第42話 悟ると神隠し

 

 縁からの報告で何らかの悪いことが起きるのは確定してしまった。状況的にさとりの伝言、その裏付けがとれたとも言える。まず、百鬼夜行に関するものと思って行動した方がいいだろう。衝撃から立ち直った後はこれからについて頭を悩ませる。以前、その可能性を真っ先に報告し一番頼りにしていた所長からの具体的な指示は未だに無く流石に焦りがある。

 

 思考が行き詰まり顔を上げて時計に目をやれば縁が家に来てから結構時間が経っていることに気づいた。辺りを見回せば、仙狸と座敷わらしは難しい話に飽きてしまったようだ。俺のパソコンをおぼつかない手つきで触りながらボソボソとなにやら言葉を交わしている。先日部屋にこもりっきりの仙狸に動画サイトの見方を教えたのでその成果を披露しているのかもしれない。


 そして、縁は何かを考え込んでいるような神妙な顔で扇を見つめていた。


(良くないな)


 来る災厄についていくつか方法は頭の中に浮かんだがどれも決定打に欠けている。タイムリミットも近くネガティブな要素が多い。しかし、一度その全てを頭の片隅に追いやる。そしてあえて軽い調子で縁に話を振った。


大晦日おおみそかを迎える前に一度、みんなで打ち上げをやらないか?」


「えっ……と。例の百鬼夜行の作戦会議みたいなものでしょうか?」


「いや、妖怪とかそういうものは関係無いんだ。純粋にみんなで集まって楽しみたいなって。理由付けは忘年会でもクリスマスパーティーでも。別に何でもいいんだ」


「うぅん? いいんでしょうか? そんな事している場合じゃないと思うんですけど」


「いいんだよ。そもそもこんなの学生の本分から外れているだろ?」


(意識が怪異に寄りすぎている。恐らく……今回の件キーマンは縁。でも、きっとそれだけじゃいけないんだ)


 えんに恵まれるようにつけられたその名前が、本人の衝撃的な体験のせいで人外のものを寄せつける方向に作用している。悪縁、良縁、関係なしに。バランスを戻す必要がある――――普通の日常が楽しければそれだけで真っ当な方向に進むはずだ。それに怪異を抜きにしても……俺の右目のことを知りながらも付き合いの良い奇特な少し年の離れた友人。いつまでもこんな表情をしてほしくはない。年相応に笑っていて欲しいと思った。


「……仙狸だってご馳走いっぱい食べたいだろう? 座敷わらしもみんなが楽しく賑やかにしているのが好きなはずだ」


 なぜか珍しく焦りながらオロオロして挙動不審な仙狸と、いつも通り平然としている座敷わらしに話を振ってみればその点は同意できるのか二人は大きく頷いた。


「たまには派手にやろう。今年一年の慰労を兼ねて。本当にいろいろあったしな」


 俺の話を聞いて縁が悩むような仕草を見せた時、勢いよく扉が開く。

 バタバタと騒がしく部屋に入ってくる。結だ。どうやらまたカギを使って勝手に入ってきたらしい。


「なになにっ! 面白そうな話してんじゃん。もちろんあたしも参加していいんでしょ?」


「誘う手間が省けたけどさ。頼むからインターホンは押してくれ」


 突然現れた結と全く成長しないやり取りをしていると、縁が小さく笑いながら言う。


「分かりました。ただ、今週と来週の土日は私とこの子で少し頑張ってみます。もちろん、危険なことはしません。さっき相談した以上のことはしないつもりです。その後でよければ」


 一度、言葉を区切った後「アマビエさんにも言われましたしね」と小さな声で付け加え縁は俺を見る。どうやら決意は固そうで強い意志を感じさせる瞳だった。


(しょうがないか。これ以上は無理に言っても逆効果だろう。それに)


 無理に禁止して黙って行動されるよりある程度好きに行動してもらって困ったら相談してもらえる方がこちらも気が楽だった。


「分かった。本当に約束してほしい。くれぐれも無理はしないでくれ。言われたんだろ? 無謀むぼうな事をするなって」


「はい。必ず守ります」


 縁はしっかりと頷いた後、事情を知らずもの言いたげな結に向き直り「実はね」と結との情報共有の作業に移った。その様子を見ながら再び意識はに向かう。


(しかし、当てが外れたなぁ。座敷わらしには少し手伝ってもらいたかったんだけど……まぁ、そもそも運任せの方法だ。繋さんの時のノウハウも多少ある。仙狸と二人で探すことにするか)


 何気なくパソコンとにらめっこしている二人の怪異に視線を移動させれば先ほどよりも慌てた仙狸が目にとまりたまらず声をかけた。


「ってか、仙狸。お前たちはいったい何をやってるんだ?」


「ボクじゃない。ダメって言ったのに。この子が……」


 びくっと震える仙狸と相変わらず何を考えているか分からない座敷わらしの元へ近づいていく。見ればパソコンの画面がフリーズしていた。仙狸はパソコンを壊してしまったとでも思ったのだろう。耳は伏せられており、尾も元気なく垂れ下がって変わらない表情はどこかしょんぼりしているようにも見えた。


「これはっ!?」


「ごめんなさい」


「…………いや。仙狸、お手柄かも」


 安心させるように彼女の頭に手を置いてパソコンの画面を食い入るように見つめる。

 表示されているのは有名な神社。

 かつては山頂にあり現在は山下に移されたその神社は関西でも最強のパワースポットとして名高い場所。祀られている神は……俺が繋さんの時に探し出せず、今回も半ば諦めていた願いを叶える神。

 もちろん前回も一度訪れた場所だが――――今回は無限にあるネットの海の中からその場所を座敷わらしが表示させたのだ。


「これに賭けてみよう。仙狸。俺たちは関西遠征だ……今から申請して休みとれるかな?」


「ねぇ。悟くん。それ、あたしも一緒に行っていい?」


「縁ちゃんに手伝うって言ったら断られちゃったんだよね」と少し悲しそうに結は言う。縁が断ったのはアマビエの予言のせいだろう。しかし、こちらも遊びでは無い。可哀想ではあるが断りを入れるため口を開く。


「結。悪いけど……」


「いいじゃん! そりゃあたしだけだったら役立たずかもしんないけど、この子とコンビを組めばうちらは最強なんだからっ」


 そう言いながら結は鎮座しているお市さんを抱え、俺に突き出してくる。

 俺がやったら右目に痛みを与えてきそうな乱暴な扱い方だが、お市さんは全く嫌がるそぶりをみせない。


「…………」


 結とお市さんの相性は

 『お市さんの近くにいれば見えない人も見えるようになる』その秘密を無自覚に暴いたのは他ならぬ結だ。

 そして、恐らく結は全般に好かれる傾向にあると予想している。

 なぜなら彼女はの忘れ形見。その血を引く者。


「学校はどうするんだよ?」


「来週の土日でいいじゃん。悟くんもいきなり休みとれないでしょ? 他に準備もあるだろうし。それに次の月曜は創立記念日で休み! もうこれで決まりだねっ」


(まぁ。狸が見てるとはいえ、怪異が活発になってるこの状況。縁と座敷わらしも頼れないならそばにいてもらった方が安心できるか。それに人手はあった方がいい)


「はあ。わかった。親にはちゃんと言っとけよ」


「あっ! そうだ。これ終わったら打ち上げでいいじゃん。遠征大成功パーティー。縁ちゃんも創立記念日の日だったら問題ないでしょ?」


「えっ!? う、うん」


(マジで休みとれるかな? 勢いで決めてしまったけど、結局運任せの方法なんだよなぁ……前回は見つけられず失敗したわけで。現に所長は繋さんの時、夢物語みたいな物って言って探すそぶりすら見せなかった訳だし。はなっから信じていない節がある……そうだ)


 そうして結と縁を中心にトントン拍子で予定が決まっていくのを、俺はまったく違う事を考えながら他人事のように眺めていた。



 計画が決まったら、善は急げと俺は仙狸とお市さんを抱えた結を伴い車で会社へ向かう。この時間であれば会社には誰かしら人がいる。所長なら確実いるだろう。俺と仙狸は休日の申請。結は会社に寄った後そのまま家に送っていくためだ。縁はすぐに行動したいとの事だったので家で別れた。

 会社の駐車場に車を停めお市さんを抱えた仙狸を伴って会社に向かう。関係のない結は車で留守番だ。

 タイミングの良いことに所長は会社の前に立っていた。誰かと電話で話していたようだ。こちらに気づき所長は手を上げる。


「おぉ。悟と仙狸か。どうした? 今日は二人とも休みのはずだろう?」


「お疲れ様です。実は休日の件でご相談が……」


 来週の土曜日から三日間、急遽休みが欲しいむねを話す。所長は少し困った顔をしながら口を開いた。


「今の時期にそれはなぁ。理由しだいでは構わんが――――何をするつもりなんだ?」


「はい。百鬼夜行の件で俺も独自に動きたいなと思って。この人形に協力してもらうつもりです。詳細は――」


 百鬼夜行といえば付喪神たちが参加するもの。

 それをお市さんを使い未だに眠っている付喪神を探し出して、こちらの味方に引き込む事で百鬼夜行の規模を小さくするというもの。


「ほう……確かに。それなら確実に戦力は小さくできるな。いまだに具体案を明かすことができない会社としては強く反対できない。いいだろう。成果は後日報告してくれ。効果的なら会社をあげて取り組むことにしよう」


「……ありがとうございます」


 それは休日申請を確実なものにするための表向きの理由。いわば嘘である。良心が痛んだが、一度失敗した運任せの神探しは反対される可能性が高い。もちろん遠征の時間が余ったら取り組むつもりではあるので完全な嘘とは言い切れない。だが、確実で地道な被害を少なくするこの方法は周囲の納得は得やすいが……決定打に欠けていた。



「待たせたな」



 所長に礼を言ってから別れ駐車場に戻ってくると、車から出て結がなにやら目を擦りながら首を傾げていた。


「いったいどうしたんだ?」


「いやさぁ。流石、悟くんが勤めている会社だなって感心してたの」


「今更何言ってんだよ。どこに感心する要素があるんだ? 別に普通の会社だろ?」


 ふりかえって改めてじっくり見ても見た目はどこにでもあるオフィスビルである。業務内容やその内情は置いておいて……ぱっと見、目を丸くして驚くところなど何処にも見当たらないはずだ。


 ところが次に結から放たれた台詞は俺の想像を遙かに超えた代物だった。


「だって――――――――?」


「…………は? いやいや、お前はいったい何を言ってるん……待て、嘘だろ……いや……そんな…………ばかな……」


「うそじゃないよ。現に――――――――」


「じょ、冗談だ、ろ」


 ゆっくりと今し方訪れたばかりの会社を振り返る。距離があるため小さく見えるがいたって普通のオフィスビルが変わらず確実に存在している。


 無知ゆえに彼女は真理に迫った。


 それまで誰もがそれに気づかなかった。


 恐るべき誤解。根本的な矛盾。


 力ある人間たちの目をかいくぐり、日常に潜み巣くっていたもの。


 知謀に長けた所長であっても予想外の出来事のはずだ。このイレギュラーで偶然に偶然の重なった発見は盲点だったに違いない――――黒木、響さん。二人も気づけなかった事だろう……繋さんであったとしても。


 このは報告しないといけない。所長と会社の同僚全員に。必ず。


 それは――――すべての人間に驚愕を与えるはずだ。会社の計画とやらも一から見直しになってしまうことだろう。


 この報告は……この件が片付いてからでいい。今回の神探しはこれで最優先事項になった。それに今ソレを告げてしまえばせっかく許可をもらった休みどころの騒ぎではなくなる。


「結。お手柄だ」


(むぼうにきをつけろ、か…………ははは。間違ってるし正しい。いや、に気づいてしまえばこれほど直接的で皮肉の効いたアドバイスもないだろう――――ちくしょう。最低だ)


「悟くん。褒めてくれるのは嬉しいんだけどさ……その顔、やめてよ。何だか昔の悟くんに戻ったみたい。あたしは嫌いだなぁ」


 言われるがまま、車のガラスに目を向ける。


 そこには口の端だけを歪めて皮肉気に笑う、以前はよく見ていた己の顔がうつっていた。


 とても冷たい十二月を告げる風が前髪を撫でる。しかし、それ以上に悟の心は冷たく氷のように凍てついてた。








 縁のように自分のやるべき事に向き合い、大切な人を守るために足掻きながら日々を生きようが、限りない寿命を持つ者が目的も無いまま怠惰に日々を過ごそうが……時間だけは常に平等に流れつつづける。


 悟たちも準備や日々の業務に追われ、あっという間に忙しない日常は過ぎていき――――ついに遠征当日。現地の神社にて……


「うぅっ……寒……寒すぎ。楽しみにしてた紅葉は暗すぎて見えないし。写真とれないじゃん……寒っ」


「だからもっと着込んでこいって言ったんだ。オシャレじゃないからとか、お前はここに何しに来たんだよ? ほら、念のためもう一着コート持ってきてるから上から着てこいって」


「うぅっ」


 お市さんが入ったリュックを背負った結が車に引き返すのを見送りながら辺りを見回す。一部の間では関西で最強のパワースポットと有名な場所だ。日中は人が多いのを見越してかなり早朝を狙って訪れているため周囲に人の姿は見られない。


(よかった。前に日中訪ねた時はけっこう人いたからな……ん?)


 結よりも薄着をしている仙狸がしきりに耳と鼻を動かしている。何かに気づきそれを探しているような仕草である。少し気になって声をかけた。


「どうしたんだ?」


「……ここにあるんだ」


 質問に対する答えになってない。こちらの話をまるで聞いていないようでやはり何かに気をとられているみたいだ。


「ついてきて」


「おいおい。どこ行くつもりだ? 社はそっちじゃないぞ」


「せっちゃん? どこいくの?」


 結が合流したタイミングで仙狸は社ではなく山の方角にゆっくり足を進める。

 その足取りに迷いは無くどこか明確な目的地を目指して進んでいるように見えた。

 結と顔を見合わせ、仕方なく仙狸に続く。


(社からどんどん離れていく。このまま行くと本格的な登山になるぞ。結もいるし止めた方がいいな)


 声を掛けようとしたタイミングでピタリ、と何も無い場所で仙狸は立ち止まる。そして振り向いて俺と結に向けて視線を一瞬だけ寄越した後、彼女は「ここ」と一言呟く。


 困惑する俺たちをよそに前を向いた仙狸が一歩、足を踏み出した瞬間――――彼女の姿は消失した。


「!?」


「せ、せっちゃん!?」


 慌てて右目で仙狸が足を進めた場所を確認すれば、その場所だけ周囲から浮いているようにゆらゆらと揺らぎが見える。


(何かある。結もいるし……どうする? いや。仙狸を信用しよう。結だけこの不思議な場所に残すわけにもいかない)


「結。行ってみよう」


「う、うん」


 結に先行する形でその揺らぎに向けて足を踏み出す。

 揺らぎに足を踏み入れてすぐ警戒のため周囲をくまなく見回す。その変化に気づくまで時間は全く掛からなかった。


「これは……」


「うわぁ」


 場所は先ほどと変わらない山。しかし真っ暗だった空は一転、見渡す限りのに変貌していた。

 身を切るような寒さは感じず、冬を飛び越えていきなり春がやってきたような暖かい風が吹いている。



「ここはボクが生まれた場所。人間風に言えば……ボクの故郷ふるさと



 そう言いながら彼女は目の前の景色に驚く俺たちを見ながら、少し自慢げにこの場所の正体を告げたのだった。








































 






 




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