第4話 似た者同士




 二人は部屋に帰ってようやく院長の視線から開放された気がした。

みんながワラワラと心配そうに寄ってくるが、レインはどこか上の空である。


頭の中は腕章のとこで様々な考えが入り乱れており、考えすぎて頭から火が出ているんじゃないかと錯覚してしまうほどだった。


「みんなー、水浴びに行こっか」


なんとか明るい声を捻り出す。

そんな彼女の裾を箱を慎重に抱えたアレンが掴んだ。


「これ、どうすればいいの?」


頭の熱が邪魔をして、どうにも思考が纏まらない。


「とりあえず明日考えよう。それまで誰にも見つからない所に隠してて、いい? 絶対にそれで遊んじゃ駄目よ」


アレンは汗だくで赤い髪がおでこにベッタリと張り付いている。

緊張からか、ぎこちない笑顔で素直に頷いた。


そんなアレンを見送ってレインはボーと子供達を眺める。


 今の私は、一体どんな顔をしているのだろうか?




 孤児院は元々、宿泊施設だったようで大きな浴槽のついた風呂場があった。


ただ魔導回路が損傷しているのか、お湯はでない。

ついでに言えば、子供達はここにも魔水晶が設置されていることを知らなかった。



 冷水シャワーを頭から浴びると、急に冷静さが戻ってくる。


あの腕章はどういう意図で渡されたのか。

アレンの魔導銃は?

他国の宗教に商人との繋がり......



「正門や扉にも飾るっていってたよね。つまり孤児院の象徴ってこと......?」


「レインお姉ちゃん、大丈夫だった?」


「もしかしたら私達は、とんでもない地獄に連れてこられたのかもしれない」


「えっ......」


きっとこの孤児院は、他国がルチモニア王国を侵略するときに使われるんだ。

そしてその時に手を貸すのが身元もなく他に居場所もない私達、孤児達。

そしたらルチモニア王国との戦争に巻き込まれる。


ここから逃げようにも、ほかに居場所なんてない......

つまり、強くならないと......今度こそ死ぬ。


「みんな! 明日は、ううん、明日からの遊び時間は全て特訓に変える! これは――私達が生き残るために必要なことなの!」


レインの真剣な声に子供達は手を止め、固唾を呑んだ。



 私達は今日も明日も明後日も、生きていかなくちゃならないのだ。

たとえ、どんな汚れ役を任されようとも。




§




 ムーランはインドア派で青空が好きではない。

しかし、ここ数日のうちに子供達が庭で遊ぶようになってしまったため、魔水晶の設置されていない庭に足を運ぶ機会が増えていた。


幸い、孤児院の庭は立派で日陰もそこそこある。

彼は日陰から子供達を見守りつつ、魔水晶を設置しなかった自分を憎んでいた。


 元気な子供達は、2つのグループにわかれて遊んでいた。


一つはレインを中心とした水遊びグループ。

もう一つはアニーとケインを中心としたチャンバラグループだ。


水遊びはもちろん、チャンバラもメジャーな遊びである。

他国との戦争が盛んなこのご時世では、もっと過激な戦争ごっこなんて遊びあるくらいだ。


ムーランとしては皆で仲良く遊んでほしいが、贅沢は言うまい。

仲間はずれの子が居ないだけ、喜ばしいことである。


ニンマリと子供達を見守っていると、シャンシャンと来客を知らせる鈴が耳元で鳴る

これも魔道具の一つで、どこに居ても孤児院内にいるムーランに鈴の音が届くようになっているのだ。


彼は子供達に気づかれないよう、こっそりと玄関へ向かった。




 玄関に佇む一人の老人、彼の名はランバート・ツモーラ

三大貴族のツモーラ家、その現当主である。


ムーランはその姿を見るや、姿勢をただし礼をした。


「これはこれは――」


「よせ、ムーラン。お主とワシの仲じゃ。礼など不要ぞ」


ツモーラ家はルチモニア王国の南西にある資源都市ルチアを統治する大貴族だ。

さらに、その当主である老人はムーランに負けず劣らずの悪人面であった。


そんなランバートは、ツモーラ家を60年間支配してきた実力者だ。

その歳はなんと75歳、ルチモニア王国長寿ランキングに乗るほどの妖怪ジジイである。


「相変わらずちっこい屋敷に住みよって、えぇ? ムーランよ」


「お恥ずかしながら、私にはこの屋敷で十分にございます」


老人を客間に通し、ムーランは紅茶の用意をする。


「ほっ、用心深い所も変わっておらんな」


これは言わば貴族の密会である

侍女を使わないのは用心の一つだ。


もちろん彼はそんなことを考えていたわけではなく、単に侍女がいないだけであった。


「して、本日はどのような?」


「そう急かすでない。まずはそうじゃなぁ。以前から言っておった娘との婚姻の話じゃ、まだ答えを聞いとらんぞ」


「いひひっ、御冗談を。一人娘ですよ? その話は兄上へと申したはずです」


ランバート・ツモーラには大事な大事な一人娘がいる。

ツモーラの格に似合うのは、ムーラオ家かグランホール家くらいなのだが、何をとち狂ったのかランバートは相手にムーランを推していた。


「ヌフフ、ヤツは駄目じゃ。タダの操り人形にやるほどウチのアンジェラは安くない」


なら変人ムーランにやってもいいのかとなるが、このランバートにとって彼はタダの変人ではなかった。


 ふぅと紅茶で一息ついたランバートが本題を切り出す。


「ムーランよ。知ってるじゃろうが小麦の生産量が、ちとヤバい。じゃから米の流通の話を詰めに来た。いまはここにしか納品しとらんが、すぐに聖都すべての店で売り出したい」


米。それはルチモニア王国において不浄の作物とされている。

米は国外、それも宿敵アーノルド連合国の主食であるからだ。

そんな米を持ち込んだのは他でもない、このムーランであった。


彼も米が不浄の作物だということは知っていた。

それでも友人であるメーフィスから仕入れ、その栽培方法をランバートに持ち込みこっそり栽培してもらったのだ。

聞いた話では、魔力で育つ米は小麦の何倍も栽培が容易で原価が安い。


つまり、彼は子供達の食費を節約したいがために罪を犯したのだ。

ランバートも小麦の生産量が落ち込み、ツモーラ家の収入が下がっている現状は放っておけなかった。


「米というのは金のなる木じゃ。小麦とは違い、儂らからしたらすぐに育ち沢山作れる。客からすれば長持ちするし、腹が膨れる。まさにwin-winじゃ」


ルチアでは徐々に貧困層を中心に普及しつつあった。バレない程度に卸しているのはもちろんランバートである。


「聖都ルチモニアでも米が出回ればすぐに買い手がつくじゃろう。何せ貧民は国政など知らんからな」


米の普及はアーノルド連合国の国益になる可能性がある。

だが、そんなもの二人の商人には関係のない話であった。


 紅茶を飲み干したランバートは、その悪人面をより鋭くして言った。


「ウチが大手を振って売り出すことはできん。これでもルチモニア王国の貴族じゃ、王に喧嘩を売るわけにはいかん。じゃからムーラン、お前が売るのだ。ガキ共を使え」



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