第3話 ご褒美タイム
アレンは今年で8歳ということになっている。
曖昧な表現なのは、孤児ゆえに正確な誕生日がわからないからだった。
二人手を繋いでムーラン院長の部屋の前に立つ。
不安に満ちたアレンの顔は、レインの緊張を一層と加速させた。
「アレン、大丈夫だよ。私が話をするからアレンはただ頷いていればいいの」
アレンの頭を優しく撫でると、ドアをノックする。
「どうぞ」
小さく、しかし、二人にとって強大な力を持った声。
ビクッとするアレンを気遣ってやるだけの余裕は既になかった。
院長室の扉にも溝と車輪が付いており、すぐに散らかった中の様子が目に入る。
「よく来たね、二人とも。さぁ座って」
ムーランが嬉しそうに二人をソファーに誘う。
悪魔の誘いは、断ることができないのだ。
レイン達は恐る恐る彼の対面に座った。
「まずはアレン。今日はよく頑張ったね。私もピーマンを食べるのには苦労したんだよ。これはそんなアレンにプレゼントだ。にひひ」
スッと怪しい雰囲気を纏った箱がアレンの前に差し出される。
月光を反射して怪しい光を放つムーランの目に、アレンは呼吸を忘れたようにピタっと固まった。
その光景に溜まらずレインは口を開く。箱とムーランに視線を何往復もさせながら、恐る恐るに聞いた。
「そ、それは一体?」
ギュッと細い眼光がレインを捉え、反射的に俯く。
しかし、なんとか彼の細い目を見返した。
「ひひ、これは友人が置いていった物だよ。私には必要ない物なんだが、せっかく良い物を貰ったんだ。使ってあげないと勿体ないだろう?」
震える手でアレンが蓋に触れた。
魔力を使い、魔導具を扱える者ならば、漏れ出す異質な魔力にすぐ気付くだろう。
現に多少だが、心得のあるレインはその危険性を察していた。
だが、身体が言うことを聞かなかった。
ムーランの前で、ご褒美を断らせるなど彼女には到底できることではない。
部屋の前でアレンに強がったことなど忘れ、ただ事が過ぎていくのを見守る。
箱の中に入っていたのは一丁の銃だ。
魔導銃、最近発明された魔導具の一種で、過酷なこの世界を生き抜くのに十分な力を持っていると風の噂で耳にしたことがあった。
王国では滅多に見られないそのフォルムに目が奪われる。
同時に、グリップに描かれた模様を見た途端、反射的に嫌な汗が吹き出る。
赤子の死を悲しむ聖母
他国で邪教とされる供犠を重んじる宗派を知らぬ者はいない。
王国では他国から輸入された武器の使用は禁じられている。犯せば反逆罪だ。
いや、そもそも他国の武器が王国に入ってくること自体おかしい。王国の関所は世界一厳しいと評判のはずだった。
震える目でムーランを見る。
ムーランは三日月の口を更に大きく広げ悪魔のような笑みでジッとアレンを見ていた。
§
ムーランは玩具を貰って感動しているアレンに感極まっていた。
アレンくらいの年齢だと、銃などにあこがれる歳だろう。
子供好きたるもの、欲しがる物のリサーチを怠ることはない。かくいうムーランも子供の時はそうだった。
ムーランは自分があげた銃が危険な物だとは思っていない。
魔導銃のことは知っていたが、実物を見たことも原理を知っているわけでもない。
さらに、先祖代々商人の家系であることも理由なのか、ムーラオ家の人間は魔力を持たなかった。
そんな弾を入れる所もなければ、引き金を引いても何も起きない銃などただの玩具である。
涙を流すほどに感動しているアレンをみて、玩具を譲ってくれた友人に心の中で感謝した。
神像を購入したときに偶々仲良くなった他国の商人だが、ことあるごとに贈り物をしてくれる素晴らしい人間であった。
やたらと小声でニヤついている変な小太り商人だったが、神像を祀ると話をした途端、急にフレンドリーになったのが記憶に色濃く残っている。
きっと私と違って熱心な宗教家なのだろう。たしか名前をメーフィス・モートルと言ったか。
それ以来メーフィスは偶に部屋に贈り物を置いていくようになったのだが、いつも贈り物だけが置かれていて、不思議と姿を見かけることはなかった。
「あぁそうだ。 レインにもご褒美を上げないと」
最年長ということで何かと負担も大きいだろうに、文句一つ言わない彼女にはとても感謝していた。
「レイン、そんな目で見なくとも忘れていないよ。とっておきの物を用意しているんだ。日頃の感謝を込めて、特別に、これをあげよう」
ムーランが取り出したのは、ムーラオ家の紋章が付いた大きめの腕章であった。
蛇が金貨に絡まる紋章はムーラオ家の証であり誇りである。
だが、ムーランにとってはムーラオ家の誇りなど何の意味も持たない。
だから彼は、不躾にも誇り高き紋章に対して好みのアレンジを加えていた。
「君達のために特注で作ったんだ。すぐに孤児院の門や玄関にも飾ろうと思ってる。どうだい?」
蛇が赤子を飲み込まんとする模様。
彼曰く、子供を見守るという気持ちを込めてオーダーしたらしいが、どう見てもそうは見えなかった。
一瞬にしてレインの瞳は絶望で染まる。逃がさない、そんなイメージだけがレインに伝わったのだ。
「身に余る光栄、誠に感謝致します」
二人を部屋まで見送った後、ムーランは独りベッドの脇に腰掛けた。
「はぁ、やっぱり家の紋章なんかじゃ喜ばないか」
彼はレインが思っているような悪党ではないため、純粋に感謝の品を送っただけである。
そして、普段では考えられないほど察し良くレインが喜んでいないことに気づいたのだ。
「何か、何かないのか......」
立ち上がり、大きな物入れを掻きまわすように手を突っ込む。
物入れにはこれでもかと、珍しい品が乱雑に入れられていた。
一つ100万ルーンの腕時計、有名な陶芸家の皿が入った木箱、果ては6000万ルーンはくだらない魔導杖。
だがムーランにとっては、どれもゴミ同然の代物である。
子供達さえ居ればいい。
子供達が元気に育ってくれれば。
子供達が何不自由なく、和気あいあいと育ってくれれば......
ムーランはただ、それだけを切に願っているのだった。
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