第19話 アンジェラは止まらない




 客間に入るとアンジェラの侍女が人数分の紅茶を用意して待っていた。


「それで、ランバート様はなんと?」


「お父様はムーラン様をその目で見てきなさいと言ってくださいましたの。帰りはいつになってもいいと」


ランバートは本気で彼女をムーランに嫁がせようとしていた。

ムーランとて生涯結婚しないわけにはいかない。


しかし、相手がランバートの娘だということが彼は気に入らなかった。

まだ子供達を危険に晒そうとしたことを根に持っているのだ。


「なるほど。時にアンジェラ様、私の子供達はいかがでしたか?」


ムーランと結婚するなら、子供達との共存は必須である。

彼は軽いジャブを打つことにした。


「とても良い子達だと思いますわ。ですが、少々立派すぎる気も致しますの。もうすこし子供らしく、はしゃいでも良いのではと」


ムーランは顔の前で手を組み、目を瞑った。

カウンターの右ストレートが決まった瞬間である。


やはり、どこかで育て方を間違えたのかもしれない。ムーランは薄々気づいていた疑問を確信に変えた。



「ひひっ、アンジェラ様。実は良質な葡萄酒を仕入れましてね。今夜一緒に飲みませんか? 実は子供達のことで色々と相談がありまして」


子供達に子供らしくあったほうがいいと言うアンジェラに、彼は早々と降参した。

彼女の目がキラーンと光る。


「はい。では私はすこし子供達と遊んで参りますわ」


彼女はムーランが子供好きだと予想していたが、ここまで子供に弱いとは思ってはいなかった。


「もっとあの子達と仲良くなりたいですわ~」


ここぞとばかりにアピールするアンジェラは、ウンウンと頷くムーランに気を取られ、ジッとアンジェラを見つめるレインに気が付かなかった。



 アンジェラは客室を出て、庭へと向かう。

子供達はだいたい庭か大部屋にいるため、もうアンジェラの足に迷いはない。


「アンジェラ様、すこしよろしいですか?」


振り返った彼女の視線の先には綺麗な銀色の髪を靡かせたレインがいた。


「貴女は、たしかレインといいましたわね。どうかいたしましたか?」


「この髪の色を、どう思いますか?」


レインには彼女を試す必要があった。

この女が、ムーランの妻に相応しいかどうかを。


「髪の色......あぁ。連合国の血を引いている、と言いたいのですね。ふふ、心配せずとも私は気に致しませんよ。それよりも、お手入れがなっていない事のほうが気になりますわ」


口を手で隠し、上品に笑ったかと思うと今度はすこし不機嫌になる。

アンジェラは豊かな感情をもち、八方美人なところがあった。

そして、ファッションリーダーである故に美容にもうるさいのだ。


彼女はレインに近づくと、綺麗な銀髪を自前の櫛でとかし始める。


「髪は、その人の大きな特徴です。ここまで長く髪を伸ばしているということは、周りが貴女の髪色を受け入れている証拠。でしたら当然、私も受け入れますわ」


王国の王と同じ金色こんじきの髪をもつアンジェラと、連合国の総帥と同じ白金ぷらちなの髪をもつレイン。


この対照的な二人が触れ合う絵は、もしかしたら値千金の価値があるのかもしれない。

その実態は、農家の娘と孤児院の娘ではあるが。


「なるほど。アンジェラ様、私は貴女のことを信用致します。ですが、完全に信用したわけではございません。今からこの孤児院の本当の姿をお見せしましょう」


レインは彼女から離れると、スッと手を差し出す。


「知ってしまえばルチアへ帰ることはおろか、この孤児院から無断で外に出ることすらできなくなるでしょう。それでも、貴女はムーラン様を傍で支えたいですか?」


正直、アンジェラはまだムーランの事をよく知らない。

父からはよく聞いていたが、実際に会ったのはさっきが始めてだ。


それでも彼女はレインの手を取らなくてはならない

ツモーラ家の未来のためにも、今年三十路になった彼女自身が婚期を逃さないためにも。


「えぇ、もちろんですわ。私はそのために来たのですから」


彼女はレインの手を強く握った。




「この庭は主に我々が訓練をするときに使います。もう一つの方は蔵ですね。商品の米や我々が食べる食材などを保管しています」


アレンは今日も子供達に指導していた。

子供達の間では立派な鬼教官となっている。


「訓練......」


「今は魔導具の扱いに慣れる段階ですね。呼吸をするように魔導具を扱えるようになれば実戦に近い訓練を始めます。ではアンジェラ様、次はこちらへ」


レインは変な顔で彼らを見つめるアンジェラの手を取り、地下室へ向かう。


「ここはこの孤児院の最も大事なポイントと言っても間違いないでしょう」


中央に佇む大きな異国の像。


「これは......連合国のディスオール教の神、ディーネですわね」


「よくご存知ですね。我が子を犠牲にして、多くの人々を救った神です」


「軍隊のような子供達に、ディスオール教の神像。ムーラン様は一体......」


二人の声が地下空間を反響し何重にも聞こえた。


アンジェラはディーネの像を見つめる。

蝋燭の火に照らされたその顔には、悲痛の表情が見てとれた。


「ムーラン様は王国を滅ぼすお考えです。おそらく、ディーネのように我が子を犠牲にしてでも......」


レインはムーランのためなら犠牲になることもいとわない。

それが彼の望みであれば、彼女はどこまでもその身を捧げるつもりである。


レインはここでアンジェラが抵抗感を示せば始末するつもりだった。

だが、アンジェラの反応はレインの予想を遥か斜め上をいく。


「しゅ、しゅごい......」


(建国から五百年間、どんな国からの侵略にも動じなかった王国を! 難攻不落と言われたこのルチモニア王国を落とすというのですね! お父様のおっしゃる通り、やはりムーラン様は他の男とは肝が違いますわぁ)


アンジェラの頭の中をピーンと電撃が走る。


(でも待って、もし私がムーラン様の妻となれば......嗚呼、歴史書に載るッ! 私の名前が、偉大なるこの私の名前がッ歴史書にッ!)


アンジェラは顔を赤らめ荒い呼吸で神像に触れた。


(さしずめ、こんな感じかしら、


アンジェラ・ムーラオ

傾国の美女


違うわ、これだと私が誑かしたみたいじゃない。


アンジェラ・ムーラオ

革命家の夫を支えた美女

アンジェラの活躍なしに革命はあり得なかった


うふ、ふふふ、ふふふふ。

いや待って、もし本当に王国と戦うなら命を落とすかもしれないわね。

いけない! 子孫よ、子孫を残さなくては!

彼と私の! 革命の子孫を!)


「レインさん、ムーラン様のところへ行きますわよ! 私達の将来のためにッ!」


アンジェラは顔を真っ赤に火照らせてレインの手を引く。


一体それはどういう感情なのか、レインは彼女の心の変化を理解できなかったがそこに敵意は感じなかったので黙って連れて行かれることにしたのだった。





 アンジェラが院長室の扉を力強く開け放つ。


「ムーラン様、いえ、アナタ! 今から赤ちゃんを作りますわよッ!!」


「............」


この後、ムーランがレインに助けを求め事なきを得たのだった。

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