憧憬の炎
鰹 あるすとろ
青い夏の思い出
◇
それは、小学三年生の夏休みの思い出である。
当時両親は共働きで、なにかにつけて家を空けることが多かったものだから、幼い僕はよく親戚の家に預けられていた。
あっちの街にいったり、こっちの街にいったり。
祖父母、叔父、伯母、あるいは親の友人宅。
様々な人々の元に送り付けられることに、はじめは反発もしたが……それが十回を超えた頃には、幼いなりに諦めもつく。
……今にして思えば、僕が何事にも消極的な人間となってしまった原因は、ああいう小さな諦めや後悔の積み重ねに寄るものだったのかもしれない。
話を戻そう。
僕は定期的に街から街へ転々とするような生活を送っていたわけで、当然その年の夏休みも一週間ほど親戚の家に押し付けられた。
カンカン照りの真夏日に、預けられることになったそこは母方の叔父の家だった。
家族構成は叔父夫婦と、今年に高校を卒業する息子が一人。
だがそれまで、僕は老夫婦や中年くらいの人々だけがいる環境にばかり預けられていたものだから。
十代後半の同性の親戚というものに、少し気遅れのような、半ば恐怖のような緊張を抱きつつ、叔父夫婦の家へと向かった。
ビビッドな青色の、鮮やかな空。
その下の車内で、高速道路を使った長い旅路に辟易し続けて、四時間ほど。
パーキング・エリアを降りたあたりから、ようやく僕のテンションは少しずつ回復を始める。
道路脇に一面の田んぼが広がり、空は雲ひとつない青空というのどかな光景。
そして、そこには遮るもののない灼熱の太陽。
そんな暑さもあって大分へそを曲げていた僕であったが、道の駅ではソフトクリームを与えられてしまえば……機嫌は、うなぎのぼりによくなる。
我ながら、ちょろいものである。
そしてご機嫌な陽気の最高潮にあって……車はついに、ある一軒家の前に停まる。
瞬間……忘れかれていた緊張は、唐突にぶり返した。
「いらっしゃい――くん、よく来たねえ?」
「ほら入れ入れ、お前、お菓子持ってきてくれ」
「……よろしく」
その門前では、僕を待っていてくれたのか三人が家人総出で出迎えをしてくれていたのだ。
初めて会う親戚、そして年上のお兄さん。
僕はその様子に、少し……いや、だいぶ気圧されつつも。
「……ろしくおねがいします」
緊張で軽く上ずった声で、挨拶を終えた。
◆
それからの数日は、なかなかに緊張の取れない日々が続いた。
叔父夫婦は僕の為にと、おそらく普段は作らないであろう豪華な食事でもって出迎えてくれる。
……しかし、それは僕にとっても馴染みの少ない食品群だった。
よく慣れ親しんだ、ハンバーグだったり、カレーだったりといった好物とは全く違う、和食の取り合わせ。
今の成人した僕ならばそういったあっさりめの食品には喜んで飛びつくところだが、当時の僕はそのものズバリ、子供舌だったのだ。
そのような少し空回った気遣いと、そのパスが上手く受け取れない僕とのやり取りがいくつか続く。
そうしていまいち距離を詰められぬまま、日をまたぎ。
それが数日続いて……ついに叔父宅での宿泊期間は折り返しを迎えることになった。
そして、その日。
僕はいつもどおり、布団をひいてもらっている寝室代わりの書斎のなかで、叔父さんの蔵書を読んでいた。
本棚に並べられていたのは、経済に関しての本だったり、分厚い装丁の小説だったり、農業書だったりだ。
叔父さんは「子供にはつまらないだろうけど」などと笑っていたが、これがなかなか、分からないなら分からないなりに面白いものだ。
子供というのは何も知らないものだから、それを補うべく貪欲に色々なものを取り入れにかかる。
僕の場合は、それが本という媒体だった。
家には辞書だったり、生物の図鑑だったりがいくつもある。
だからこの家でたくさんの本を読めるということは、馴染めない生活のなかでも一つの潤いとして、僕に癒やしを与えていた。
しかもここには、扇風機がある。
涼しくて、一人になれて、好きなことができる。
ここはこの家で唯一の、僕の聖域だった。
そうして今日も、あまり叔父一家と関わりをもたずに一日中を読書で潰そうかというところで。
「―――あ、のだな……」
「わ!?」
高校生の、お兄さんが廊下からひょっこり顔を出す。
本を読んでる最中に、予想外の人に声をかけられたものだから、僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
叔父さん達はどうにか距離をつめようと日夜声をかけてくれるが、お兄さんから話しかけられるのは初めてだ。
……思わず、変に身構えてしまう。
「あぁ、悪い……別に驚かせるつもりはなかったんだけど」
お兄さんは僕の様子に責任を感じつつ、バツが悪そうに頭を掻く。
なんだか、落ち着かない様子だ。
さしづめ、叔父さん達が僕との距離が詰められないことに業を煮やして、まだ年の近いお兄さんをけしかけたのか。
「その、なん、でしょうか……」
「あ、いや……その、なにってことも」
……だが、その目論見は生憎の結果だ。
結局お互いに話すような内容もないものだから、ただひたすらと気まずい沈黙が続く。
それは、そうだろう。
馴染みのない家で、とりわけ会話の少なかった寡黙なお兄さんとのふたりきりの会話など続くわけもない。
そんなギクシャクしたやり取りが幾度か続いて、
「……これしかないか」
お兄さんが、何かを意を決したように手と手を叩く。
そして、その右手を僕の方に向けて差し出した。
「見てな」
彼がそう言うので、僕は素直にその手に向け視線を動かした。
お兄さんの手は、大人らしい、ゴツゴツとした大きな手だ。
僕の小さくて柔らかい手とは全く違うそれは、かっこいい大人の男性のもの、といった印象を僕に与えた。
けれど、それ以外にはなんの変哲もない、何も持っていないそれに注目させる意味は分からない。
「……?」
そうして僕が、ただただきょとんとするなか。
「ほい」
「え」
それは、あまりに唐突だった。
――お兄さんの手から、突然真っ赤な炎が顕れたのだ。
手品?いやしかし、どう考えてもタネなどない。
だって素手だ。もう片方の手を動かした素振りすらなかった。
じゃあ……これは?
「え、え……!?」
「すごいだろ」
お兄さんが発した言葉に、僕は全力で首を縦に振る。
すごい、いや、すごいなんてもんじゃない。
手から炎を発する超能力者なんて、こんなのまるで漫画か、TVアニメの世界みたいだった。
「どうやってるの!これ!」
僕は全力で前のめりになって、お兄さんの下へ駆け寄った。
知りたい、知りたい、知りたい!
少年期特有の知識欲と、目の前に突然現れた超能力者への憧れと、あわよくばそれを使えるようになりたいという浅ましい魂胆。
それらが渾然一体となって、当時の僕を突き動かしていた。
けれど、彼ははぐらかすばかり。
僕はその日、疲れてお兄さんの部屋で寝落ちするまで、休むことなくその炎を出す能力のことを追求し続けた。
……それから、数日。
最早、叔父叔母家庭への引け目のようなものもどこへやら。
僕はもう何に遠慮することもなく、何処へ行くにもお兄さんの後ろについて回った。
灼熱の日差しもなんのその、逃げるように方々を転々とするお兄さんを、僕は決して逃しはしなかった。
あまりにもそちらに熱心になるものだから、叔父さん伯母さんへの応対も気取った、取り繕ったものでなく、子供らしい自然体のものへと変わる。
そんな僕の様子を夫婦は微笑ましく見守ってくれて……お兄さんは、少し戸惑い気味である様子だった。
そしてことある毎に、僕は言う。
「炎!出し方教えて!どうやるの!」
対して、お兄さんは決まってこう言う。
「これは……うん、もうちょい大人になりゃできるようになるよ」
それが僕を躱すための方便だということは、子供心にだって簡単に理解できる。
だからそこから両親が迎えに来るその日まで。
ただひたすらに、同じようにお兄さんを追い回し、付け狙い、あわよくば秘密を暴こうと画策した。
まるで、スパイ映画かなにかだ。
実際僕はそれ気取りだったし、そのことはお兄さんからも見透かされていただろう。
だが彼の異能の力に心惹かれた僕は、もう脇目もふらずにそれに夢中だった。
思えば……あのときの僕を、叔父夫婦はどのように見ていたのだろう。
お兄さんの見せた手品に騙されて、無垢に超能力者を信じる微笑ましい子供とでも見られていただろうか。
実際、傍からみたら随分と滑稽だったろう。
超能力なんて存在しない、そんな常識は世間に浸透し、支配して久しかったからだ。
でも……それでもよかったと、今にして思う。。
だって彼が見せてくれた炎の超能力は、本物であれ、ただの手品であれ。
それを信じ切っていた、無垢で、幼い
かくして僕はお兄さんに釣られて、まんまと書斎から外へと引きずり出された。
お兄さんが行方をくらませたとき、偶然知り合った近所の子と遊んでみたり。
はたまたお兄さんと一緒に、近所の川で釣りを教えてもらったり。
そうしていくうち、屋内暮らしでまったく焼けていなかった肌は、みるみる小麦色になった。
インドア気質だった僕が、後にも先にも一番アウトドアというものを楽しんでいたのは、このときだろう。
「ほら、私もうお腹いっぱいだから、この魚食べな」
「うん!いただきます!」
そうしてるうち、叔父さん達ともすっかり打ち解けた。
そもそもこちら側が変に遠慮して壁を作っていただけで、向こうは仲良くしようと気を配っていてくれたのだから。
私が心を開けば、あとはあっという間だった。
――そうして。
団欒にも慣れ、心から一家との生活を楽しむようになった頃。
そんな刺激に満ちた楽しい日々は、当然に終わりを迎える。
両親の出張が終わり、二人が僕を迎えに来る日がやってきたのだ。
……あの日のことは忘れない。
押し入れのなかや、建物の影に隠れ、果てはお手洗いに鍵をかけて立てこもった。
絶対に、帰りたくない。
預けられた先の家でそんな風に思ったのは、後にも先にもあの時だけだった。
そんな、僕に。
「……なぁ」
お兄さんはトイレのドア越しに、語りかけた。
その落ち着いた声色に、大切な何かがあるように思えて、僕は耳を傾ける。
「お前にはお父さんお母さんと住む家があるだろ?だったら、いつまでもここにいちゃ駄目だ」
「でも……」
真面目で、真摯な説得にも、僕は対抗してみせようとした。
だって、楽しかったからだ。
彼が見せてくれた美しい炎は、僕を魅せた。
その灯火が、その輝きが、僕のなかの影を消し去って前向きにしてくれたといってもいい。
「お前、この力が欲しいんだろ?なら、手に入れる方法を教えてやる」
なおも意固地になって立てこもる僕を、お兄さんは諭す。
力を手に入れる、方法。
いや、どうせ、僕を家に返すための方便だろう。あれだけのらりくらりと躱しまくっていた僕の追求。
それに対しての答えを、こんな簡単にあっさり教えてくれるわけ、ないじゃないか。
……そんなふうに、反抗的な考えを抱いていたのだが。
お兄さんの声は、心から誠実に、僕のことを慮ってくれているような、そんな優しい声色で。
僕はつい反論をするのをやめて、それをただ静かに、聞き取ろうとする。
「……自分と、向きあうことだ。それだけで力は手に入る。それはここじゃなくて……お前が、お前自身の家や、学校でやるべきこと」
……それは要約すると、おとなしく家に帰れってだけのことじゃないか。
彼の言葉の帰結は結局それで、僕は落胆してしまう。
でも、なぜだろう。
「……」
僕はなぜか、立てこもり現場であるお手洗いの鍵を、素直に開けてしまった。
そしてそのまま、吸い込まれるように父親の車に乗り込んで……それからは、あっという間だった。
帰り際、叔父と叔母には感謝の言葉を口にした。
初めの頃はうまく馴染めなくてごめんなさい、でも本当に楽しかったです、と。
二人は涙ぐみながら、僕にお土産を持たせてくれた。
そして、お兄さんは。
「……」
何も、言わなかった。
僕もそれに対して、大きくリアクションをすることはなく。
ただ、車が走り出したときにサムズアップだけ、した。
それに対して、お兄さんもそれを返してくれて。
僕は……小学三年夏の、異能との出会いに幕を引いたのであった。
◇
◇
◇
――そこまで、読み返して。
僕は手にしていた、数枚の原稿用紙から手を離した。
あれから、十数年。
本好きなままに成長した僕は中学に進学し、部活動が始まると文芸部に所属した。
そこで色々な経験をしては、都度それを作文用紙にまとめ……小説形式にして、定期的に発表したのだ。
高校に進学してからもそれは続けたが、同級生にからかわれてから少し筆から手が離れ……文芸部には所属していたが、文章を書くことはやめていた。
でも人の文章を読むのはすきだったものだから、活動に参加することなく部室に入り浸る。
誰が読んだか、幽霊部員ならぬ「生霊部員」。
またなんとも格好のつかないあだ名だが、言い得て妙だなと思ったので特に撤回を求めることもなかった。
そして、高校卒業後。
数年間は就職も進学もせず、ぷらぷらと人助けなどをして生きていたが……ひょんなことから雑誌編集者に見初められて、僕の人生は変わる。
それからというもの、ときたま書き物を納入する「ライター」という仕事を、いくつかある生業のひとつとしていた。
先程まで読み返していた原稿も、そこで依頼されたものだ。
今回のテーマは「夏の思い出」。
オムニバス形式で書籍を出すのでそのテーマで原稿を書いてほしい、というから思い出せる限りのなかでもっとも色濃く刻まれた実体験を多少脚色して書いたが……些か、ファンタジー色が強すぎただろうか。
これでは夏休みの楽しい思い出とか、甘酸っぱい恋模様とか、そういう趣旨のものを期待している読者から総スカンを食らうかもしれない。キレイなオチもないし。
とはいえ……今更、書き直す気も起きなかった。
なにせ、思い出だ。
赤裸々に、ありのままを書かねば、思い出の中のお兄さんに対して示しもつくまい。
なお一応、完結以降の話も少し書いている。
……しかしなんと、そちらは余計にファンタジー色が増していってしまった。
これではまるで異能バトル系ライトノベルのようだ、と自分でも思ったので、あまりに趣旨にそぐわないそちらは原稿を入れる封筒からは弾いておいた。
これを読まれるのはなんだか気恥ずかしいというか、面映いというか。
まさしく黒歴史ノート……いや、小説か。
とにかくこんなものは、誰かに見られる前には処分しなければ。
高校時代の二の舞は、ごめんだ。
そんなことを思いながら、僕はひとまずカップに注いで置いてあった紅茶を口にする。
……ちょうど、そのとき。
僕の私室に、軽妙なノックの音が響く。
次いで、僕が返事をするより前に部屋のドアノブが力強く捻られて、僕の
「先生ー!進捗どうです?」
彼女の姿に、僕は思わずため息をつく。
これは僕の担当をしてくれている、雑誌編集者だ。
長所は見目麗しい外見、欠点は喋るとそのすべてが台無しになるところだ。
高校時代、文芸部の後輩でもあった彼女は、卒業してすぐに出版会社に就職した。
そこで僕の許可も得ず、僕の書いた文章を編集部で公開し、無断で仕事を取り付けてきたのである。
ちょうどその時僕は進学もせず、別件で方々に呼ばれたり、家にこもって小説を書いたりを繰り返していたものだから、彼女からの誘いは渡りに船ではあった。
とはいえ……学生時代に書いた今より拙い作品を、許可も得ずに頒布するのは勘弁願いたいものである。
しかもその後、書籍として発行されたし。
あとがきでその事を愚痴ったらそれを読んじゃった前述の高校時代僕をからかった友達から謝罪の連絡もきたし。
今更謝られたってどうしようもないのだから、胸のうちに秘めててくれればよかったのだが。
「あのねぇ……僕いつも言ってると思うんだけど、返事する前に入ってくるのはやめてくれ」
「いやぁノックすればいいかなって、別に変なことしてないし気にしないでしょ先生?」
「はぁ……もういい、君には何を言っても無駄だってのは、ここ数年でとっても実感してるから」
ため息と共に、皮肉のひとつくらい言いたくもなる。
全く、プライバシーもへったくれもあった物じゃない。
この失礼全開、知性閉鎖のモンスター編集者に部屋の合鍵を渡してしまったことを心底後悔しながら、僕は封筒を手に取る。
中に入っているのは、先程読み返していた原稿だ。
「ほら、目当ての原稿。夏休みの思い出」
「やたー!さっすが!大先生!」
やたらとオーバーでうざったいヨイショに辟易としつつ、僕は紅茶を飲み干す。
この編集者、明日には感謝の気持ちなんて忘れて二言目には「飯を奢れ」だのなんだのと言ってくるに違いない。
「……」
いや、なんなら既にそう言いそうな雰囲気だ。
やめろ、上目遣いで無言で訴えてくるな。
というかまさかその仕事の原稿持ったまま外食する気なのかこの子は……?
「はぁ……わかった」
僕はもう、折れて早々に出立の準備をする。
どうせ何言ったって無駄なのだから、おとなしく彼女の要求に従ってやることにしよう。
まぁ、偶然にも彼女がくるまで何も食べていなかったから、腹は減っているし、丁度いいのだ。
まぁ、たのしいし。
……向かう先は、どこでもいいか。
この子は好き嫌いがないから、激安チェーン店だろうが気取った店だろうが満面の笑みで楽しんでくれるので気が楽だ。
一生喋り倒してくれるから、気まずい間が生まれたりもしないし。
――そうして外出のために、僕が鞄に荷物を詰め込む最中。
「ん、先生この原稿はー?」
彼女が、卓上に置きっぱなしにしていた例の続きの原稿を取ろうとする。
「それ触らないでくれよ、触ったら飯なしだから」
「えー……このもやもやを抱えたままご飯を食べるか、ご飯を諦めてスッキリした気持ちになるか……!」
「いや君どうせ飯食べたら秒で忘れるだろ、読んでも読まなくても同じだよ」
「確かに!」
「プライドって言葉同じ学校で学ばなかった?……ほらもう行こう、僕も空腹だ」
彼女はなぜか納得したようで、大人しく卓上の原稿から離れ入り口の方へと駆けてゆく。
……ふ、ちょろいものよ。
他人の扱い方というのは、この十数年で随分と完熟した。
どれもこれも、あの日お兄さんに言われた通りに自分自身というものに向き合った賜物だ。
叔父叔母夫婦が喜ぶようなワードチョイスをあえてしたあの帰りの日から、今日まで鍛え上げられた空気読みスキルは伊達ではない。
そういえば、あれから一度だけ叔父叔母夫婦の家に遊びに行ったことがあった。
……お兄さんは既に自立したとのことで、最早どこで一人暮らししているのかもわからないようだったが。
まぁ彼ほどの人ならばきっと、どこに行ったって上手く生活してることだろう。
自分と向き合ったからこそ、得た異能。
ならばそれを得ていた彼自身も、既に自分という物を規定し、理解し、適切に運用しているに違いない。
もうすっかり、あの頃のお兄さんの年齢を追い越してしまったが、今でも彼は僕の憧れだ。
彼と同じ力を手にしたことは、僕にとって軌跡で僥倖。
……そんなことを、思いながら。
「先生!早く行きましょーよ!お腹がペコですよ!」
まるで燕の雛のように騒がしい彼女に急かされながら、僕はついに準備を終えた。
そして、部屋から出掛けに……話の続きを書いていた作文用紙を手に取り。
――
僕は部屋を後にし、僕自身がこれから描く未来に向けて、歩みだしたのだった。
憧憬の炎 鰹 あるすとろ @arusutorosan
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