第30話

右手をレイラに見せるようにして、エレーナが話し出した。


「どうせジェミナリー家の令嬢に相応しい振る舞いをしたってレイラとは離れ離れにさせられてしまうのだから、もう淑女ごっこは終わりよ! レイラ、わたしはいつだってあなたと一緒にいられるために最善の選択をしてきたのだから、いまだってそうするに決まっているじゃないの!」


エレーナはこれまで、レイラを自分の目付け役でい続けさせるためにおてんばで手のかかる子でいたり、逆にレイラを他の屋敷にやらないように淑女として振舞ったりしてきた。少しでも長くレイラと2人きりでいるためには手段を選ばなかった。


だが結局このままでは、そんなエレーナの苦労は無駄になってしまう。親に決められた結婚によって離れ離れになってしまう。だからエレーナは今度もまたレイラと離れ離れにならないための策を取ることにしたのだろう。


とはいえ、レイラだってジェミナリー家にもお世話になってきているし、ましてやそんなエレーナ本人の希望とはいえ、結婚を明日に控えた令嬢を連れ去るなんて大それたことはできない。


そんな風に躊躇しているとエレーナは右手の甲を見せてくる。


「ねえレイラ、あなたは確かにわたしに忠誠を誓ってくれたはずよ? だとしたらあなたの取るべき行動は決まっているのではないかしら?」


ゆっくりと深呼吸をしてから辺りを見ると、屋敷はビックリするくらい静かだった。広い屋敷は明かりも点いていないし、声も全然しないので、まるで本当に世界にエレーナと2人だけになったかのようにレイラは錯覚する。綺麗な月明かりが燦々と2人だけのことを照らしているように見える。


一体逃げてどこに行くの? 夜道を逃げられるの? もし賊にでもあったら?……次々とレイラの頭の中には不安の気持ちが湧いてくる。


それでも横を見ると、これからもレイラと一緒にいられる未来に胸を膨らませてキラキラとした眩しい笑顔を向けているエレーナの姿があった。


レイラは自分自身に問うた。果たしてこれからエレーナと会えなくなる生活に耐えて行けるのだろうか。そしてこれだけ無邪気に笑うエレーナのことを裏切ることができるのだろうか……。


「お嬢様、わたしは……」


レイラはベンチから立ち上がりエレーナの手を引いた。


エレーナの手を引いてどこにむかうべきなのだろうか。諭して屋敷に向かうのか、それとも一緒に逃げるのか。


いや、そんなこと悩むまでもないかとレイラは歩き出した。


レイラは忠誠を誓ったエレーナの右手の甲をしっかりと握りしめながら、一歩ずつ歩き出す。


庭園の花々は2人の決断を後押しするように優しい夜風に揺られ続けていた。

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結婚前夜の静かな夜に 西園寺 亜裕太 @ayuta-saionji

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