとって重い病気は致命傷なのだ。
魔力により治癒力を高められないため
つまり何らかの病によりムーガルは今、生死を彷徨っていたのだ。
ムーランは父の最後が近いことを悟った。
「そうですか。レイン、次はマーゼルの元へ行きますよ」
「なっ!」
医師は、あまりにも冷淡なムーランの反応に驚愕する。
実の兄を暗殺する息子に、父の窮地を平然と流す息子。
ムーガルが彼らにどれだけのお金を使ったのか、なんとも親不孝者な兄弟だ。
「はい。ふふ」
レインはそんなムーランの手を嬉しそうに握った。
その光景に医師は一人震えるのだった。
ムーランにとって家の一大事など二の次である。
彼がここに駆けつけたのは、最愛の妹を救うためだけであった。
二階にある書庫。マーゼルは悩みがあるといつもここで溜息を吐いていた。
「マーゼル、戻ったよ」
ムーランの読み通り、彼女は書庫で本を読んでいた。
「あ、兄上。来てくださったのですね。すみません、都合よく兄上を頼るなどと......」
マーゼルはチラチラとレインを見ながら言った。
「紹介するよ。この子は私の孤児院で最も信の置ける自慢の子、レインだ」
「ふふ、どうかよろしくお願いします叔母様」
成人して背だってかなり伸びているレインも、ムーランからすればいつまでも可愛い我が子である。
「自慢の子......? それにその髪色......貴女は連合国出身ですか?」
王国には銀髪と青髪の人間は生まれない。
「申し訳ございません。わかりません」
王国において連合国の血を引く者は基本的に処刑される風習がある。
その事をレインはしっかりと理解していた。
今まで外を自由に歩き回りことができていたのは、ムーランの孤児であると周知されていたからだ。
いくら銀髪とはいえ、ムーランの子供に手を出せば反対に死刑にされてしまうだろう。
そんな恐怖心からレインは大手を振って外に出れたのだ。
「マーゼル、レインはとても良い子なんだ。子供達の世話や、私の仕事の手伝いだってしてくれるんだよ、いひひ」
ムーランは興奮したようにレインを褒め、その度にレインの身体が脈打つ。
そんな二重に気持ちの悪い光景が、マーゼルの心をどっと沈めていくのだった。
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