第23話 貴族は死に、滅びは始まる
ペンタール歴、六百七十年。
どんな歴史書にも、必ずこの年に起きたことは書かれることになるだろう。
孤児院で起きているただならぬ事態に、ムーランは頭を抱えた。
「レイン、子供達が皆一斉に出かけるなんて、おかしな事がありますか?」
「ムーラン様、彼らにだって遠出したいこともあるでしょう」
レインは連合国とのやり取りや、合同作戦についてムーランには一言も話さなかった。
それどころか、すべてを秘密にしていた。
彼女は彼がどのようなやり方で王国、連合国を淘汰しようとしているのか知らない。
もちろん何度かそれとなく聞いてみたのだが、彼は教えてはくれなかった。
だから、彼女は彼女なりのやり方でムーランの野望を叶えることに決めたのだ。
もしかしたら余計な事をしているのかもしれない。
しかし、レインはムーランにすべてを任せて欲しかった。自分が必ずムーランを王へと導く。
彼の作戦で彼が王になっても意味がないのだ。
ムーランが王であるためにはレインが必要不可欠である。その事実がレインには必要だった。
「ムーラン様、私は貴方の願いを叶えたいのです。これより先は、どうか私に任せていただけませんか?」
ムーランの願い、すなわち王になること。
だとレインは本気で信じている。
「私の願いを......ですか」
ムーランの願い、すなわち子供達が元気に和気あいあいと過ごすこと。
ムーランの頭の中でレインが今まで子供達の世話や、教育をしているところがフラッシュバックする。
「なるほど。どうやら貴女は、私よりも立派な親になったようですね。貴女がそこまで言うのなら、私は甘えさせてもらうことにするよ。ひひひっ」
ムーランはフッと表情を緩めた。
ムーランにすべてを任されたレインは、興奮する自分を抑えられないでいた。
「いひっ、にひひ」
シーンとした孤児院でレインの気味の悪い声が響く。
自分に割り当てられた部屋の扉には、可愛い天使の人形がかけられていた。
これはムーランからの贈り物である。
「いひひ、ひひひ」
部屋の中に入ると、そこには無数の暗器が並べられていた。
一つ一つに魔導回路が張り巡らされており、すべてが一級品だ。
彼女はその中から一本のダガーを丁寧に取った。
奇妙な装飾がされたダガー、懐かしい思い出の品である。
「ムーラン様、ひひひ」
暗器を次々と服に仕込むと、部屋の角に置いてある魔水晶に施した細工を解除する。
ふぅぅと深く深呼吸したレインは、表情を消し孤児院の玄関へ向かった。
§
城下町へと走りだしたレインの元へ、次々と報告が入る。
連合国が開発した最新の連絡魔導具は一方通行という制約はあるものの、長距離へと声を運ぶことに成功していた。
「こちらA班、ルチアの部隊と合流。作戦を開始する」
「B班! モニアに到着、連合国が見え次第、作戦を開始します!」
「C班、聖都で部隊と待機中、合図を待つ」
子供達は一足先に馬車や徒歩で向かっている
首尾は上々であった。
レインは、これから自分が成すであろう罪に、鼓動が早まるのを感じていた。
恐怖、不安、興奮。様々な感情が荒れ狂う。
彼女の役目はムーラオ家を壊滅させること。
その騒ぎを合図に、C班が聖都の貴族に刃を向ける手筈である。
「マーゼル様、ムーザス様、申し訳ございません」
彼らはムーランの弱点となりえる。
特に妹を愛するムーランは必ず立ち止まってしまうだろう。
だから、その弱点を真っ先に排除する。たとえ、一時的にムーラン様を傷つけることになるとしても。
屋敷の構造は完璧に覚えた。人を殺すことに抵抗はない。
しかし、彼女は王の大切な者を奪うことに心が裂けそうになるのだった。
レインが屋敷の前へ到着したのは深夜であった。全力で走り続けたはずの彼女に疲れは見えない。ここまで魔導具を使いこなすことができるのはレインだけかもしれない。
王国は今、確実に窮地に陥っていた。
連合国がモニアへ進軍を開始し、B班が裏道や伝令の始末などのサポート。
そこまで強い兵を持たないルチアは、連合国の精鋭部隊とA班の奇襲により大きな被害がでていると報告があった。
だが、王国の連絡手段は今だ手紙である。
さらにその伝令は子供達によって殺されている。
よって聖都ルチモニアだけは、まだ平和であった。
長かった雪祭りの片付けに追われる店や、いまだライトアップされている王城がレインの心に映る。
彼女はその光景を胸にしまい、ムーラオの屋敷へ侵入した。
「貴女はムーラン様の孤児院の。何か御用でしょうか?」
いきなり屋敷の中へ入ってきたレインを、見回りの侍女達が訝しみながらも丁寧に対応した。
「ムーラン様からのお使いで、マーゼル様とムーザス様に会いにきました」
彼女の声にはまるで気持ちが籠っていない。
その棒読みは一層と不気味さを増幅させた。
「その、申し訳ございませんが、ムーラン様からの手紙などは預かっ――」
さすがにレインだけでは奥へ通されることは無かった。
彼女はすぐに諦めて、実力行使に出る。
「えっ、うそっ! 賊よ! ぞく――」
訓練を受けているであろう侍女は、すぐに行動に移る。
外に助けに出る者、屋敷の奥へ要人を逃がしにいく者。
レインは顔についた血を拭い、ダガーを綺麗に拭いた。
そのまま外へ駆けていく侍女を見送り、一発切りの砲弾を天へと投げつけた。
「こちらC班、合図を確認。これより行動に移る」
ケインの報告を聞き流してレインは書斎へと向かう。
屋根をぶち抜いたせいか、入ってきた風が火の粉を撒き散らしては引火する前に消えていく。
ふと書斎の横の部屋へ視線を向けた。
ムーランの父、ムーガルが看病されていた部屋である。
ゆっくりと扉を開けるとそこには誰も居なかったが、薄っすらと死の気配が感じられる。
レインは静かに扉を閉めて、隣の書斎をノックした。
コンコン。
しかし、返事はない。
「ムーザス様、いらっしゃいますか?」
レインの冷たい声が、廊下に響く。
孤児院の扉と違い重い扉をゆっくりと開くと、そこにはまだムーザスが座っていた。
「もう、逃げていると思いました。知ってますよね?」
ムーザスはレインの問いに答えることなく、ただジッと見据える。
「ムーラン様のお父上は亡くなられましたか?」
「そんなこと、貴様には関係ないだろう」
「関係ありますよ。家族ですから......」
彼女は一転、顔をすこし赤らめて言った。
レインの中で彼女の立ち位置がどうなっているのか。もはや、誰にも分らない。
「クッ、キサマァ! やはり忌敵など早々に殺しておくべきだったのだ! ミーラ!!」
レインが部屋に入った途端、横から侍女のミーラが槍を突き込んだ。
「ふふ、狭い室内で槍とは......ふふ」
彼女はいとも容易く回避すると、ムーザスにダガーを投擲する。
「クッ、させません!」
しかし、このミーラ。
隠れ元王国騎士であり、反射神経は悪くなかった。
「ミーラさんすごい!」
ダガーにナイフを投擲し弾いたのだ。
まさに神業であった。
レインは、子供のようにはしゃぐと拍手した。
ミーラ自身もまさか成功するとは思わず、目を丸くする。
「でも、魔力の操作が下手くそ......」
一転、冷血な目が戻る。
レインは勢いよくムーザスに飛びかかると、忍ばせていた棒でその頭を横から殴打した。
ドッとまるで巨大な鉄球がぶつかったような音がなる。
魔導回路により増幅させた衝撃がムーザスの脳を破壊した音だ。
「なっ、貴方自分が何をしているのか、わかっているんですか!」
「ひひっ、今さらですよ。ムーラン様の足枷は、すべて排除しなくちゃならないんです、キひひっ」
ミーラは彼女の次の狙いを察し、すぐに部屋を出て二階へと駆け上がる。
「いひひっ、無駄ッ!」
足元のダガーを拾うとレインの全身が淡く光った。
彼女の最大の特徴は、服に編み込まれた魔導回路による異常な速度である。
あっという間にミーラに追いつき、その横腹を一閃する。
「くはっ」
階段を転げ落ちるミーラを尻目に、彼女はマーゼルの部屋へ向かった。
ムーザスが死に、おそらくムーガルも死んでいる。
(マーゼル様まで死んでしまったと知れば、ムーラン様はどんな気持ちになるのでしょうか)
レインは涙を流しながら歩く。
まるで感情の籠っていない涙は、一体誰に向けたものなのか。
マーゼルの部屋へと辿り着くと、彼女は扉をそっと開いた。
「れ、レインさん。どうしてこのようなことを!」
マーゼルは侍女に守られながら叫んだ。
レインは一人一人の戦力を確認して、マーゼルの問いに答えた。
「どうして、とおっしゃられましても。これはムーラン様のためなのです」
「兄上の? 兄上が私達を襲うように言ったというのですか!?」
彼女はマーゼルの問いに答えることなく侍女を切り裂いた。
「レインさん! やめてくださいっ! なんで、なんで!!」
残りの侍女が無意味だと知りつつも、震えるマーゼルを身を挺して守る。
「貴女はムーラン様に愛されすぎています。ハッキリと申し上げますと、邪魔、なのです」
また一人、また一人と侍女が床へ倒れ伏す。
「れ、レイン......あなたは......」
そして、ゴロゴロと転がる頭部と赤い絨毯がマーゼルを囲んだ。
「安心してくださいマーゼル様。ムーザス様もマーゼル様も、私の中で生き続けます。ですから、一緒にムーラン様を御傍で支えましょう!」
「あ、あに、う――」
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