第25話 聡明なレインは未来を視る




 ペンタール歴六百七十年。

五百年の歴史を持つルチモニア王国は、アーノルド連合国の快進撃により滅ぶこととなった。


瞬く間に聖都は制圧され、多くの罪の無い国民が犠牲となった。

孤児院は少々目立つため軍が来たのだが、その大きな門に掲げられた紋章を見ると彼らはすぐに引き返していった。


 そんな孤児院の院長室で、ムーランは静かに涙を流していた。


「マーゼル......ムーザスよ、すまない......」


もはや事は終わり、ムーランにできることなどなかった。子供達が無事だった奇跡だけが心の支えと言ってもいい。


連合国は音を拡張する魔導具で三大貴族の首をすべて持ち帰ったことを宣言していた。

連合国が罪のない孤児院を襲わないことを願うばかりである。


コンコン。


「ムーラン様、晩ごはんの用意ができました」


日課だった魔水晶を見ていなかったので、すっかり時間を忘れていた。

ムーランは大きく深呼吸すると、子供達の前で辛気臭い顔を見せないようにキュっと表情を引き締めた。



 食堂ではレイン達がいつものようにムーランを待っていた。


「ひひっ、つい、魔導具に夢中になっていてね」


レイン達はそれが嘘だとすぐにわかった。

ムーランは魔導具に興味など持たないからだ。


「院長様、今日のごはんはアンジェラ様が御作りになられたのですよ」


アニーが明るい話題を持ち出す。


「アンジェラが? それはすごい。どれどれ」


ムーランがフォークで持ち上げたのは、ざく切りのニンジン。思わず苦笑いしてしまう。


「ムーラン様、それはアニーちゃんが切ったニンジンですわ」


「えっ! 違いますよ! いいじゃないですか、可愛いニンジンですよ、これ!」


すっかり仲のいい二人に、周りのみんなは笑顔になるのだった。




 夜、皆が寝静まった後、レインは一人地下室へ向かった。

誰もいない地下室で、神像にそっと触れる。


いくら魔力を流しても、魔導具であるはずの神像は起動しなかった。

おそらく連合国側が遮断しているのだろう。


暗闇に佇む彼女は目を閉じて、思考を巡らせた。


 王国が滅んだ今、問題はこの孤児院の立ち位置だった。

連合国に協力する見返りとしてムーランは名誉国民となり、その家族であるアンジェラや子供達も殺されることはないだろう。


だが、まったく危険がないわけでもない。

王国に強い恨みを持つ者だっているだろう。


なにより、王国の次にどのように連合国を滅ぼせばいいのか。

レインは思考の海を彷徨い、答えの見つからない問題に眉を顰める。


何はともあれ、まだまだ孤児院の力は弱い。

問題は一つ一つ解決するほうがいい、そのほうが近道となるのだ。


「きひひひひ」


明日の予定を頭の中で組み上げ、地下室を後にした。




 翌日、院長室に訪れたレインはムーランにとある提案をする。


「ムーラン様、今回の戦争で親を失った子供が大勢いることでしょう。できればそのすべてを孤児院で引き取りたいと考えています。そのためには孤児院を拡張、または増やす必要があります」


兵を増やすことは必須だが、大人は歯向かう可能性がある。

よって彼女は、ムーランのように子供を育成することに決めたのだ。


ムーランが子供が増えることを拒むはずもなく。


「いひひ、良い考えだね。さっそく募集をかけよう。連合国の連中がめちゃくちゃにした後だ、使えそうな建物を勝手に孤児院にしてしまおうか、にひひっ」


レインは院長室を跳ねるように飛び出てアニー達の元へと急いだ。


 一方、子供達は数日の休暇中であった。

あの日を忘れようと、それぞれ思い思いのことをしていた。だか、それも終わりである。


満面の笑みをしたレインは子供達の前に立ち、静かに深呼吸すると口を開いた。


「各位! 新たな作戦が始まる。町へ向かい、使えそうな建物を占領する! そこを第二、第三の孤児院とする。また、親を失った孤児を片っ端から集めなさい。もし親が近くにいれば、殺して孤児にしなさい」


レインが勢いよく指示を飛ばすも、いきなりの事に皆呆然とするばかりだ。


「えっと、レインさん。それはどういうことかな?」


アニーが代表して、レインへと質問した。

彼女はニヤァと笑い、声を張る。


「いひひッ、私達の次の目標は連合国だ。そのためには兵も力も、なにもかもが足りない!」


レインの眼には、もはや子供達は映っていなかった。


「しかし、私達はまだ、子供だ。強く、賢くなる時間ならたんまりとある!」


レインの眼には、未来が映っているのだ。


「力をつけ! 技術を盗み! そして、すべてをムーラン様に捧げるッ!」


「もしも不満があるのならば......それは罪だ。罪深きものに明日はない」


レインが子供達を睨み射竦いすくめる。

子供達に植え付けられた恐怖は、確実にムーランからレインに置き換わっていた。


「でも、ここにいる皆は大丈夫でしょう。ムーラン様のために一丸となって生きてきたのですから、キひひひっ」


気味の悪い笑い声が束の間の日常を塗り潰していく。誰も運命に逆らうことはできなかった。



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