第17話 ムーラオ家の騒動‐忌敵‐




「いひひ、ひひひ、いひひひぃひィッ!」


の気味悪い笑い声が、大広間を包み込む。


「ガハッ、もぅ、やめ、てくれ。こうさ、んするから」


彼女は、ボロボロになったケンの頭を無慈悲に踏みつけた。


もはや、誰一人として言葉を発していない。

戦いが始まった当初こそ、ちらほらとあった野次は途中から完全に静まっていた。

淡い輝きを放つレインの魔力に、中にはうまく呼吸が出来なくなる者までいた。


誰もがケンの勝利を信じていたにも関わらず、場を支配し、空気を支配したレインに貴族達は恐れ戦くおそれおののく


彼女がケンの頭から足を退かすと、ようやく貴族達は呼吸を許されたように感じるのだった。




 試合の始まりはシバの時と同様であった。

ケンが魔導刀で斬りかかり、レインが棒のようなもので防ぐ。


だが、同様だったのは最初だけで、すぐに形勢は逆転しレインの一方的な暴力が始まった。


ムーランとマーゼルには見えないが、ほとんどの貴族達はレインの魔力の流れに目を奪われただろう。

おそらくドレスの下に着こんでいるであろう服と、棒。

それらの魔導回路に一定間隔で魔力が送られ、その度にレインは加速した。


レインがムーランを王としたあの日から鍛錬を欠かしたことはない。

力の弱いレインにとって魔力の、魔導具の扱いは生命線と言っていい。ムーラオの資金と権力で取り寄せた最高級の魔導具達を手足のように操る。


貴族達は降参する暇もなく繰り広げられる趣味の悪い見世物から目を逸らしたくて、しかし同時に逸らすのが怖かった。


パチパチパチパチ。


「......ひひッ素晴らしい! さすが私の子だ! いひひひッ」


ムーランの拍手と、二人の怪物による気味の悪い笑い声がホールに響き続けたのだった。




§




 翌日、ムーランは自分の娘が年上の軍人相手に勝利した余韻に浸っていた。

あの後、体調を崩したウェラミンは重症となったケンを連れて一足先にモニアへ帰ってしまった。


ムーランは娘の成長をこの目で確認し、同時に妹の将来を守ったのだ。これ以上の大成功があるだろうか。


「あ、兄上。いつお帰りになられますか?」


すっかり兄に、ではなくレインに怯えたマーゼルは、彼らに早く帰ってほしい気持ちでいっぱいである。


「うーん、そうだね。明日の朝には帰ろうかな、ひひひ」


すっかり上機嫌な彼は、マーゼルとこの喜びを分かち合いたいのだ。

そんな彼の気持ちを一ミリも理解できそうにないマーゼルは、一人部屋に籠ることを選んだ。


「私は、すこし部屋で休んでいます」


しかし、ムーラオの家系にとっては病気は命取りだ。


「ん? 体調でも悪いのかい? いけない! すぐに医者を呼ばなくては!」


「あっ、あー。今元気になりました」


マーゼルの仮病は失敗続きである。




 その日の夕食は仕事が早く片付いたムーザスと一緒に取ることになった。


「ムーラン、グランホール家の護衛を負かしたそうだな。色々言いたいことはあるが、ムーラオ家がグランホール家より優れていることを証明できた。よくやった」


「すべてレインのおかげですよ、ひひ。私はこの子が誇らしくて仕方ありません」


「ムーラン様......すこし恥ずかしいです」


「ふんっ。その女を兵として連れてきたのなら、先にそう言えっ」


まったく違うが、今のムーランは心に余裕があるため言い返すことはなかった。


「それはそうと、父上の仕事の引き続きは順調ですか?」


「父上はまだ死んでない! まぁ、しばらくは俺がすることになるだろうな。ようやく落ち着いてきたところだ」


ムーランは夕食に混ざっているナスを端に退ける。

彼はもう三十路近い大人だが、好き嫌いは子供と同じである。


レインはその様子に、苦笑いし退けられたナスを自分の食器へと移した。


「ふんっ。まったくもって行儀が悪い! これだから――」


我儘で自分勝手だったムーザスは、この数日で誰よりも成長し、まるで親のような事を言うようになったのだった。


 夕食を終えたムーランは珍しく一人で庭に出た。月明かりは王城や屋敷に遮られ、辺りは薄暗い。


信頼を寄せていたレインが、軍人を相手にできるほど成長していた。

今日までそのことを知らなかった自分を、彼は少し責めていた。


「私は子供達を見ているようで、ちゃんと看てやれてなかった。孤児院に帰ったら一人一人しっかりと接する必要があるな」


彼の独り言は、暗闇に潜むレインに届く。


「ムーラン様、私もずっとお側で......」




 翌朝、馬車に乗り込むムーランとレインを見守るのは、侍女のミーラとマーゼルだけである。


「マーゼル、見送りありがとう。まだ眠いだろうに」


彼らは日が昇る前に出発しようとしていた。


「今回のお見合いの件、本当にありがとうございました。兄上に来ていただいて本当に助かりました」


「可愛い妹のためなら、またいつでも来るよ。レイン」


「はい。また来ます。近いうちに」


ゆっくりと動き出す馬車の中、レインはムーラオ家の屋敷を目に焼き付ける。



また来ることになるでしょう

マーゼル様は、王の足枷となることが分かりましたから......ひひっ



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