第一章

第2話 ムーランは今日も微笑む




 ルチモニア王国は3つの都市からなっていた。


王国の中心に位置し王城がシンボルの聖都ルチモニア

湖や山など自然の中に作られた資源都市ルチア

貿易や外交に力を注ぐ軍事都市モニア


それぞれを3大貴族が統治しており、聖都ルチモニアを統治する貴族こそが、ムーラオ家であった。そんな聖都において、ムーランの事を知らぬ者は居ない。


ムーラオ家三男、ムーラン・ムーラオ。

彼を孤児院を運営しているただの変わり者だと思っている人は少ない。

その風貌も相まってムーラオ家の汚れ役をこなすムーラオの闇、と言った所だろうか。それほどまでに彼の人相は気味が悪かった。


だが、ムーランにとって見知らぬ他人の評価など無価値だ。

なぜなら、彼の頭はいつも子供達のことでいっぱいだったからだ。




 ムーランの一日は孤児院で始まり孤児院で終わる。

もっと厳密にいえば、彼は一日のほとんどを自室の魔水晶を眺めて過ごしていた。

異国から買い付けたそれは孤児院の隅々を映し出す魔法の水晶だ。


ムーランは何十個と並ぶ水晶を一つ一つ丁寧に見ては深い笑みを浮かべた。

どうやらレインが子供の世話をしているらしく忙しそうに部屋を歩き回っていたのだ。孤児院では最年長であり、二年前の開設時に拾った思い入れのある子供だった。


傍から見れば変態の所業だが、これは決して彼が子供好きの変態だから設置しているわけはない。商人気質のムーランが商品の管理を徹底するように、子供達の安否を確認するためのものだった。


「いひっひひひ」


だが、母譲りの特徴的な笑い方に、周囲からの信用はゼロに等しかった。

水晶に映ったレインが、子供を連れて地下室へ向かう。

そうしてムーランは首のこりをほぐしながら時計を見た。


「そうか、もう祈りの時間か......」




 地下室は改修費のほとんどを使って作られたムーランのお気に入りポイントだ。

ムーランは不幸にも見た目通りに薄暗くて静かな場所が好きだったのだ。


階段を照らすロウソクの灯りは、レイン達の手によってその都度照らされいる。

階段の下には広い空間が在り、その中央には子を抱いた聖母の像が建っていた。


聖都ルチモニアにおける国教はルモア教のみであり、信仰するは王族であった。

王族に祈りを捧げるならば王城を向くべきであり、そもそも偶像崇拝は禁止されていた。

よって聖母の像は王国では明らかに邪教だ。しかし、彼にとってそんな法は心底どうでもいい事であった。


 神像を祀った地下には、すでに二十人ほどの子供が綺麗に分かれて祈りを捧げていた。

キャンドルを片手に膝をつき目を閉じている。彼らが何を祈っているのか、ムーランには分からない。それでも彼らが満足しているのならムーランもまた満足であった。


子供達が作り出した道を進み、神像の前で祈りを捧げる。

だが、ぶっちゃけてしまうと、この神像がなんの宗教なのか彼は全く知らなかった。

子供を大事そうに抱えていた姿に一目惚れし衝動買いしたに過ぎない。


だから彼は祈りというよりは子育ての愚痴に近いことを、いつも心の中で神像に吐き出しているのだ。


数分の間愚痴を聞いてもらう。

その間、小さな子供ですら一言も喋ることもなく、身動き一つしない。

これは孤児院の自然にできたルールの一つであった。


祈りの最中は私語も身動きもしてはならない。

何の宗教かも知らない癖に、一丁前にルールを決めたのには理由があった。

地下室ではやたら音が反響するので思い思いに動かれるとかなり響くのだ。


ただそれだけの理由であった。




 堅苦しい祈りの時間が終わると、みんな大好き晩御飯の時間だ。

大きなテーブルに子供達がぎゅうぎゅうに座り、ムーランはお誕生日席でそれをニコニコと眺める。

料理は年長組であるレインやアニーなどが行ってくれていた。最初こそ不出来なものだったが、今ではそれなりの料理が出てくるようになった。ちなみに、ムーランに家事の才能はない。


 そんなムーランには最近悩みがあった。

それは子供達の笑顔を近くで見ていないことである。

水晶越しならばいつも見ているのに、彼の目の前では子供達が笑うことはなかった。


食事中の会話は行儀が悪いだなんて言ったことはないし、なんならまだ料理はきていない

彼は意を決して、子供達に話しかけようと覚悟を決めていると、間が悪いことに料理が運ばれて来る。


「今日のおかずはダイコンの味噌汁にお肉とピーマンの炒め物です」


レインが恐る恐るムーランの前に料理を並べる。

彼女が料理を作ってくれるようになってまだ日が浅い。

以前はムーラオ家の料理人を使っていたのだが、子供達の口には合わなかったのだ。


そこを彼女が申し出てくれて、今では全て任せっきりだ。

子供達はムーランが手を付けるのをじっと待っている。教えたつもりはないのだが、子供とは親の知らぬうちに成長するものだとムーランは納得していた。


まずは味噌汁を手に取り味わう。

特別美味しいわけではないが子供達の手料理というだけで彼には最高のスパイスであった。


ムーランに続くように子供達もご飯を口に運んでいく。


(あぁ、米が口元についているじゃないか)


ニコニコと笑うムーランに気づいたレインは一筋の汗を流した。

彼の笑顔は子供達にとっては少々猟奇的なのだ。


 そんな緊張感に包まれた席で、恐れていた事件は起きてしまった。


「この緑、苦いよ......食べたくない」


一人の男の子がピーマンを食べたくないと漏らしたのだ。


バッと子供達の視線がムーランに集まる。

そして案の定、彼はピーマンを嫌うアレンをこれでもかと凝視していたのだ。


(好き嫌いするアレンカワエエええ。ピーマンを前にほっぺたを膨らまして天使すぎるう)


興奮で頭がバカになっている彼には悪癖があった。

それは感情が高ぶると、どんな感情であれ眉間にシワを寄せて不機嫌な顔になってしまうことだ。


当然、子供達はアレンの好き嫌いに怒っていると勘違いするだろう。


すかさずレインがムーランの気を逸らし、周りの子がアレンにピーマンを無理やり食べさせようと押し込み始める。


「む、ムーラン様! このダイコンはあの通りで人気の八百屋で仕入れたのです! あそこの野菜は別格だと聞きましたので」


「ほう、あの八百屋で......ではこのピーマンも?」


実は彼自身もピーマンが好きではなかった。無駄に値が張るくせに苦くて食べにくいのだ。


「え! そ、そうですけど......」


「なら、一個30ルーンのピーマンが約16等分されている。つまりこのピーマン一切れは約2ルーンだ......」


約2ルーンのピーマンを残す訳にはいかないと、渋々ピーマンを口に運んだ。

孤児院は金食い虫なので、勿体ないことはあまりしたくないのである。


だが、そんなムーランの胸の内を知るはずもなく、レインは気を逸らすことに失敗したと焦り頭が真っ白になった。


「あっ、えっと、それは、その――」


「スゴイ!アレン君ピーマン全部食べたよ!」


アニーの言葉にレインはホッと息を吐いた。


「ゔぅ、全部だべまじだ」


涙を流しながら報告してくるアレンに彼はニコニコと笑顔を浮かべた。


「ひひひッ、よくやったアレン。後で私の部屋に来なさい。ご褒美をあげようひひっ」


「まっ、待ってください!わ、私が代わりになります!アレンはまだ十歳にもなってません」


レインは不気味に笑うムーランからアレンを守ることで頭がいっぱいだった。

ムーランへの恐怖に年長者としての責任が勝った瞬間である。


だが、その行為は無駄に終わることとなる。


「にひひ、ならレインも一緒に、二人で部屋に来なさい」


イスに呆然ともたれかかるレイン。

ピーマンではなく自身のこれからに涙するアレン。


そんな二人を見ていられずに、子供達は視線をそらして黙々と食べるのだった。



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