無貌
第46話 再度の怪
妖怪や怪異。彼等は人間とは比較にならない程、実に奇妙で多彩な在り方をしていた。ダイダラボッチのように天を突くほどの巨体を持つものもいれば、ケサランパサランのように握りこぶしにも満たないものもいる。人に幸福を運ぶ妖怪がいるなかで人に悪意を持ち近づく怪異もまた存在する。
しかし、そんな多種多様な人ならざる者達にもひとつだけ必ず共通する事があった。それは人間は彼等にとってなくてはならない存在であるという事。
特に仙狸や山精など人の生活圏から離れて暮らす妖怪ならまだしも、人の世界でしか生きられない妖怪にとっての人間の重要度はさらに増す。
人食いの鬼であれば、単純に人をそのまま自身の糧にしてその力を得るように。
予言を伝える
座敷わらしであれば、住み着いた家に幸福を運び人から生まれた陽の気を己に取り込む事で自分の幸せとするように……
のっぺらぼうの風貌や名は妖怪の中でもメジャーな存在だ。でも具体的にどんな事をする妖怪なのかはあまり知られていない。この妖怪の逸話や多数の怪談を読み解いてもその正確な答えは分からなかった。分かったは一つだけ。
のっぺらぼうは、そこに居るだけで人間を驚かせ恐怖させる。只々その事だけに特化しているという事。
恐怖。のっぺらぼうが必要としているものは人間のそんな感情であった。
基本的に妖怪や怪異に限られた寿命といものが存在しない。しかし皆が不滅の存在かと言われればそういうわけではない。彼等は大きく分けると二つの消滅のリスクを背負って日々生きている。
ひとつは力ある人間に消滅させられるリスク。除霊。お祓い。退治。言い方は様々だがこのような意味を持つ言葉全般。これらは怪異からしてみれば人間で言うところの殺人である。大半の怪異は自己の存在を保つため必要な行動をしているにすぎない。当たり前だが一部の例外を除いて多くの者達はこれを恐れた。
もうひとつは人間から忘却される事によるゆるやかな消滅のリスク。怪異がもっと身近に存在した昔と比べ、現代では空想の産物と言われている大きな理由。知名度を失ってしまった怪異は徐々に力を失っていく。そして完全にその名を忘れられてしまった怪異は自己の存在を保てない。これが人間でいうところの寿命となるのだろう。
そして数多の例にもれず彼もまた、のっぺらぼうとしてただ人間を驚かせ怖がらせることは必要な行動であった。しかし彼は他の怪異とは少々……かなり違う変わった側面があった。
『現代には恐怖が足りない』
彼は恐れなかった。
それどころか自ら率先して人間社会に進出していき、時には大胆に時には影に潜みながら徐々にその影響力を発揮していく。
『死にたがり』
のっぺらぼうとは別の、人間社会に紛れながらひっそり暮らす
時折騒動を引き起こす強大な力を持つ大妖怪であれば理解できる。「ああ。自分達とは住む世界が違うのだろう」と。でも、彼等から見て彼は人をただ驚かすしか能のない非力な部類の妖怪……自分達と同じいつかは忘れられる緩やかな滅びを待つ側の存在だった。だが、自分を守る術すら持たない彼が不特定多数の人間と交わり消滅のリスクなど気にする素振りも見せず意気揚々と活動している。
変わり者。気狂い。自殺志願者。
人の価値観で例えるのであればそう呼ぶことに異論がでないほど、人では無い者達の目にその行動は常軌を逸しているように映った。
しかし、時が経つに連れてその評価は徐々に変化していく。怪異の世界の――逸材。天才。英雄へと。
彼からすればどちらの評価も正確ではない。彼はただ己の事をよく知っていただけ。それがその他大勢と彼を分けた大きな違い。
彼等は知らない。彼の道のりは積み上げられた失敗ばかりである事を。
今の彼はミスなく自身の正体も悟らせず影から全てを操り自分達にとって危険な人間を次々と屠っていく怪異の英雄だ。
しかしそれは現在の彼の姿。遙か昔、まるで路傍の石のように誰からも注目を浴びていない頃の彼は何度も何度も数え切れない失敗をくり返していた。余所から見たら自殺とまったく変わらないような行動、命をかけたギャンブルに臨んだ事も一度や二度ではない。
それでもなお、彼は諦めない。なぜなら彼は自分の事を知っている。
失敗を元に学習し次に繋げるための努力を決して怠らない。その積み重ねた失敗の山こそが彼の切り札であり財産だった。
そのように地道に行動した結果、ついに彼は人間社会で会社という組織をもつに至る――――彼にとってその組織は自身の明確な敵である力を持つ人間の処刑場。
のっぺらぼうにとって
(邪魔でしかない)
くり返しになるが彼に直接人間をどうこうする力はない。されども、非常に強力な力を彼は持っている。それは積み上げてきた数多の経験、実績から伴う人脈の力。培ってきた観察眼で脅威を見抜き、築き上げた繋がりを使って自分よりも強大な怪異すらも利用する。そうやって怪異と力ある人間をぶつける事で多くの人間を処理してきた。
もちろん、よく観察した上で自身の経験に基づき相性や条件を加味してのマッチング。そこに手抜かりはない。
カエルの妖怪、
彼にとっての会社とはつまりそういう場所。
『すべては驚愕と恐怖のために』
力ある人間達の中でも『この人であれば』と希望の旗印になり得る存在も『決して自分達には敵わない』と芽吹く寸前にその芽を摘み取り、より深い絶望を与え『怪異とは人間の手に及ぶものではなく自然災害のようにただ、恐れるもの』と宣伝するために作られた悪趣味な恐怖の劇場だった。
現に
例えば――怪異を払う、経文に宿った付喪神を持つ男がいた。手元においてじっくり焦らずに観察していく。年齢に比例した経験。ぱっと見は大雑把で適当な振る舞いをしておきながらよく見れば隙は見当たらず周囲からの信頼も厚い。弛まない努力により肉体も精神もほぼ完成された厄介な男。
とはいえそこは人間。必ず弱点はある。
(彼の場合は家族。厄介な男自身を狙わず抵抗する力を持たない少女を使ってやればいい)
夜刀神は非常に凶悪な祟り神として知られているが、結局のところ目についた者に呪いを振りまいているだけの思考能力の低い動物霊。蛇に関する者達を上手く使い、じっくり誘導して罠にはめてしまえば始末するのは容易だった。
例えば――人の身でありながら人魚の肉を食べ不死身の肉体を獲得した女がいた。手元に呼び寄せ、気付かれ無いよう細心の注意を払って観察していく。厄介な女だった。のらりくらりと漫然とした態度で底をみせない性格。人の限界を軽く超越した時を生きてきただけあって、彼女の繋がりは馬鹿にできない。こちらも把握できない予想外の人脈を持っていた。
とはいえ元はただの人間。抱えていた弱点は観察している内に発覚した。
(彼女の場合は精神。表面上は余裕を取り繕ってヘラヘラしているが内面は既にボロボロか)
元から寿命のない自分達と違い、元々は有限の肉体しか持たない人間。中身まで頑丈に出来ているわけではない。所詮、在り方が根本的に違うのだ。
(それでも出会った当初、前を向こうとしていたのだから本当に敬服する)
まずは手始めに折る事にした。あえてその身を利用した危険な役目を担当してもらい擬似的な死を何度も何度も体験させ、心を再び屈服させる。そのように飼い殺しにして手元に置いておけばいい。『誰かのため』と言ってやれば喜んでその身を差し出すのだ。これほど扱いやすい者も中々いないだろう。
そうやって彼は鮮やかに自分達の脅威を取り除く。その姿に消滅を待つばかりの、力がない名もあやふやになってしまった者達は希望を抱いた。そして『彼に続け』とばかりに意気を取り戻し、再起を図る者が増え始め……それが――――新たな恐怖を呼び込むのだ。
これこそ近年活発になった怪異騒動の原因であり、のっぺらぼうの思い描いた理想の環境。
そんな生活にケチがついたのは数年前の事。順調に計画を進める彼の元にある日、奇妙な青年が
暗躍し陥れる事を武器とする自分にとって『危険だ』と考えるまでもなく直感で理解した。
(この青年は必ず大きな障害になる)
よりにもよって経文の付喪神使いを始末している真っ最中に青年は現れた。計画に狂いが生じかねない。元々呼び寄せていたアカマタを使って戦力分析を済ませた後は怪異の連中に伝わっている
(万全を期して挑まなければならない)
数年に渡る分析と過剰なまでの準備。人間不信で自分の能力が効きにくい悟に怪しまれないようじっくりと時間を費やし信頼を勝ち取っていく。
出来上がったのは今まで生きてきた中でも最高の出来と自賛したくなるような必殺の策。
(少々過剰かもしれないなぁ。が、ここで確実に始末する。抜かりはない)
心の中で密かに笑いながらここまでの苦労を振り返る。怪異である自分でも恐ろしいと感じる制御不能の暴虐の神にゆっくり時間をかけて
そうして、いつも通り内心とは裏腹に無貌の顔に満面の笑みをはり付け敵を送り出した。
その結果……
『いやいや所長。洒落になってなかったですよ。今回。マジで死ぬかと思いました』
(ありえない)
『……悪かった。そして無事で本当に良かった』
電話から聞こえてくる疲れた様子で無事を伝える声に柄にもなくうろたえてしまい答える声が遅れる。
不自然にならないように応答するも恐怖で声が震えてしまった。何を話したかは覚えていない。ただ脳裏を占めていたのは一つだけ。
(絶対に許容できん――この青年は天敵だ)
自分の過去は失敗で埋め尽くされていた。
それでも諦めず何度も何度もくり返し学んで今の自分が存在している。
その努力を一瞬で無駄にする存在……許せるわけがない。
(計画の練り直しが必要だ)
ここで退場してもらう彼には年末に控える恐怖をばら撒くイベントに出演してもらう予定など一切無かったのだから……
自分の能力をフル稼働させ一から問題点を全て見直す。ようやく目処がたったのは世間では師走と呼ばれる月に入ってからだった。
納得の出来映えに安堵してホッと息をもらす。最後に練り直した計画をもう一度見直しをしているタイミングで……またしても奴が現れた。
吐き気と猛烈な頭痛が止まらない。
読み取れた情報は膨大だ。しかしそれを噛み砕き認識する前に繋や響の顔が浮かんでは消えて行く。もはや感情が暴走し頭がそれを冷静に処理できないのだ。
唯一、正しく理解できた事は――目の前にいるコイツが全ての元凶。人間の敵だというその事実のみ。
「また……また、お前か。せっかくの計画を…………ん。これも運、か。いやはや、不確定要素の介入はきっついなぁ」
再び、誰とも判別のつかない偽りの顔を顔面にはり付け所長は口を開く。その顔は
苦笑いを浮かべながらも疲れ果てた表情を作っていた。
「あんたはっ」
全てを右目で読み取った俺は反射的に手に持っていたペットボトルの中身を目の前の男にぶちまけたくなる衝動に駆られる。もちろん普通の液体ではない。怪異に対して
「いやいや。怒りたいのはこっちの方だよ。まったく。全部台無しにしてくれちゃって……はぁ」
「――――っ!」
「おっとっと。悟。暴力はやめてくれよ。いままで一緒に働いてきた仲だろう? ……ああ。ダメか。やっぱり相性が悪いなぁ」
思わず飛びかかってしまいそうな様子の俺を笑いながら、所長は俺の持つペットボトルに意識を向けた後で俺の右目を確認した。
(いつのまに……あそこまで。表情と心の内が完全に
頭に登った血が急速に冷えていくのを感じる。所長はゆっくり気付かれ無いように移動しており、気づいた時には俺は入り口を塞ぐような場所に立ったままで、所長の背後には窓が存在していた。
俺はもう右目を閉じる。目の前の怪異はもはや情報を読み取られる前提でそれすら餌にして行動していた。これ以上感情に振り回されるのであれば不要な情報はもう頭にいれない方がいい。身体能力はさほど脅威ではないのは分かっている。
(この事務所は二階。飛び降りられない高さではない。全力で追っても間に合うかは微妙な距離感。なら今、俺のすべきことは――)
水を投げつけてもギリギリで逃げられてしまう絶妙な位置関係。
あえて読ませる事で感情を揺さぶり冷静さを失わせての行動である。もはやその手管は
相手に伝わるよう、先ほどより大きい声ではっきり所長に問いかける。
「逃げる気ですね。背後の……貴方の机に隣接した窓を使って」
「うん。その水かけられたら流石に嫌だしな。計画も完璧なものを作る事はきっぱり諦めたさ。悟に気づかれた時点で失敗したからね」
「…………」
「なに失敗から学べる事もある。私はいつもそうしてきた。最近はこういう機会がなかったけどな」
「世の中には取り返しのつかない失敗っていうのもあるんですよ?」
「ないさ。私に限ってそれはない」
「どういう意味ですか?」
「――ふふ。よかった。まだ私にも運が残っていたようだ」
(なにを言ってる? またわざと右目を使わせる策略? いや。もうどうせ俺では間に合わない。見るか)
「現代には恐怖が足りない……なに次の教訓にすればいいって事だ。悟は気にするな」
逡巡したのは僅かな時間。しかし右目を開けようとしたタイミングで所長はそんな捨て台詞を残しながら身を翻し、窓を突き破ってその身を宙に躍らせた。
ガラスが割れる破砕音が暗い夜に響き渡り、逃走しながら今後のプランを練るために猛烈な勢いで回転する思考と集中力によって所長の体感時間は停滞する。
このまま人通りの多い道まで逃げ切ってしまえば、何者でもない顔面を持つ自分を探し出す事など不可能……と考え、やけに冷ややかな左目でこちらを見つめる敵を最後に刻みつける。
数多の破片と一緒に体は地球の重力に従って二階から一階へ向かって自然落下していく。
存分に刻み込んだ天敵から目を逸らし、すぐに来るであろう衝撃に備え着地点を見極めようと視線を下に向けた目が驚愕で見開かれた。
待ち構えていたのは長身の男。強力な守護霊に守られ潜在的な危険因子として自分自身が呼び寄せた人間……怪異殺しの死神の姿。
拳は腰元でしっかり握られ、自分に降りかかるガラスの破片など物ともせずにその瞳はしっかりと
自分の運命を悟った所長、のっぺらぼうはその身が発生して初めて心の底から――――――――
そこで集中力は尽きる。
彼の体感時間はここに来て世界の時間と歩調を合わせ、
同時に振り抜かれた拳によって一撃でその存在を消し飛ばされた。
外は不気味なくらい静まり返っている。
割れてしまった窓からは、十二月の冷たい外気がエアコンによって暖められた室内に入り込んできた。
俺は全てを諦めた後、ため息をついてゆっくり窓辺に歩み寄り結果を見下ろす。
もうその場所に所長の姿はない。
代わりに黒木がどこかやるせない表情をしながら佇んでいた。
ポケットから通話中のままになっていた携帯を取りだし、その通話を切る。
「――――やっぱり取り返しのつかない失敗はありますよ。所長……」
聞かせる相手もいなくなり独り言になってしまった言葉がこぼれ落ち、それもまた師走の空に向かって白い息とともに消えていった。
一仕事終えた黒木と事務所で合流し、割れたガラスなどで荒れた室内を黙々と掃除する。応急処置を一通り終えてから俺は黒木に話しかけた。
「……うちに帰ろう。今後の後始末については後でゆっくり話せばいい。悪かったな。後味の悪い頼みを聞いてもらって」
「いや。必ず誰かがやらなければいけない事だ。所長、いや。あの怪異は危険な存在だった。ただ、それだけだ。気にするな」
言葉で表す事のできない複雑な思いを抱えながら、俺はつけっぱなしになっていた蛍光灯の明かりを落としゆっくりとそのドアを閉めた。
黒木が運転する車がイルミネーションで彩られた街中を進む。
どこかいつもよりも浮ついた街の様子とは裏腹に車の中の空気は冷え切っていた。ボンヤリと助手席の窓から明るい街の景色を眺める。
(こんな空気で部屋に戻ったら結や仙狸たちにも心配をかけてしまうな。それまでに表面上のテンションは戻しておかないと)
そのようにこれからの事を考えならボーッとしていると赤信号に捕まり車がゆっくりと停止する。そして通行人がなにやら空に向かってスマホをかざしている姿が見えた。原因を探ろうと自身も窓から空を見上げるより先に、ずっと正面を見ていた黒木がポツリとその答えを口にした。
「……降ってきたな」
つられるように正面に目を向ければ、言われないと気づかないほどの小さい雪が空からフロントガラスに落ちてくる。信号は青に変わり車は再び動き出した。
助手席の窓に再び目を戻すと外を歩く人達の行動は様々だ。
空を指さしはしゃぐカップルに、それにつられて空を見上げる人。スマホで初雪を撮影する者がいれば、煩わしそうに折りたたみ傘を広げる者もいた。
そんな風に皆がそれぞれ都心で今年初めて降る雪に注意を払っている中、その人混みに溶け込むように歩道を顔を俯かせて早足で歩く男がいる。
特に深い理由があったわけではない。
周囲の行動に関心を示さず黙々と下を向いて歩くロングコートの男にほんの僅かな興味を引かれ、たまたま目を向けただけ。(珍しいな。どんな顔をしているんだろう?) となんとなく俺たちの乗る車と男がすれ違う瞬間、無意識に男の顔を覗きみれば――――――――その顔がない。
「っ!? 止めてくれっ!」
「あっ!? おっ! おいっ。どうしたっ!?」
突然両目を見開き窓を凝視している悟の大声に驚き、武は慌てて車のブレーキを踏み込む。
急停止する車と鳴り響く後続車からのクラククション。武からの問いかけに答える余裕もなく悟は車から転がるように降り、すぐさま駆け出す。
(ありえない)
頭ではそれを否定しても、瞬間的に開いて真実を読み取った右目がその事実を肯定する。一瞬ではあるが見間違いなどでは断じてない。雪とイルミネーションに気を取られて、立ち止まる人々をかき分け一心不乱に顔のない男を探し回る。
『現代には恐怖が足りない』
『さいやくは、おきる』
頭の中でのっぺらぼうとアマビエの言葉が不気味に重なる。
悟は知らなかった。のっぺらぼうの怪談話が語られる際、主に使用されている話の典型例……王道のパターンというものを。
再度の怪。
二度の威嚇とも呼ばれるそれ。一度は怪異から逃れ安全圏に脱出できたと油断した人を再び恐怖のどん底に突き落とす手法。生まれた希望はより深い絶望へ変化する。
のっぺらぼうとは……人に滅ぼされても再び復活し滅ぼされる事を躊躇しない一部の例外。失敗をくり返し積み重ねた経験を己の力に変えて、世界に恐怖を振りまこうと画策する。ゆるやかな滅びを待つだけだった力ない怪異達の希望の星。
見える人達にとって、人と見分けがつかず人間社会に紛れ混み無条件に盲信してしまいたくなる不滅の怪人。
雪が舞う雑踏の中、息を切らして立ち止まる。
十二月に降る小粒の雪と同じように、人混みの中に溶けて消えてしまった男の姿はもはや何処にもない。
俺は改めて思い返す。ついさっき車の窓越しに両眼で見てしまった恐ろしい現実を。
『悟も危険だけど……やっぱり不確定要素。運だよなぁ。確か幸運の
まるで今晩の献立を考えるように緊張感なく考えていた無貌の男の後ろ姿。
確信する。あの存在はもはや心が限界を迎え、極力人間を見る事を控えて穏やかな生活を望む俺にとっての……
「天敵」
誰に聞かせるわけでもないその小さな宣言は、まるで雪のようにアスファルトで固められた都心に吸い込まれて消えていった。
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