第48話 縁と影
ー縁の視点ー
十二月もついに終わりを間近に迎えたある日。年末の冬休み真っ只中。
悟さんや仙狸ちゃんはお化けの対策で日々を忙しそうに過ごしているようだが私の日常はあまり変わらない。精々、年内は外出の機会を通常より減らしてなるべくトラブルに巻き込まれないよう多少の警戒をしているくらいである。
「はぁ……もう、朝かぁ……確認しないと」
クリスマスを友達と祝う事が出来なかったのが少しだけ残念ではあるが、似たようなパーティーは十二月の頭に悟の家で行っている。それに今年はその分家族と盛大にクリスマスを祝う事が出来た。父や母、二人の妹。みんな本当に楽しそうでこれはこれで良かったと今になって思っている。
そんな訳でなんの予定も入っていないのは寂しかった私は昨夜、部屋の大掃除をする計画を立ていつもより早く目覚ましをセットし意気込んで眠りにつく……ところまでは良かったんだけど。結局、いつも休日に起きる時間までベッドの中ゴロゴロして時間を浪費してしまった。
(見たくないなぁ。でもいつまでもこうしてる訳にはいかないし)
それもこれも、原因は部屋の中で異様な存在感を主張するダンボールの山にあった。一つ一つが引っ越しで使用する大型のサイズの物であり、中に入っているモノが極めて軽い都合上、縦にも横にも並んだそれら。
そんなダンボール達が今では私の部屋の中で足の踏み場を確保するのがやっととなるほどに存在を主張していた。「大掃除をしよう」をと思い至ったのも何も年末だからという安直な理由ではなく、少しでも部屋のスペースを確保しようという割と切実な問題だったからである。
ベッドから抜け出て手近なダンボールをジッと見つめる。よく見れば箱には細かな空気穴が空いており、その穴から時折動く白い影が大量に
「うぅっ。また増えてる気がする。悟さんにこの前会えた時に相談するんだった。これじゃまた新しいダンボール用意してあげないと狭いよね……ほんと、どうしよう?」
ダンボールの中身の正体はケサランパサラン。
幸福を運ぶ白い毛玉。例の天体観測――幻の星が降る山で出会った怪異達でダンボール箱の中身は満たされいる。
「最初はちっちゃくて可愛かったんだけどなぁ。狭い部屋にこんなにいると流石にちょっと……」
私は思い返す。
全てはアマビエの予言から始まった。
予言があったその日。私は私に出来る事を考えた結果、ケサランパサランの姿を求めて街を彷徨う事になる。しかし一向にその姿は街の中には見当たらない。結局、その週末は足を棒にしたにも関わらず無駄に時間を過ごす事になってしまった。
『関わりのうすい者達で為すべき事を為せ』
アマビエの予言が頭を過ったのはそれから数日たったある日。ちょうど悟さん達は別の場所に出張に向かうと言っていた次の週末はそれを念頭において行動してみた。単独での行動を潔く諦め両親に無理を言い、思い出のキャンプ場へ車を出してもらう。
家族の中ではいつの間にか流行りのデイキャンプという体になっており、行きの車内は妹達がとても賑やかで最後部座席の私の隣に座ったもう一人の皆には見えない
『ケサランパサランは年に一度しか見つけられない。もし、万が一見てしまった場合はその効果を失ってしまう』
これは週末まで自分なりにネットでケサランパサランについて調べた情報であり、恐らく見つける事が出来なかった最大の理由。よくない夢に焦り、突っ走って土日を無駄にした私の敗因である。
この情報で頭を悩ませたのは一瞬。結局のところ私に出来るのは自分を信じて行動する事。大切な人達がピンチなのにウダウダ悩んでいる時間はないのだ。
「じゃあ――――見ていない人に手伝ってもらえばいっか。私の運はこの子から十分過ぎるほど貰っちゃってるし……悟さんや結ちゃんには気づかれないようにお守りにでも入れて渡すって事で。うん。だって見なきゃいいんだしねっ」
「頼りにしてるね」と隣の席に笑いかければ、私のスマホに表示されているケサランパサランの情報をのぞき込むようにしていた座敷わらしが珍しく笑顔で頷くのが見て取れた。
作戦はこう。
目的地はあの大量のケサランパサランを目撃する事が出来たキャンプ場。少し時間は空いてしまったが、あれだけの数がいたのだ。一匹? くらい残っているかもしれない。調べた情報によると元々は山に生息しているという情報がこの決断を後押ししてくれた。
現地までの連れていってくれる協力者は家族。あのキャンプに参加する事が出来ず悟さんとも会った事がある程度で関係はそこまで深くは無い。
そしてやはり――――切り札は座敷わらし。キャンプに不参加であり、私経由で悟さんと繋がりを持つ妖怪。
幸運を運ぶ妖怪に、小さな幸運を司る妖怪をさがしてもうという力業。今回一人で探す事が出来なかった私が頼ったのは――――彼との距離感が絶妙な頼れる相棒だった。
本来であれば、お市さんを借りて家族にも探すのを手伝って貰いたかったが贅沢は言っていられない。冬で人がほとんどいない思い出のキャンプ場に着き、近場で焚き火の準備を始める家族に断りを入れた後、私達は手を繋ぎ前に星を見た場所に向かって足を進めた。
結果的に作戦は上手くいった。
家族のデイキャンプ終盤に近づき、冬場なのにうっすら流れる汗に気を払う余裕もなくなった私の元に座敷わらしは幸運を確かに届けてくれた。
二人で探している時、パタパタと何処かへ行ってしまった時は焦った。もしかして飽きてしまったのだろうか……と。だがそんな事はなかった。再び現れた童子の手に抱えられたこぶし大の白い毛玉。前に見たケサランパサランより一回り大きいソレを見た時には嬉しさのあまり座敷わらしに抱きついてしまったほどである。
大成功に終わった土曜のデイキャンプ。帰りの車の中では程よい疲労と「自分達だけでもやれたんだ」という達成感で私の心は満たされ、ここ最近沈みがちだった気分も随分軽くなっていたと思う――しかし残念ながら思惑通りに事が進んだのはここまで。雲行きが怪しくなり始めたのは翌日の日曜からだった。
『あの夜に見たどの個体よりも大きいんだけど……これ一つで足りるのかな?』
ふよふよと部屋の中を漂う白い毛玉を見ながらそんな事を考えてしまったのが予定が狂いはじめた切っ掛け。思い立ったらとりあえず行動。気づいた時には私の手はスマホを掴んでいた。
(いい妖怪。幸運を呼ぶ。生息場所。飼い方……あっ。増やし方――これだっ)
その日のうちに餌となるおしろいを買いに行き、お爺ちゃんの形見を保管していた桐の箱を用意してケサランパサランを慎重に箱の中に納める。
「さて、量はどのくらいあげればいいんだろう?」と再びスマホに手を伸ばした時、隣で大人しく様子を見ていた座敷わらしが自然な動作で餌を手に取りおしろいの容器ごとサーっと……。
「あっ」
幸運を運ぶ妖怪の大胆な育成術により日を追う事に数を増やしていく白い毛玉。数を増やした毛玉は桐の箱の家でおさまらなくなり臨時で用意した空気穴を空けたダンボール箱という仮設住居に移り住んでもらう羽目になる。そうして悟に相談する機会をズルズルと失ったまま……現在に至るのだ。
(どうしよう。もう私の手に負えない気がするんだけど……どうしよう?)
先日学校に行く前に会った際、目に隈をつくって対応に追われている悟を思い出す。とてもではないが自分の都合で声を掛けられる雰囲気ではなかった。善かれと思って行動した結果陥ってしまった事態であれば尚更である。
ダンボールを見つめうーん、うーんと一人悩んでいるとスマホに着信が入った。表示を確認してドキッとする。倉木 悟。今し方自身の頭を悩ませている人物だ。慌ててタップして電話に応答した。
「も、もしもし」
「縁? いきなり悪い。今大丈夫?」
「はい。ちょうど家にいたので大丈夫ですよ」
「良かった。それなら本当に悪いんだけど、仙狸に変わってもらってもいい?」
「仙狸ちゃんですか? ちょっと待ってくださいね」
確か、昨夜は妹達に連行されそっちの部屋に泊まっていたはずである。電話を保留にして妹の部屋に向かってみれば、幸いにもゲームをしている妹達をボンヤリ眺める彼女を見つける事が出来た。すぐに手招きして電話を渡す。
「仙狸ちゃん。悟さんから」
「わかった」
白熱している妹達の部屋を出て廊下で電話している仙狸の隣に立って待つ。
(……なにか良くない事があったのかな)
「うん。うん」と淡々と相槌を打つ仙狸の様子からでは会話の内容までは分からない。しかし、先ほどの悟の様子から予想すれば良い出来事が起こったとは考えにくかった。そうこうしている内に「分かった」と仙狸が呟きスマホが返却される。すでに通話は切れていた。
「少し出てくる」
「何かあったの?」
「また鬼が出たらしい」
「……また、なんだ」
クリスマスを過ぎてからその名を聞くのは実は今回で三度目。
「いつも通り特に用がない場合は家にいて欲しい」
「うん。仙狸ちゃんも気をつけてね」
「ありがとう」
玄関先から仙狸を見送る。「行ってくる」とその場から凄いスピードで駆け出す仙狸を見ながら「また言いそびれたな」と何度目か分からないため息を独りこぼして私は部屋へと
部屋の大掃除もちょうど終盤戦に近づき時刻は夕方。自宅のインターホンが鳴った。家族は買い物に出ており家には自分一人しかいない。掃除する手を止めて「はい」と応答すれば予想していなかった人物、悟である。慌てて玄関まで向かって対応する。
「悟さん! どうしたんですか? あれっ? 仙狸ちゃんは一緒じゃないんですね?」
扉を開き悟を出迎えた瞬間。妙な違和感を感じた。彼の全身を眺めその違和感の正体を探ろうと目を細めた時、彼から返答がある。
「いきなり悪いね。仙狸はまだ後処理に追われていてね。本当に急で悪いんだけど――――実は手伝ってもらいたい事が出来たんだ。頼めるかな?」
「――――私にですか? はい。少しでもお力になれるんであればお手伝いしますけど……準備してくるんでちょっとだけ待って下さいね」
「うん。悪いね」
仙狸からは不要な外出は控えるように言われているが、悟がついているのであれば問題ないだろうと手早く準備を整える。ふと、少し前に悟から渡された巾着袋が目に入った。中身は霊験あらたかな清めの塩。「念のため。お守りの代わりだよ」と貰ったものである。最近では外出する時は欠かさず持ち歩いているソレを手に取り扉を閉める。
(そういえば……今日は
……とそんな事をボンヤリと思う。
彼を玄関先で出迎えた時に感じていた違和感については、何故だか彼の言葉を聞いた瞬間にどこかへ霧散してしまっていた。
悟と共に夕暮れの街を歩く。
今日の彼は珍しい事に非常に
「最近は会社の連中がどうにもなぁ――」
「会社の人って黒木さんとかですか?」
そんな言葉を交わしていた時、ひと組の親子と縁達はすれ違う。
悟との会話に夢中になっていて縁は気づかない。
その親子連れが不思議そうに自分の事をジッと見ていた事に。
「ねぇ。ママ? あのお姉ちゃん……」
「うん。そうだね? 一人でどうしたんだろうね?」
その小声で交わされた会話が彼女に耳に届いていたのなら何かが変わっていたのだろうか。
しかし、それは意味のない仮定である。すれ違った後も
『幸せのケサランパサランは一年の間で一度しか見てはいけない』
結局のところケサランパサランが縁のために力を発揮する事はなく――今日、この日。この瞬間に限って座敷わらしが縁の前に姿を表す事はなかった。
(なんか珍しいな。悟さんかなりご機嫌みたい。顔色も随分良いし。電話の時はそうでもなかったのに。もしかして何か事件で良い進展でもあったのかな? これだったらケサランパサランの事も相談できるかも)
今にも鼻歌でも歌いそうな軽い足取りで進む悟に対し、縁は意を決して話しかける。決心して声を掛けた場所は奇しくも街の中でも死角となる場所。ここ最近、猫の変死体がよく見つかるようになった世間では路地裏と呼ばれている場所であった。
「あ、あの悟さん」
「ん? どうしたのかな?」
「わ、私なりに皆の力になれるかなって思ってやっていた事でちょっとだけ問題が起きまして……お恥ずかしいんですけど少しだけ相談に乗っていただけたらと」
「――――それって。もしかして百鬼夜行の?」
「……はい。すいません。悟さんもお忙しいのに変なトラブル持ち込んじゃって」
「……」
いつしか彼の足は止まっていた。
顔にはいつもと変わらない笑みが浮かんで――――――――違う。いや。笑顔ではある。しかし、いつも通りかと問われると……何かが決定的に違うのだ。今日の悟はやはり様子がおかしい。玄関先で感じた違和感が瞬時び
「えっと。あの、悟さん? どうしました?」
「……俺はさ。無駄になる事があまり好きじゃないんだ。やりたい事が本当にたくさんあって、時間がいくらあっても足りないからね。それは寿命を持たない怪異だとしても変わらない。いや、いつ消えるか分からない怪異の方がより深刻な問題なのかな?」
「いったい何を言って」
「無駄になるってことさ。全部。ね? 貴女がやってきた事すべてが。今日この日に。意味分かる? ……冬木さん」
「っ」
(もしかして……悪い霊に取り憑かれてるの? あの悟さんが?)
一歩。反射的に後に下がってしまったのは無意識によるものだ。得体の知れない悪寒が背筋からゾワリと這い上がってくる。目の前の人物は明らかに自分の知っている彼とは違う。疑惑はついに確信へと変わった。
「のっぺらぼうの事は聞いているかい?」
ジリジリと私は彼から距離を取る。もはや彼が普通の状態であると思っていない。いつでも逃げられる態勢をとりながら……それでも会話を試みる。せめて恩人に何があったのかくらいは調べるために。心細さに震えながらも言葉を重ねた。
「……さ、さっきから何を言ってるんですか? 教えてくれたじゃないですかっ! とっても危険な妖怪だって!」
「そうか――――できれば彼はもっと詳しく話しておくべきだったね。無闇に怖がらせないための措置かな? だとすれば甘いとしか言いようがない。失態だ。じゃあ、その特徴は分かるかい?」
「か、顔がないんでしょ!? のっぺらぼうなんだからっ!」
ついに縁は叫ぶ。心の奥底から湧いてくる恐怖を振り払うように。なけなしの勇気を振り絞って。半ばやけくそ気味に言葉を返す。
そんな縁の小さな勇気は――――男の次の行動によって完全に粉砕された。
「それは――――――――こんな風に?」
「…………あ。あ、ああっ」
目の前の男は満面の笑みを浮かべ――認識阻害を解いた。誤った認識はすぐに正される。目の前の男の真実の姿が明らかになり私は致命的な誤解をしていた事を悟った。
瞬間、全力で背を向け
「ははっ。やっぱり人間というやつはねぇ」
取り乱し息を上げながら逃げ惑う少女の後を男はじっくりと眺める。
伝わってくる恐怖の感情をゆっくり噛みしめながら男は万感の思いを込めて一人呟いた。
「最高だ」
男の名はのっぺらぼう。
何も無い顔を悟の顔と誤認させ縁を誰の助けも期待できないこの場へ導いた。一連の騒動すべての元凶。
近づく夜行日。恐怖の劇場の脚本から演出まで全てを手掛ける彼にとって彼女は頭を悩ませる存在である。
だからこそ、本日の主役は彼女と決めていた。
一日限りの主役として
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