第14話 ムーラオ家の騒動‐ムーザスだって必死‐
その後もムーランの子供自慢が止まらず
レインはいつまでも子供扱いされていることに若干の気恥ずかしさと、認められていることへの喜びに翻弄されていた。
結局彼を止めたのは、顔を真っ赤にして息も絶え絶えなレインだった。
「ハァハァ、ムーラン様、叔母様が困っていらっしゃいます」
「おっと、すまないね、ひひ。マーゼル......確認だがお見合いは本意では無いのだろう?」
「も、もちろんです。
マーゼルは手元の本を大事に撫でながら言った。
「心に決めた人......」
呆然と固まってしまったムーランの代わりに、レインが話を進める。
「どのような方ですか?」
「その御方は白銀の鎧がよくお似合いで、魔法でドラゴンを焼き切る姿がとても漢らしく! 私、一目惚れしてしまったのです」
「魔法にドラゴン......?」
ムーランは少し悩んだ後、妹のメルヘン発言に一転して笑顔になり頭を優しく撫で始めた。
「良い子だ、マーゼル。その人のことを生涯愛しなさい」
妹には是非、このまま物語に恋する乙女でいてほしいと思うムーランであった。
「兄上、父上とはお会いなされましたか?」
「えぇ。しかし、もう長くはないかもしれない。伯父上様も病にかかってからはすぐでしたので」
「やはり......」
重い空気が書庫を包む。
「ムーラン様! ムーラン様!」
もはや見慣れてしまった顔の侍女が、下品に大声を出しながら書庫へ訪れた。
「大変でございます! グランホール家の使いの者が来られて、ウェラミン・グランホール様は5日後に到着されるとのことです」
見合いが決まってから一週間とすこし、とんでもなく急な話であった。
「そのウェラミンという方は、かなり情熱的な方なのですね」
レインの言葉が刺さったのか、侍女は笑いを堪えるのに必死だ。
だが、現状は呑気に笑っている場合ではない。
「ミーラ、すぐにドレスの用意と会場の準備をお願いします」
たとえ断ることになろうとも、お出迎えをしないわけにはいかない
ムーラオ家として最高のおもてなしで、格の違いを見せつける必要があるのだ。
「くふっ、しょ、承知いたしました。くふふ」
今だに笑いのツボに嵌っている侍女を尻目に、マーゼルとムーラン達は書庫を出た。
向かうは書斎にいるであろうムーザスの元だ
現在ムーラオ家を取り仕切っているのは彼なので、いろいろと打ち合わせする必要があった。
書斎の前に着くと、中の惨状が感じ取れるほど悲痛な叫び声が聞こえてくる。
「ジェス! もう終わりだ! ムーラオは終わりだあああ」
「ムーザス様、お気を確かに! 後たった100件余りでございます」
深いため息をつき書斎の扉をノックするも
「うおおおおお」
「ムーザス様! 出鱈目に判を押さないでください!」
中の者には届かず、仕方なく扉を開ける。
「ムーザス、マーゼルのお見合いの件なんだが――」
「今はそれどころではない! ん? ムーラン! ムーランじゃないか!」
今のムーザスには不仲だった弟でさえ、兄の窮地に助太刀にきた頼りになる存在に映った。
だが、そんな弟の横に寄り添うレインを見た途端に不快な表情に切り替わる。
ムーザスの次のセリフを予想したムーランは、すかさず前に出た。
「おっとムーザス、いえ、兄上。この子は私の子供です。心配はいりませんよ」
「ふんっ。とりあえず今は問い詰めないでおいてやる。父上が倒れてからというもの、我がムーラオ家は大変なことになっている。ムーラン、お前の手すら借りたい程だ」
ムーザスは手を止めずに、打って変わって大人びた対応を取った。
彼もムーラオ家次期当主として着実に成長しているのだ。
「お前には外の連中の相手をしてもらいたい。見合いの話はそれからだ」
§
書類とクレーマーが片付いたのは、完全に日が落ちた頃だった。
それでも完全に解決したわけではなく、また明日も人集りができることだろう。
疲れ切ったムーランとムーザスに休む暇はなく、これからお見合いの話を詰めなくてはならない
お見合いは、大勢の貴族を呼びパーティー形式で行う予定だった。
ドレスはもちろんだが、酒や料理、会場の設営、貴賓達を迎える馬車の手配など用意しなければならないことが山積みだ。
「まずはごはんを食べませんか。私も疲れてしまいました」
休憩を申し出たのはレインである。
ムーランの横に立っていただけの彼女だが、彼を気遣い休みたいと申し出たのだ。
だが、ムーラオ家における彼女の身分は相当に低い。
マーゼルは兄達を差し置いて休憩を求める彼女にギョッとした。
「そうだね。兄上、先に夕食にしよう」
ムーザスは何か言いたそうにするが、しかし彼にはそんな気力すら残っていなかった。
三十人は座れそうな長テーブルにたった四人分の料理が運ばれてくる。
その間、誰も話すことはなく沈黙だけが場を支配していた。
「それで、その忌敵はなんだ?」
ムーザスはレインを睨み付けながら問うた。
「私の子供ですよ。スラムの物陰から、とても力強い眼で私を見ていましてね。思わず連れて帰ることにしたのです。とても可愛いでしょう? あの時の私の判断は、やはり間違っていなかった。今でも誇らしいです」
「そんなことを聞いているんじゃない! 連合国の人間は見つけた時点で処刑する決まりがある!」
「決まりではありませんよ。所謂暗黙の了解というものです。それに髪の色だけで判断するなど早計では?」
バンッとムーザスがテーブルを叩く。
もはやこの動作はムーラオ家の十八番である。
「王国に銀髪の人間などいない! 連合国の血を引いているのは明らかだ! それに礼儀を知らないところもそっくりではないか!」
心臓に毛が生えているであろうレインは、彼らの言い合いを全く意に介さず料理を口に運んだ。
「ふんっ。それにその腕につけた趣味の悪い腕章はなんだ?」
「私が作ったのです。孤児院のシンボルにふさわしいでしょう?」
兄弟の言い合いは止まらず、手付かずの料理が冷めていく一方である。
そして、遂にはマーゼルまでもがバンッとテーブルを叩いた。
「二人とも、いい加減にしてください! 私のお見合いの件はどうなるのですか!」
いつも気弱だったマーゼルのお叱りに、二人は目をぱちくりとさせる。
「後四日しかないのですよ! だいたい元はといえば――」
マーゼルの怒りは、食後のデザートが出てくるまで収まることはなかった。
逆に冷静になったムーザスが果実を摘み口に運ぶ。
「ごほんっ、パーティーとドレスは俺が最優先で用意する。それよりも、お前たちはどうやって断るかをよく考えておけ。ムーラオ家にふさわしい断り方で、だ」
ムーラオ家にふさわしいと言われても、家のことに口出しできないマーゼルと興味のないムーランには難しい話である。
ようやくゴールが見え始めたと喜ぶムーザスは、そんな大事なことも忘れて上質な葡萄酒に
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