第41話 縁とアマビエ
『予言を夢で見せる妖怪とかいないんですか? あの、例えば予知夢みたいなものなんですけど』
『もしかしたらいるのかも知れないけど、俺は知らないなぁ。ただ、予言とか吉兆を告げる妖怪はいるらしいぞ? 真っ先に思い浮かぶのは』
私は、座敷わらしに手を引かれながら必死に頭を回転させる。脳裏に浮かぶのは今朝の悟さんとの電話の内容。
『
『聞いたことくらいはあります。予言をして死んじゃう妖怪でしたっけ?』
『ああ。合ってる。無いとは思うけど、もし遭遇する事があったら真っ先に教えてくれ。件の予言は必ず的中すると言われていて、歴史に残るような大凶事が多いと聞く。言い伝え通りであれば
『それは――怖いですね』
『だろ? 他には』
とっさの連絡で尋ねたことにも関わらず、悟さんは実に様々な答えを私に教えてくれた。その知識量は素人の私からしても少しだけ異様に思えるほどに。まるで、彼自身がこの分野の妖怪を集中的に調べていたような。そんなくだらないことを勘ぐってしまうほど電話口から聞こえてくる内容は多種多様なものだった。
『そんなところかな? あ。最後に……これも元は同じ吉兆を予言するものだったんだが、同種と思われる似た妖怪が複数伝わっていて名前とその存在そのものがあやふやなんだけど――知名度だけはそこそこ高いから念のため伝えておく』
そうして彼は最後に一つの怪異の名を告げる。
『
悟から
特徴を頭の中で整理し情報を元に脳内でその姿を思い描く。徐々に近づいてきた目の前の存在と見比べる。すると、
(似ている。でも…………ぜ、全然可愛くないっ)
川からだんだんとせり上がってきたその姿はまさに異形の化け物。
顔以外の肌は鱗に覆われている。顔の造形は人間に似ていなくもないが人の目がどちらかといえば横長なのに対して、この怪物は縦長である。まだ全身は見えないが髪も恐ろしく長い。海藻のように川に揺られているのを見る限り、体長と同じくらいの長さがありそうだ。何より目を引くのは本来、口がある場所にはとても大きな鳥のくちばしのようなものがついていた。
メディコ・デッラ・ペステ。かつて、そう呼ばれた者たちが着用したマスク。それに近いかもしれない。
端的に特徴を述べれば、可愛さを徹底的に排除しリアルにした突然変異の人魚と言ったところだろうか。
(アマビエ――この世界に一度しか現れたことがないのに、とても有名な妖怪だっけ)
じっくり眺めてみてもそれは化け物としか言い様がない。が、その外見とは裏腹に、異様な姿を持つ化け物の現れた川は水中に無数の大きな蛍でもいるように綺麗な光が明減していて、私はそれを――とても美しいと感じてしまった。
(スマホ。うん。ちゃんと電波が入ってる。何かあったらすぐに助けを呼べるように悟さんの番号を表示させて、と)
繋いでいる手とは逆の手で苦労しながらスマホを操作する。大丈夫。そう告げる自分の直感とは別に万が一の出来事に対応するための備えであった。そうこうしているうちに座敷わらしが立ち止まる。川である以上段差があるため、見下ろすかたちになりながらも私はついに化け物と対峙した。
「――――――」
「…………え、えぇと……こんにちは。あの、言葉分かりますか?」
「――――――」
「……うぅっ。ど、どうしようっ」
怪物は自分に何かを伝えようとしている。縦長の瞳。見慣れないその目には間違いようもない知性の光がある。人間の知能を遙かに凌駕するであろう怪しい輝きだ。こうやって相対しただけの
問題はこの怪異との意思疎通の方法。人間とかけ離れている存在とのコミュニケーション。この時ばかりは悟の右目を素直にうらやましいと思ってしまう。
(うぅ。いったいどうすればいいの? あ。悟さんに電話して聞いてみよう。電波も入っていることだし)
天啓を得た、とばかりに表示していた番号をタップしてすぐに電話をかける。三コールほど呼び出したところで相手が電話に出た。安堵しながら、すぐに用件を話す。
「さ、悟さん! い、今、目の前に妖怪がいて、私どうしていいか分からなくって。そのっ」
「――――――」
「あれっ? 悟さん、聞こえてますか?」
「さい、や、くは、おきる」
「…………ん? あれっ……ひっ!?」
最初は意味が分からなかった。だが、状況を理解した瞬間全身に鳥肌がたつ。思わずスマホを落としてしまいそうになり震える手でしっかりそれを握りしめる。
電話で自身が喋っている相手、それは悟などではない――恐らく目の前のアマビエと思われる怪異の仕業。肝心の目の前の存在は口を動かさずにこちらをジッと見ているだけ。私の様子に構うことなく電話を介してアマビエはくり返す。
「さいやくは、おきる」
怖くて呼吸は自然、浅く早くなる。でも――
先ほどよりも聞き取りやすくなった言葉が電話口から漏れ聞こえた。
(……災厄は起きる――聞かなきゃ。これは、予言だ)
どうしてこうなってしまったのか理由はわからない。だがひとつだけ分かる事がある。聞かなければならない。震える手で何とかスマホを耳に押し当てる。
「なんじは、たいせつなひとを、うしなう」
瞬間、今朝の夢がフラッシュバックした。
私はその得体の知れない夢にいいしれない不安を感じて、手を引く座敷わらしを拒絶しなかったのではなかったか。
祖父の死。思い出の山。振り下ろされる包丁。無知のまま、何もできないまま――運命に振り回されるのはもう嫌。決してくり返してはいけない。
増して自分を助けてくれた恩人を失うなど、あってはならない。
覚悟は決まった。
「どうしたらいいですか? 私に出来る事、ありますか?」
ピクリとアマビエは一度だけ身体を揺らす。私を見つめる視線が強くなった気がしたが気にせずその縦長の目を見返す。しばしの沈黙の後アマビエは応えた。
「かのものと、かかわりのうすいものたちで、なすべきことをなすがいい」
(こたえてくれたっ。でも……かの者? 関わりの薄い者たち。為すべき事を為すかな?)
抽象的すぎて意味は全く分からない。しかし一語一句記憶する。なぜなら、これは恐らく彼を守るための方法。予言をする怪異、アマビエの目の前にいる私にしか出来ないこと。
ギュッと繋いだ手に力が込められた。驚いて隣を見る。童子は口を結んで前だけを見ている。
この場にそぐわない景色が頭の中に広がった。それは流れる星の雨。天文学部の遠征。こうして思い返せば今もあの時の夜空が鮮明に思い浮かぶ、星の降る山。そして後日、悟から聞いた幻の雪――その正体。
(ケサランパサラン)
思い浮かんだ内容に確信を得るため、次なる質問を口に出そうとしたところで状況に変化が生まれた。目の前のアマビエがゆっくりと沈んでいく。それは本当に唐突で現れた時と真逆の姿。まるで、映像を逆再生しているようだった。
「あっ。ま、待ってっ! まだ聞きたいことが」
「むぼうに、きをつけることだ」
慌てて呼び止めるがアマビエは再度私の言葉に応える事なく、言いたいことだけ言い少しだけ気になる言葉を残しながら川にズルズルと沈んでいった。輝いていた水面がゆっくりと光を失っていく。
「……行っちゃった。無謀なことはするなって外見は怖かったのに、やっぱり良い妖怪だったんだ……あまり可愛くなかったけど」
強がりで独り言をこぼすも声が震え、それは全身にもゆっくり
しばらくの間そうやって動けないままでいると遠くの方に街の喧騒が聞こえた。どうやら本当にアマビエは去ってしまったらしい。
ようやく落ち着いてきたところで先ほどの出来事についてしっかりかみ砕きながら思い返す。アマビエの予言の内容。そして天啓のような直感。
やはり心の大部分を占めたのは彼を守るための方法である。
(四つ葉のクローバーみたいに見つけられるものかな? 昔からあれ探すの得意だったし大丈夫だよね。だってあの時は、あんなにいっぱい居たんだし)
少しでも怪異に関わる者が聞いたら、あまりにも
「大丈夫」
無口な座敷わらしが根拠なくそれを肯定する。童子は何も知らない。今回も縁の不安が口からもれたのを聞きつけ反射的にそれを肯定しただけだ。この子供はいつも深く考えず本能に従って行動しているにすぎない。
「うん! ありがとう。ちょっと勇気出てきた。あ。時間過ぎちゃってるから急いで悟さんの家に向かおう?」
そう言いながら童子の手を握りしめ無知で怪異の世界の常識から大分外れ、暴走気味な二人のコンビは悟の家に足を向けた。
その後は特に何事もなく悟の家に到着する。遅刻したことを素直に詫びて、部屋に案内された後、遅刻する原因となったアマビエについて包み隠さず全てを報告した。驚愕する悟に苦笑いしながらも、私の意識は自然とお市さんと変な鏡と一緒に並べられている扇に向かう。仙狸と遊んでいた童子も縁につられるようにゆっくりとその視線の先を追う。
(絶対にあんな悪夢は実現させないから)
蛇の騒動の際、悟が神について説明した時に嗤うように震えていた扇は……この世界でも無自覚で規格外な二人に正面から見つめられても、静かに沈黙を保ち反応を返すことは無かった。
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