第29話

「わたしだってお嬢様のことは好きですよ! 愛しています!」


勢いに任せた。レイラはそのままエレーナの肩を持って、顔を思い切り近づけた。涙でぐしゃぐしゃになったエレーナの顔にレイラの顔を近づける。そのまま一思いに唇を重ねた。


初めてレイラからエレーナに口づけをした。


出過ぎた真似だということはよくわかっていたけど、感情は抑えられなかった。レイラだって、長い間感情を抑えてきたのだ。


少しして我に返ったレイラは慌ててエレーナから離れようとしたのに、今度はエレーナが離してくれなかった。エレーナがレイラの首に手を回し、思い切り抱きしめて、離れないようにしている。


静かな夜、完全に2人だけの世界の中で、お互いの愛を共有しあったのだった。


暫く経ってから、ようやく口づけをやめたエレーナはレイラに言う。


「ねえ、レイラ。今日はね、最後の日だからみんなに静かにしておいてほしいと言ってあるの」


「そうでしたね……」


「警備も手薄で、屋敷内はほとんど無警戒な状態にあると言っても良いわ」


つい先程まで泣いていたエレーナの表情が、だんだんと出会ったばかりの頃の無邪気な子どもの頃の笑顔に戻ってきているように感じた。


淑女になると奥様の前で誓った日以前の、レイラに近くにいてもらうために手のかかる子でいた、あの日の幼いエレーナが目の前にいるような気がした。


「ねえ、わたしのことを逃がしてくれない?」


「え?」


「だから、レイラがわたしのことを攫って行くのよ。ジェミナリー家に勤めていたメイドが令嬢を攫ってしまう事件をあなたが作るのよ」


楽しそうに大きく口を開けてケラケラと笑っているエレーナを見るのはいつ以来だろうか。久しく見ていなかった、トラブルメーカーのおてんばお嬢様が間違いなくレイラの目の前にはいた。


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