第18話 アンジェラ襲来




 一方、ムーラン達が孤児院に帰還している最中に、孤児院の方でも大きなイベントが起こっていた。


 孤児院の前で雪かきをしながら大きな溜息をつくアニー。


「はぁ~」


彼女はまだムーラン達が帰ってくることを知らないため、このため息の理由は別にあった。


「アニー! アニー! ヤバいよ、あの人がまたウロウロしてる!」


ケインが転がるように彼女の元へ駆けつけてくる。

あの人、それはムーラン達が出発した翌日に襲来したお貴族様のことであった。


「はぁぁ~」




 あの日、お貴族様は大きな馬車に乗ってやってきた。すぐにアニーが門へ駆けつけると、馬車より天使が降臨した。


わたくしはアンジェラ・ツモーラですわ。ここがムーラン様の営む孤児院で間違いないかしら?」


「えっ?」


天使アンジェラは第一声にそう訊ねた。


オシャレな帽子をかぶり豪華なドレスを着こなす彼女はまさに貴族である。

だが、背中には黄金の羽が生えていた。

そのインパクトはすべてを台無しにするには十分だ。


彼女はその後、ポカーンと口を開けたアニーの前まで来ると侍女から受け取ったモチ饅頭を突っ込む。


「貴女はムーラン様の大事なお子様でしょう? 差し上げますわ!」


アニーは饅頭を咀嚼しながら確信した。


(この人も絶対ヤバイ人だ......)


冷や汗を流しながら饅頭を飲み込み彼女との会話を試みる。


「えと、院長様に御用でしょうか?」


「私、もっと王城に近いと思っておりましたのに。随分と端っこですのね」


会話のキャッチボールができない。

アニーの中の危険信号がMAXに灯った。


「院長様は今出かけておりまして、いつお戻りになるかはわからず......」


「それに想像よりずっと小さいですわ。まぁ、あまり文句を言っても仕方ありませんものね。お邪魔しますわ」


「あっ、ちょっとまってください! うぶわあ」


通り過ぎるアンジェラを止めようと追いかけるも、天使の羽がアニーの顔面を覆う。


(ナニコレ!? 無駄にふわふわで纏わりつくんだけどおぉ!)




 結局、アンジェラの侵入を許したアニーは、ケインに小言を言われながらも彼女の対応に追われる日々が続いていた。


「あの貴族ぜんぜん帰らないぞ。レインに知られたらどうするんだ?」


「そんなこと言ったって仕方ないじゃん! 悪い人じゃなさそうだし......」


アンジェラは孤児院の中をぐるっと見て回ると、今度は自分の家のようにくつろぎ始めたのだ。


「調査員かもしれないぞ」


で?」


アニー達の視線は羽に集まる。

どうみても作り物だし、なんなら孤児院の通路は狭いので取り外してたし。


「あの人が調査員なら世も末だよ......」


アニーには、もう何がなんだが分からなくなっていた。

彼女を一番苦しめたのが、アンジェラが突発的に子供達の様子を見て回ることだった。


子供達の訓練を見られるとヤバイかもしれない。

漠然とした不安に襲われた彼女は、アレンにアンジェラの前では訓練しないよう言いつけたのだ。


その結果、アニーの元に子供達からのクレームが相次ぐことになった。


「アニーさん! ずっと見られてて気まずいんですけど!」


「アニーさん! 訓練以外にやることありません! 解禁してくださいよ!」


「アニーさん! どうですかこれ! あの羽作ってみたんですけど」


アニーさん、アニーさん、アニーさん。

レインの調教で、普通の子供から乖離してしまった彼らに子供らしさは存在しない。


「わかりました。控えめで......お願いね」




§




 アンジェラ・ツモーラ。

父、ランバート・ツモーラの愛娘であり、米の栽培を成功させた実力者である。

だが、それはあくまで表の顔。

裏の顔はツモーラ家が誇るファッションリーダーであった。ルチアで彼女の事を知らぬ女性はいないと言ってもいいだろう。


 そんな彼女は今、父の許しを得てムーランの孤児院へと逢引に来ていた。

はずだったのだが、絶賛一人暖炉の前で紅茶を飲む日々を満喫中である。


「はぁ、ムーラン様はいつになったらお戻りになられるのかしら......」


子供達は今日もヘンテコな遊びをしている。

彼女からすれば、ここの子供達はみんな変だった。


子供らしさというものを感じない。

ルチアでも、聖都でも、等しく子供は子供なのだ。

だが、ここの子供は妙に大人びている。


保護者であるムーランがいないのにも関わらず、三十人以上もいる子供達が毎朝同じ時間に起き、決まった時間に就寝する。まるで軍隊のような規律がそこにはあった。


もしかしたらムーランは子供達を洗脳しているのではないのか?


そんな疑問が頭をよぎるほどである。



「レインさん! 院長様!」


紅茶のお代わりをもらおうした時、アニーの声が聞こえた。


「ようやく帰ってきたのかしら」


カップを置くと立ち上がりウィングを装着する。ガラスに映った自分で身なりを整えると、毅然とした姿勢で玄関へと向かった。


「大変なんです! 一週間くらい前から変な貴族様がお越しになられて――」


「ムーラン・ムーラオ様、お初にお目にかかります。私、アンジェラ・ツモーラと申します。此度は父ランバートの許しを得て、ムーラン様に会いに参りました」


うぅーと頭を抱えるアニーを、瞬きまばたきせずジッと見つめるレイン。


「ひひひ、ランバート様の......。初めまして、ムーラン・ムーラオと申します。この孤児院の院長をしております」


ムーランは羽に目を奪われるが、あまり見ては失礼にあたると強引に視線を逸した。


「ここは寒いでしょう。中へ入りましょうか、ひひ」


彼はアンジェラに近づいて、手を差し出す。

目と鼻の先とはいえ、エスコートをするのは男の役目である。


「アニー、後で私のところへ」


そして、可哀想なアニーはトボトボとレインの後に続くのだった。



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