第15話 ムーラオ家の騒動‐ドレスと軍服‐




 ルチモニア王国の北に広がる軍事都市モニア。

そこを管理するグランホール家の次期当主であるウェラミンには大きな野望があった。


それは、かつて王族であったグランホール家に再び栄光をもたらすこと。


「御祖父様、我らグランホール家のため、不肖ウェラミン! 行って参ります!」


自らの兵を率い、ウェラミンは聖都へ行進する。

彼の祖父は、孫の背中に漢を感じながらも心の中は複雑な気持ちでいっぱいだった。


そもそも、ムーラオ家とのお見合いは数十年前から断られ続けていおり、今回も断られるはずだった。

だから、彼はまだウェラミンが小さな時からあることないこと吹き込んでいたのだ。

グランホール家が王族であったことなど一度もない。

彼が孫に良いところを見せるため、見栄を張っただけである。どうせ領地から出ることもないと思っていたのだが......


モニア特有の乾燥した荒野に消えていく孫。


彼はハット帽を胸に当て、ただ静かに目を瞑った。


(やっばー、最後までカッコつけていい感じに見送っちゃったよ! まじどうすんのこれ!? だいじょうぶ?

どうか、どうか、孫が生きて帰ってきますように......!)


最後まで真実を話せなかった心の弱い自分に、老人は涙するのだった。




 そして時は進み、ウェラミンは遂にムーラオ家へと辿り着いた。

ムーラオ家の正面には人集りができており、貴族としての格の差を痛感する。


実際は怒声や文句が飛び交っているのだが、極度に緊張した彼には運良く聞こえてはいなかった。


「お待ちしておりました。今回、ムーラオ家での案内をさせていただきます。侍女のミーラと申します」


屋敷の前に立ち尽くすウェラミン一行の前にミーラが現れ、別の門へと案内する。


こうしてムーラオ家とグランホール家のお見合いは幕を開けたのだった。




「パーティーの会場へ向かう前に、まずは客室へご案内致します」


普段とは違い立派に役目をこなすミーラ。

その後を追うウェラミンは屋敷の大きさに震撼していた。

グランホール家の屋敷が三軒は入りそうな敷地面積である。


「こちらがグランホール様のお部屋になります。パーティーの準備はできておりますが、一休み致しますか?」


侍女に気を使われ、ウェラミンはハッと自身の体たらくに気づいた。


(このままではいけない! グランホール家の誇りを忘れるな!)


「ふむ、暫し待たれよ」


キリッとしたウェラミンは御側付きの護衛だけを連れて中へ入る。

廊下にはウェラミンの連れてきた兵が列をなしており、ミーラは気まずそうに彼らを見つめるのであった。



「それにしても、兵舎が無いなんてなぁ」


世間知らずのシバ。


「あぁ、それに警備が一人もいねぇ。グランホールじゃ考えられないぞ」


傭兵志望だったケン。


「ムーラオ家のレベルになると、そんなもの必要ないのだろう」


祖父に騙されたウェラミン。


この三人は幼馴染であった。

お互い遠慮などできない程の腐れ縁で、もう二十年以上の付き合いになる。


「でも、さっきの侍女さん可愛かったなぁ。たしかミーラって名前だったよな? 俺も結婚してぇ......」


「お前には無理だよ。一生ウェラミンの護衛止まりだな」


「お前ら、俺の護衛であることに不満でもあるのか? んっ?」


いつも通りの二人にすこし緊張がほぐれる

ウェラミンは完璧に軍服を着こなし、姿見で前髪を整えた。


侍女や執事を使わないのは、グランホール家の伝統である。


「いいか? マーゼル様との婚約を結ぶことが最優先事項ではあるが、一度の見合いで成功するなどとは思っていない。まずはグランホール家の力を見せ、我々の事を記憶に植え付けるのだ」


「いいのか? 手加減できねぇぜ?」


三人はフッと鼻で笑い合い、部屋を後にした。




§




 屋敷の中でも一番大きな大広間が今回のお見合い会場となっていた。

すでに多くの貴族が集まっているが、右を見ても左を見てもムーラオ家の傘下で固められている


「相手の人、遅いですね。ムーラン様、葡萄酒のお代わりをどうぞ」


ほどよく着飾ったレインが、ムーランのグラスを交換する。


「先ほど到着されたばかりだからね。それにしても、到着していきなりパーティーとは大変だねぇ、いひひっ」


本来なら到着して早くても翌日にパーティーが始まる

だが、今回は嫌がらせも兼ねてすぐに開催されたのだ。


「ふふ、ムーラン様。まるで悪者のようですよ?」


ムーラン達は結局、ふさわしい断り方を見つけられないでいた。

手段が見つからないなら、手段を選ばない。

この男に委ねたのが、ムーザスの運の尽きである。


などと話していると、入り口付近がざわざわと騒がしくなる。


「来られたようですね」


ウェラミンとは始めて会うが、たとえどんなヤツだろうと最愛の妹をやるつもりはない。

ムーランは宿敵の登場に気を引き締めた。



 入場してきた3人はどこから見ても軍人だった。

グランホール家も以前はスーツを着ていたが今ではもう軍服が正装である。

彼らを迎え入れるためだけにスーツを新調したムーザスが手を広げて歓迎の意を示した。


「よくぞ来られました! お初にお目にかかる、ムーラオ家次期当主のムーザスと申します」


ちなみにムーザスは挨拶を終えるとすぐさま仕事のため退場である。


「我はグランホール家次期当主であるウェラミン・グランホールである」


同じ国内でも両都市はそれなりに離れており、礼儀や作法は様々だ。

ムーザスは特に気を悪くすることもなく、暫し談笑した後ひっそりと居なくなった。


「兄上、お待たせ致しました」


ウェラミンは流れるように貴族達に挨拶をして回っており

そんな宿敵を睨んでいると我らがマーゼルがドレスアップを終え、ムーランの元へと現れた。


「いひひっ可愛いよ、マーゼル。黄色が良く似合っている」


ルチモニア王国のナショナルカラーである黄色の派手なドレス。

その姿は、まさにルチモニアの天使である。


「ありがとうございます」


マーゼルはニヤニヤが止まらない兄よりも、自分のお見合い相手を探すことにした。

写真でしかみたことがない相手の情報が少しでも欲しかったのだ。


彼女は気づかれないように、辺りを見回すと

明らかにムーラオ家傘下ではない服装が目に入った。


「えっ、もしかしてあの軍服の方ですか?」


マーゼルが見つけたのは聖都で流行り始めたモチ饅頭を頬張っているウェラミンだった。


「はい。あの赤髪の方がウェラミン・グランホールさんだそうです」


マーゼルは唖然と、


「田舎臭い......」


とつい口を滑らすのだった。



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