第9話 刀舞乱刃

 佩刀「白露」を右手に、そして脇差を左手に抜く。滅多なことでは見せない、雫の二刀流。


 普通に言ったら二刀流は不利である。そもそも刀というのは両手でガッチリ握り込んで扱うのが定石であり、片手で振っては剣速が鈍り切れ味も落ちる。ゆえに二刀を使いこなすためにはまず、桁外れの膂力というものが必要になる。牢城雫という、見た目可憐な少女(実際には78才だが)の体躯にそんな剛力が秘められているとはどうしても思えないし、彼女をよく知る乕ですらも謎なのだが、その実雫の腕力握力というのはとんでもなくすさまじい。かつて皇祖新羅辰馬を軽々と組み伏せて制圧していたずらしていたのは、辰馬が手を抜いていたとかそういうわけではなく、雫のその圧倒的剛腕による。


「本気でいくから」


 白露をつい、とあげ、水平に薙ぐ。


 ひぅ、風切り音が鳴って、その剣閃のさきに立つ男三人、その一人のかぶる兜……おそらくはこれも【遺産】……をはじき飛ばす。男は慄然と蒼くなり、それを糊塗するように声高に怒鳴り立てるが、雫の心は恐ろしいほど清澄に薙いでいる。新羅辰馬の遺宝・天楼。それを勝手に持ち出された怒りは、彼女をかつてなく修羅に変えていた。


「な、なんにせよ……だ。この数と、この【遺産】で負けるわけがねぇ! 一斉にかかるぞぉあ!」


 完全に負け犬のセリフを吐いて、筋骨たくましい男たちが雫の、144センチの小躯に殺到する。


「………………」


 今の雫が描く剣圏は殺圏。ひとたび敵の指一本でも進入すれば、ことごとくそれを斬り捨てなければ気が済まない。一斉にそこに突っ込んだ男たちは、白露の峰をのどぶえに極められ、脇差しの柄で顔面をぐしゃりと潰され、そして反転、翻身の肘打ちでみぞおちを強打されて瞬時にたたき伏せられる。相手がどんな武器を持っていようが関係ないと言わんばかりの、凄絶で容赦のない、急所狙い特化の戦いぶりは明らかに平素の雫とは違い、その静かな怒りのほどを物語る。


 これほどの力の差を見せつけられてなお、男たちは諦めない。力量差を正確に見抜く眼力がないということもあろうが、彼らはもともと死刑囚。ここで逃げ帰っても未来がない。そのため彼らはもとより死兵であり、それを見越して彼らを遣わした宰相・出水秀規の冷徹が透けて見える。


「オレらは……勝って……王になる!!」


 男たちのリーダー格……天楼を持つ、雫をもっともいらだたせる男が、その件の魔刀・天楼を振るう。ひらめくは64の氷の刃、落ちる氷霜。瞬時に絶対零度に及ぶ凍気を振りまく魔力はいまなお健在、しかし雫はまた白露を一閃、男が腰に提げる試験管の薬物をばらまかせる。次の瞬間に凍気は止んだ。


「っ!?」


 魔力の希薄な今の世界で、天楼といえど本来の威力は十全に発揮できない。ゆえに宰相はきわめて貴重な魔力結晶から抽出した霊薬を大量に持たせていたのだが、それはあっけなく灰燼と帰す。


「く……くそが、くそ、くそっ! ど、どうせオレたちを倒したってなぁ! 帝国には勝てっこねぇんだ、いつかやられてむごたらしく殺されるんだよ、てめぇらはなあぁ!!」

「ほんと、五月蠅い……出水くん、帝国存続のためとかお題目並べて……ばかたれがあぁ!!!」


 雫が吼えて、白露の白刃を真っ向で振り下ろす。その刃は目の前に存在した男の身体にいっさいの傷をつけることなく、男の背後の地面をぞぶ、と真っ二つに裂いた。今度こそ恐怖にやられ実力差を思い知り、男は地面にへたりこむ。


………………


 雫が圧勝で終わらせたとき、新羅乕は意外な苦戦を強いられていた。


「ほらほら、どーしたのぉ♡ 少しは楽しませてくれないとぉ。黒焦げよぉ?」

「………………」


 女の持つ扇。【神焔扇(しんえんせん)】と称したあの火炎放射器が危険だというのもあるが、なにより女性を攻撃して良い物かどうか。父・新羅辰馬もある意味そうであったが、乕は雫への純愛を捧げるぶん辰馬以上のフェミニストだ。「必要なら女もしばく」と豪語した辰馬とは、そこのところで大きく異なる。ともすれば、女性に手を上げるくらいなら死を選ぶと思い詰めるくらいに。


……とはいえ、殺されるわけにもいかないですからね……どうしたものか……。


 手槍を持つ、乕の掌が汗でじっとりにじむ。額にもにじむ汗は、心理的要因だけでなく物理的な理由もあった。神焔扇の熱の影響で、周囲の大気が温度を上げている。このままだと雪崩も起きかねない。


「………………」


………………


「ひゃうわあぁ!? あ、危ないですよう!」


 晦日緋咲は次々と得物を持ち替えて襲う男から、とにかく距離を取る。まるでどこかの国の橋の上で若君を待ち構えた僧兵のように、異常な数の武器を担ぎそれを次々取り替える相手。緋咲は持ち前の軽捷で回避するも、防戦一方。もとより自分から積極的に攻撃するタイプでもないが、隙を突いての牽制すら打てないのはかなり圧されている。


「そらそーだ、殺すつもりでやってんだよ、こっちはよ……にしても、簡単に殺せるつもりがちょこまか逃げやがる……、めんどくせぇ」

「逃げますよ! 死にたくないですもん!」

「死にたくなくても! 死ぬときゃ死ぬんだよ、チンクシャ!!」


 長柄のウォーハンマー……戦槌に持ち替えた男が、どっせいと振り下ろす。地面が割れて揺れて、足下がふらつく緋咲。その隙を見逃さず、男はタックルをかまして緋咲を押し倒す。


「へへ……つまんねーガキだと思ったが……身体はまだだとして顔は相当なもんじゃねーか。おら、死にたくねーなら命乞いしてみな。その言葉が気に入ったらオレの奴隷として飼ってやるぜぇ……」

「ふざけ……ないでください! 誰が命乞いなんかしますかっ!」

「ほぉーお。んじゃ、ちっと痛い目ぇ見て貰うかぁ……!」


 男が、マウント状態から拳を、見せつけるようにしてことさらゆっくり振り上げる。緋咲は意外にも怖じず、その拳を睨み付けた。


「ち……ムカつくガキだよなあぁ!!」


 拳が、振り下ろされる。


 しかしそれが緋咲の顔面を穿つことはなく。


「がっ!?」


 苦悶の悲鳴。緋咲は思わず閉じた目を開く。


 男の右背部から前面に向けて、短めの手槍が貫通していた。それを追うように、焦りを帯びて駆ける足音。さらに続けて打撃音が響き、緋咲の上から男の身体が吹っ飛ばされる。


「僕の妹に、なにをしてくれているんですか……!」


 新羅乕の目は剣呑な光を帯びる。魔族の血ではない乕の瞳が魔神の邪眼を帯びることはないはずだが、それでも男を慄然とさせるだけのものがある。


「ちょっと~ぉ、なに、あたしに背を向けたかと思ったら、妹ちゃんのトコ~?」


 ゆったりゆったり、豊満な身体を妖艶にくねらせながら悠々歩いてくる女に、乕は


「ええ……これから貴方の相手はこの緋咲がします……できるね、緋咲?」


 振り向くことなく、緋咲の目を見て言った。


「はい! お任せあれです、にーさま!」

「ンじゃあ……その二枚目はオレが殺っていーんだよなぁ……いきなり肩ァブチ抜かれて、驚いたぜ……」


 男は手槍を力任せに引き抜き、ヌン、と気合いを込める。それで砕けたはずの骨がちぎれたはずの腱が、瞬時に再生。


「超再生能力……危険な薬に手を出しているのではないですか?」

「テメェーの知ったことかよ。オレは楽しく生きて、殺して、犯して、食えりゃあ、それでいーのさ!!」


 獅子吼し、地を蹴る男。相手は背に無数の魔法の武器を携え、そして乕の手に槍はない。圧倒的不利。


 しかし、交錯のすえ地に倒れ伏すのは、男のほう。


「ぶぁ!? 拳法……?」

「新羅江南流、というそうです。雫さんから徹底的に仕込まれましたよ」


 初動も引き戻しも見せない、神速の蹴りはほとんど陽炎のごとく。ただ肉体の錬磨だけでなすこちらの技前のほうが、魔法以上に魔法的。


 乕が前に出る。男が怯んで一歩下がる。乕はさらに踏み込み、左右の拳、さらにボディブロー、ローキックで軸足を薙いで崩し、崩れた脇腹に強烈なレバーブローをたたき込み、相手がくの字に身をよじったところに、下から鋭角な曲線でアーチを描く、強烈無比の上段回し蹴り!


「っし!」


 吹っ飛ばし、残心。武術をただ勝利のためのツールと捉えていた感のある実父はほとんどこの残心という挙動をとることがなかったわけだが、良くも悪くも正統な武術として新羅江南流を修めている乕にとっては重要な挙措。そして次につなげるための重要な構えでもある。油断なく相手を見据え、構えは解かない。


「……つぁ、やるねぇニーチャン……。けどまぁ、オレの超再生にかかりゃあこの程度のダメージ……ダメージ……?」


 この程度のダメージはすぐに回復する、なんともない。そういいたかったのだろう。しかし現実に実際に。体内に浸透しているダメージは抜けることがなく男をさいなむ。


 伽耶聖が創始して新羅牛雄が完成させた新羅江南流の本領は内臓への衝撃による内部からの人体破壊。超再生で外部からのダメージをいくら回復しようが、内臓へ蓄積された衝撃までは癒やせない。簡単な理屈ではあるのだが、今まであらゆるダメージをねじ伏せて敵をたたきのめしてきた男にとって、この「内臓に浸透する威力」というものは信じられない脅威であった。


理解の及ばないものに人間は恐れを抱く。男もやはりそうであり、慄然と脂汗をかき歯はかちかちとかみ合わず。先ほどまで見えていた紫髪の優男は、いまとんでもないバケモノに男の目には映る。それでも身も世もなく背を向けて逃げを打たなかったのは男に残された最後の矜持か。


再度、男は得物を換える。神気を帯びた雷をまとう、広刃の直刀。ここまで使ってきたのはすべて一回使用かぎりの使い捨てだが、この剣は違う。現帝国近衛兵長・隻腕の剣神・厷武人がもつ風の神剣・布津御魂の姉妹刀・雷刃・健御雷(タケミカヅチ)。魔力希薄な世界では静電気を走らせる程度の威力しかないが、近くに存在するすべての【遺産】の魔力を一極、この刃に注げば、その威力は往事の神威を取り戻す!


「この山ごと……吹き飛びやがれぇあ!」


 凄絶無比の爆雷を走らせる刃。乕はその神威にわずかたじろぎながらも、たじろいでいる場合ではない。気を取り直して一気に間を詰める。相手が刃を振るうよりさきに顔面に肘をいれつつ剣を奪い、大地にたたきつけられるはずの一撃を天空へと撃ち放つ。


 ばぅ……つ! どっ!


 それは天高く大輪の火花を咲かせ、この場における戦いの終焉を告げる鐘の音を鳴らした。


………………


「本当に……すばしっこいガキね!」


 最後の戦局。晦日緋咲は意外にもというか、乕の期待に応えというべきか、健闘を見せていた。なにより緋咲に有利だったのは神焔扇という敵の武器がある程度のタメを要するということ。敏捷な緋咲にとって、これを回避することは難しいことではなかった。そして回避しながら、女が神焔扇を放ち終えたタイミングで鉄鎖を投げつける。これはそのつどはたき落とされるものの、敵の集中を削ぎ均衡を作り出すことには十分、成功していた。


「この戦場、帝国側はもうあなただけです! 投降してください!」


 緋咲の、密偵としての訓練を受けた……実際は覇城すせりのお話相手みたいななく周りでしかなかったが……耳はしっかりと、新羅乕と牢城雫の勝利を捕らえている。あとはこの場だけ。


「馬鹿ガキ! ならあんたを生け捕りにして残り二人を殺せば、あたしが恩賞独り占めじゃないか! なんで降参しなくちゃならないのさっ!」


 女は焔の大蛇を放ちながら、猛進。緋咲に迫る。しかし緋咲の軽捷さには遠く及ばず、また【遺産】に頼らない純然な力ではサボりがちだったとはいえ、祖母・美咲仕込みの緋咲の体術に及ばない。非力ゆえ一撃必殺とはいかないが、ダメージの蓄積は漸々と緋咲優位に戦況を傾けつつあった。


「クソガキ、クソガキ、クソガキッ! お前みたいな、満たされたガキが! 生意気に上から物言ってんじゃあないよっ!!」


 四方八方、焔をまき散らす女。周囲の雪や氷がどろどろと溶ける。これ以上彼女を暴れさせるのは危険だ。そう判断した緋咲はやむなく、降参を勧めるのではなく女を仕留めて倒す方向に頭を切り換える。


 ……とはいっても、あんまり拳法、得意じゃないんですが……。


 そうも言っていられない。まずサイドに身を振って焔を回避。そこからたん、と跳躍、一息に女を飛び越え、背後に回る。


「っ!」


 肩から靠法(こうほう=体当たり)。達人の一撃なら猛牛や大熊をも一撃で仕留める一撃だが、軽く非力、かつ発勁も未熟な緋咲にその威力は出し得ない。だから仕留めるには連撃。緋咲の奥の手は超短距離における接戦、いわゆるクローズドクォーターコンバット(CQB)。まずは掌底を下から相手の顎に打ち上げ、脳しんとうを狙い、相手がこれに耐えると膝でみぞおちを一撃。相手を前のめりにさせつつ膝を繰り出したかかとを今度は相手のつま先にたたき落として機動力を封じ、がくんと沈んだ相手の後頭部へ肘を落とす。教科書通りの、肘・膝を使った接近戦打撃。最後は腕関節を素早くロープで拘束し、なおヒステリックにわめき立てる女から神焔扇を奪い取って無力化した。


「緋咲ちゃーん、だいじょーぶ~?」


 自分の戦場を終えた雫がやってくる。すでに先ほどまでの修羅の様相はみじんもなく、普段どおりのぽややんとしたおねーちゃんのままだ。


「ねーさまー! 怖かったですよう!」


 がば、と雫に抱きつく緋咲。祖母と雫とに鍛えられてそれなりに腕に自信があるとはいえ、実戦経験はほとんどなかったのだ、恐怖が今更襲ってきても、無理からぬ事ではある。


「よしよーし。頑張った頑張った。これはトラちゃんにごほーびを貰おう!」

「ごほーび、ですか?」

「うん。トラちゃんに「ちゅーして」って言うといーよ。緋咲ちゃん、頑張ったんだからそれくらいはして貰わないと」

「えー、それ、大丈夫ですか? 引かれません?」

「だいじょーぶじょぶじょぶ。トラちゃんにはちゃーんとたぁくんの血が流れてるから。あの親子は押しに弱いし、いざその段になるとけっこースケベだから」


 ある意味名誉毀損みたいなことを言う雫に、ふんふんふむふむとうなずきを返す緋咲。そこに、女性陣の会話など知るよしもない乕が戻る。


「緋咲には相性の良い相手だったと思いますが、無事でなにより……? な、なんです、そんなにんまりした顔で……?」

「いえいえー、にーさま、あとで少しお話がー」

「は、はぁ……構いませんが……」


………………

…………

……


 月護刻晴(つきもり・ときはる)は収監所から脱出し、大急ぎで馬を走らせ帝国本陣、ハゲネ・グングォルトのもとにいた。身嗜みを整えるまもなくハゲネに謁し、皇国の食料集積所を突くべしと進言する。実のところ集積所についての情報は戚凌雲が意図的に流した偽情報なのだが、巧みな流言に乗せられた月護は完全にこの情報を信じ切っており、糧道を叩いて皇国の喉元を扼す大功を、すでに成し遂げた気で浮き足立っている。ハゲネは当然、この情報に対して半信半疑、正しければ勝利の鍵となるが、罠である可能性も捨てきれぬと諜報部の出動を考えるも、しばし待つよう言い置いた月護は本陣から軍を引いて集積所に進発してしまっていた。


その兵力が斥候や遊撃の数百数千人ではなく、10万の大軍で堂々突き進んでしまったがために、ハゲネも中途半端に10万を捨てるわけにはいかず、月護を追って本軍を進めるしかなかった。完全に「釣られた」形ではあるが、こうなってしまったからには流れに任せるしかない。


「おいでなすったなぁ……へ、アホみてーに大軍率いてこの狭い道を!」


 前線の将・上杉慎太郎が旧式のライフルを構えると、配下の銃歩兵隊も一斉にそれに倣う。


「主上さまは無駄な殺戮をお嫌いだァ! 狙うは大将首のみ、一斉射撃で敵を混乱させたら、すかさず抜剣突撃!」


 銃声は猛る大虎の嘶き。狭く不安定な岩場を通ってきた敵を崩す。「話が違う!」そう叫び、背を向け逃亡を図る月護は老将・上杉慎太郎の切り込みを防げず軍を壊乱させ、結局投降。ハゲネ・グングォルトはさすがに用心を怠らず、先陣が崩された際にも逃走ではなく前進を選んで勇戦し、血路を開いた。もしハゲネと月護がしっかりとした連携をとっていればこの罠ごと引き裂かれて皇国は敗北したかもしれないが、手柄を独り占めしたかった月護の独断専行、その功名心が皇国の救世主となった。それは乕たちが刺客たちを打ち払った3日後のことであり、大将ハゲネ、副将ヘラクリウスには逃げられたし全体的な兵力においてなお帝国の優位は変わらないが、赫々たる勝利である。なにより「クリグ・マウル山谷の戦いで、皇国が帝国を破った」このことを世界が信じたという宣伝効果が大きい。帝国に見切りをつけて皇国につくもの、あるいはこれまで去就を明らかにしなかった風見鶏が、こぞって皇国につく。


………………


 帝都ザントライユ。


 高度に科学文明の発達したこの都市にあっても、やはり旧来の古都を偲ぶ人々は根強く。

そうした人々の住まう第2居住区の一角に、その邸はあった。


 大して大きな家ではないが、造りはしっかりしている。周囲の家家がレンガ造りを主にしているのに対して、この家だけ木造平屋、アカツキ地方独自の建築法で作られており、武人の居宅といったちたたずまいだ。もっとも、家の主にしてみれば「武家屋敷ではなく忍者屋敷でゴザルよ」と言いたいところだろうが。


「新羅乕はやはり、強敵でゴザルな……。ピンク髪のハーフ・アールヴがそばにいたという報告もあるでゴザルし、主(ぬし)さまの息子というのも事実かもしれんでゴザル……」


 太いからだをややおっくうげに揺らして、宰相・出水秀規は言うと傍らに座る妻の髪をなでる。猫のようにうっとりとする緑髪有翅の少女との年齢差は一見、犯罪的にも映るが、実のところ出水が彼女と出会ったのは54年前、16歳の時ですでに彼女……妖精シエルは成人済みであったから、実年齢的には出水のほうが年下と言うことになる。


「辰馬の息子だったら、エーリカのことは裏切るの?」

「まさか。主さま本人が生きていたとして、拙者がそんな簡単に寝返る男だったらかえって許されんでゴザルよ……赤ザルは、どうも裏切ったようでゴザルが……」


 上杉慎太郎が梁田篤に宛てた書信は、巡り巡って大本営の出水のもとに届いている。オレは寝返る、おまえら全員ブチのめすから覚悟しとけ皆殺しだオルアァ! という、およそ70の大将軍が書き記した文面とは思えない内容に、出水は苦笑せざるを得ない。


 そして出水は女帝エーリカに参内し。


 新年度から貿易封鎖・経済封鎖施行。これにより、圧倒的国力を誇る帝国はともかく、自国だけでの経済力で国を立ちゆかせることの難しい皇国と大公国は厳しい状況に追いやられることになる。

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