第24話 愚かなムーランは子供を知る
孤児院では、子供が居ないことに疑問を持ったアンジェラが院長室へ来ていた。
「ムーラン様、子供達はどこへ? どこにも居なくて......ムーラン様?」
ムーランは魔水晶をじっと眺めていた。
孤児院を出るレインを最後に映したきり、一人も子供を映していない。
彼は寂しそうにアンジェラに言葉を返した。
「すこし遠出をしています。思えば、私はあの子達に外を見せてこなかった。レインも呆れていたことでしょう」
「ムーラン様......」
「今はレイン達が子供達を外に連れだしてくれました。彼女は子供達のことを任せてほしいと。もう立派な院長ですよ、ひひひ」
ムーランは嬉しそうに、悲しそうに笑う。
「ふふ、弱気になる必要はありませんわ。今のレインさんだってムーラン様あっての、ですわ」
アンジェラは優しくムーランの頭を撫でた。
ムーランが今の立派なレインを育てた、あながち間違いではない。
「そう......ですね。今はただ、子供達が帰ってくるのを待ちましょう。そして帰ってきたらいっぱいのご馳走で出迎えたい。アンジェラ様、手伝ってくれませんか?」
「ふふ、もちろんですわ」
最愛の子供達が国家滅亡の手助けをしていることを、彼らは知る由もなかった。
§
「C班、城下町の制圧完了。帰還します」
「こちらA班、資源都市ルチアの制圧完了。なおツモーラの首は連合国が持ち帰るとのことです」
「び、B班! 連合国がモニアを占領! 聖都への進軍を開始しました!」
これらの報告があったのは、何時間も前のことであった
レインは血生臭い部屋でマーゼルとムーザスの首に話かけていた。
部屋の外では屋敷がバチバチと音を立てて鳴いている。
「そしたら、偶然ムーラン様に見られてしまって、物凄く恥ずかしかったです。ひひひ。あの後、私が天使を好きだと勘違いなされて、可愛いらしいぬいぐるみを頂きました」
レインは屋敷に着いた時とは違い、笑顔で楽しそうに言葉を紡いでいく。
時より、マーゼル達の話を聞いているかのように相槌を打つこともあった。
「ひひひ、それは大変でしたね」
もちろんすべては彼女の自己満足であり、イカれた行為である。
だが、レインにとって、これがせめてもの償いであったのだ。
「最後に、ムーラン様へのお気持ちを頂戴します」
レインはそういうと二人の黒髪を少し切り取り、束ねて懐へ入れた。
「マーゼル様、ムーザス様、私と共に、ムーラン様と共に......」
燃え盛る屋敷を背に、レインは仲間の元へ向かっていった。
孤児院から少し離れたところに、それぞれの班の合流予定地がある。
孤児院と同じように、城下町の隅っこにあるそのポイントは、資源都市ルチアから流れてくる川があり避暑地として有名だった。
今は雪が積もり誰もいないが、あと半年も経てば人で溢れかえっていただろう。
「皆さん。お疲れ様です。まもなく連合国の軍がこの聖都を征服することでしょう」
レインはすっかり乾いてしまった血を、川の水で流しながら何でもないことのように言った。
「レインさん、これでほんとによかったのかな?」
「どういう意味ですか?」
手を止めることなく、感情を変化させることもなく、今の彼女はまるで機械のようであった。
「どうって......」
アニーはうまく言葉にできず黙り込む。
「レイン隊長、欠員はでていません。しかし、精神的に疲労がたまっている者が多く早く孤児院へ戻るべきかと」
アレンもその一人であった。しかし、もう終わったことを蒸し返してもいいことはない。
自分が鍛え上げた子供達のためにも、まずは家に帰らせてあげたかった。
「ダメです。私達は自分達が成したことの成果を見届ける必要があります。幸い、ここは王城がよく見えます。聖都が沈みゆくその時を、見守りましょう」
誰もが、不安だった。
誰もが、不満だった。
そして誰もが、レインを恐れていた。
彼女はここに来たときから終始笑顔だった。抑揚のない声、こちらを見ているはずなのに、どこか遠くを見ているような眼。
その張り付いた笑みは、聖都の中心近くから上がる黒煙を見た時に一層大きくなった。
彼女の状態や、血まみれだった服から人を殺してきたことは明白だった。
子供達はまだ十代だ。
実際に目撃者の始末なんてできるわけがない。
精々が気絶させるだけ、実際に殺したのは連合国の人間だ。
しかしレインは違った。
違うと子供達は分からされたのだ。
この狂人の次の獲物は自分達かもしれない。
一度そう思ってしまうと、もう誰もレインに逆らうことなどできない。
「始まった。随分と早いですね」
王国の最大の武器であった自然による足止めが破られ、守るべき資源は焼かれ、最後の砦となるはずだった聖都の貴族達は死んだ。
全都市に仕掛けられた同時攻撃により、あっけなく沈みゆく聖都をただじっとレインは見守る。
王城に張り巡らされた魔導回路が輝きを失った時、レインはおもむろに歩き出した。
「帰ります」
その顔はすでに笑っていなかったが、刺さるような声に全体は素早く行動を開始した。
「レインさん、院長様は褒めてくれるかな?」
沈黙が苦手なアニーは、さっそく場を盛り上げようとする。
「ムーラン様は褒めてくださいません。皆さん、今回の事はムーラン様に報告しません」
「えっ?」
アニーだけでなく、全員が彼女の言葉に耳を疑った。
これまで自分達は院長のために頑張ってきたと思っていたからだ。
「皆さんに謝罪しなければならないことがあります。私はムーラン様の願いを、野望を勘違いしていたのです」
子供達は呆然と、レインの次の言葉を待つしかなかった。
「ムーラン様は連合国に寝返るのだとばかり思っていました。しかし、実際は違いました。ムーラン様の野望は、大陸の統一です」
彼女のあまりにも平淡な声に、そのまま聞き逃してしまいそうになる。
「その野望を知った私はムーラン様にこれから先のことを任せてほしいと願いました。そして、私はムーラン様に全てを任されたのです」
「もう報告を行わない理由が分かりましたよね? 私はムーラン様に”王になった”という結果をプレゼントしたいのです。貴方達はプレゼントの値段や、入手に労した苦労を相手に話ますか?」
「あぁそれと、昔、初めてムーラン様の考えに気づいた時、地獄に連れてこられたのかもしれない、とそう言いましたね」
「ごめんなさい。私達が来たのは、地獄ではありませんでした。ここは終わなき奈落。さぁ、帰りましょう。私達はまだ落ち続けている途中ですから」
まるで、ピクニックの帰りだと言わんばかりに、レインは歩みを再開した。
王国は滅んだ。
しかし、これはゴールではない。
先が見えない暗闇へと、子供達は落ちていくのくのだった。
翌日、レイン達は孤児院へと辿り着いた。
正面扉を開けてシャンシャンと鈴の音を聞く。
「おかえり、レイン」
「ただいま戻りました。ほかの子供達は水浴びへ行っています」
レインはムーランの舐めまわすような視線に心地よささえ感じた。
三日月のような笑顔も、売人のような悪人面も今の彼女にはすべてが恋しく、彼女にとっての全てである。
「ありがとう。外は寒かっただろう? ゆっくりと、休むといい」
本音には聞こえない彼の言い方にすこし懐かしさを感じて、くすっと笑ってしまうのだった。
§
レインを出迎えた後、ムーランは院長室へ向かう。子供達の様子を早く見たかったのだ。
「ムーラン様、子供達が帰ってきましたわよ」
途中アンジェラに出会うと、彼女も嬉しそうな顔をしていた。
「えぇ。どうやらうまくいったようです。レインが笑っていました」
「それはよかったですわ、たまには孤児院の外で遊ぶことも大事でしょう。ですが黙って何日も家を空けるなんて! 私、レインさんに小言の一つや二つ言いたい気分ですわ」
アンジェラもすっかり、彼らの母親である。
「ひひ、アンジェラ様。子供とは案外、すぐに大きくなってしまうものなのですね。私はてっきり、いつまでも手のかかる存在だとばかり思っていました」
「ふふ、寂しがる必要はございませんわ。すぐに、手のかかる子が増えますもの」
アンジェラはお腹を撫でながら、幸せそうに微笑むのだった。
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