第22話 猶予は一ヶ月、時は止まらない
孤児院が平和な日常を過ごしている間、アーノルド連合国は確実に準備を重ねていた。
ルチモニア王国から北へ山を越え、大河を越えたところにアーノルド連合国はある。
文字通り多くの国が合体しているため、多くの人種が手を取り合い生活していた。
そんな連合国のトップは、アーノルド総帥と呼ばれている。
これは役職のようなもので、代々継承されている呼び方だ。
「我々連合国は、互いに手を取り合いここまで来た。だが、ここが終着点ではない。大陸を統一すること。それこそが、初代アーノルド総帥の野望である」
アーノルド総帥が全軍を招集するのは、異例のことだった。
ベレー帽についた複数のバッジが、彼女の地位を象徴していた。
「そしてついに、忌まわしきルチモニア王国を潰す時が来た。王国は自国の貴族に見限られるほどに腐敗している! 必ずや、勇気ある協力者のためにも、王国を完膚なきまでに潰さなくてはならない!」
彼女の高い声は、魔導具など使っていないにもかかわず広場に響き渡った。
「王国を潰した暁には、彼を連合国の名誉国民として迎え、さらにツモーラ家、グランホール家の首を持ち帰ったものには勲章が与えられる! 我々連合国の平和と繁栄のための礎となるのだ!」
広場に集まった無数の兵が、一斉に敬礼を行う
その敬礼は、まさに孤児院の子供達が行うものとまったく同じであった。
§
日が完全に沈み、暗くなった自室でレインは一人頭を抱える。
連合国の精鋭が各都市に身を潜め、後は連合国の本体が攻め入るところまで来た。
明日から精鋭のサポートとして孤児院の兵を送り出すはずだったのに、問題が起きてしまったのだ。
「どうしよう、皆に相談すべきかな......」
いつもの彼女からは想像もできない程のか弱い声。
それほどまでに追い詰められたのは、ほかでもない。
ムーランの部屋で見つけた直筆の手紙である。
本来なら盗み見ることなど不敬であるが、どうしても気になってしまい手紙を読んでしまったのだ。
そして、その驚愕の内容に思わず部屋へ駆け戻った。
「ムーラン様......貴方は、本当に王となるのですか?」
何度も読み返した手紙は、手の震えにより皺ができていた。
親愛なる兄妹へ
まだまだ寒い日が続きますが、体調を崩していませんか?
父上の様子が気になり、二人へ手紙を出すことにしました。
孤児院の子供達は皆、元気に走り回っております。
かくいう私もいつもと変わらぬ日常を満喫しており、この幸せを二人へ分けてあげたいほどです。
冗談はさておき、先日王城から使いの者が来ました。
連合国に怪しい動きがあるため用心せよ、とのことです。
そちらにも来ているとは思いますが、ムーラオ家は王国随一の大貴族です。くれぐれもお気を付けください。
―追伸―
私が連合国の商人から米を仕入れたことは、すでに承知していると思います。
ですが、私は連合国に寝返ったわけでも、彼らに屈したわけでもございません。
あくまで彼らは私にとって都合の良い存在であっただけです。
心配なされぬよう、お伝えしておきます。
ムーラン・ムーラオ
この手紙はレインを困らせるのには十分だった。
彼女はムーランが連合国に亡命するつもりだとばかりに思っていたからだ。
「あくまで都合の良い存在......寝返る気がない......屈しない......」
考えれば考えるほど、彼女はムーランの野望に恐怖する。
「不可能ですよ! ムーラン様!」
だが、言葉とは裏腹にレインの口角は上がっていた。
「ひひッ、いひひひ。キヒヒヒヒ――」
(あぁ、ムーラン様。貴方が望むのであれば、私は戦いましょう。この身尽きるまで......いつまでも......)
コンコン。ノックの音が暗い部屋に響く。
「レインさん? どうかしたの?」
レインの指示で子供達を庭に集合させたアニーは、彼女の声を聞き心配になりノックした。
まだニヤつきが収まらないレインは、扉越しに答えた。
「ひひ、大丈夫。私が全部叶えてみせますから、いひひッ」
アニーは興奮した様子のレインの言葉に、心配をやめた。
彼女がおかしくなってからはよくあることだったからだ。
「無理はしないでね。あと、みんな庭に集合したよ」
レインが部屋から出てくるまでの間、アニーは窓から綺麗な月を見る。
銀色の綺麗な光を放っている月はどこまでも不気味で、アニーは思わず身震いするのだった。
深夜、孤児院の子供達は全員庭に集合していた。
用意された台の上に立つレインは、月を背にただじっと子供達を見つめる。
月明りは綺麗な銀髪を照らしだし、静かな風が髪を靡かせた。
「............」
彼女は一言も話さず、敬礼する子供達の前に立ち続ける。
アニーは不安そうにキョロキョロと周囲を見渡し、ケインは黙って目を閉じていた。
しばらく経ち、先頭のアレンがさすがに変だとレインの名を呼ぼうとしたとき、ついに彼女は口を開いた。
「これより、各位に通達する」
その声は一切の反抗を許さないほどに力強い。
「それぞれ十名の班を作り、連合国の部隊をサポートせよ。作戦は明日の深夜より開始する。それぞれ荷造りの準備をせよ」
「A班は資源都市ルチア、B班は軍事都市モニア、C班はここ聖都。それぞれの班長をアレン、アニー、ケインとする」
「連合国の部隊に話は通してある。各位それぞれ腕に腕章をつけて行動せよ」
アニー達がお手製の腕章を子供達に配っていく
子供達は誰もが不安そうな顔をしていたが、それも当然のことだった。
まだ十代の子供がすることではない。
だが、魔力があり、訓練された彼らは非武装の人間を簡単に殺すことができる。
そう、彼らのサポートは目撃者の始末と、部隊駐在の支援であった。
「私達はこれより多くの命を奪うことになるだろう。しかし、それは罪ではない。奪った命は供犠となり神に届く、言わば未来への供物である。必ず、ムーラン様は私達を楽園へと導いてくださる。今はそう信じて、ただ命令に従うのだ」
レインの頭の中に、かつての師の言葉が流れた。
『運命に抗うな。命令に従え』
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