第37話 悟ると座敷わらし


「それから、もう……本当に大変だった」


 会社の人たちとの出会いを語り終え、一息入れたタイミングで縁と仙狸に視線を向ける。鍋は既に食べ終わっており、今は食後のお茶を飲みながら二人にその後の話を続けていた。

 学校の一件が解決した後も俺は、さとりの情報を得るために頻繁ひんぱんに会社に顔を出していた。事件の後、会社の人達は右目の事を打ち明けても俺から距離をとる事はなく、逆に親身になってくれてさとりの情報収集に協力してくれた。繋さんなどは心当たりの山へ休日にも関わらず車を出してくれた程である。

 実際、当時はこの異様な右目の事を理解してくれる人は少なく、俺自身この場所はとても居心地が良く感じたため、かなり小まめに顔を出していたのを覚えている。


 しかし良いことばかりでは無かった……そこは、やり手の所長である。

 会社を訪れる度に俺は、所長の口車に乗せられ様々なトラブルに巻き込まれていた。


 近場の山のふもとで目撃者が相次いだ幻のツチノコ騒ぎ。原因は頭に大きな口を持つ、ツチノコの元にもなったと言われる妖怪、野槌のづちの騒動。

 当時、結が通う中学校の近くの小学校で発生した手負ておい蛇という動物霊の事件。憑かれた子供たちが悪夢にうなされる事になったが……その原因は子供たちが校庭で見つけたヘビを見つけ、ソレを虐めた事によるものだった。


 他にも様々な出来事に遭遇した。下手したら死んでしまうような目にもあったし、体を張る響さんなどは実際何度も致命傷を負っていた。


 共通したのは、いずれも結の身の回りで起きたという点と――蛇に関連する怪異。

 実は、早い段階で原因の特定は出来ていた。後になって聞いた話だが俺の証言と、人化できるアカマタを捕らえる事が出来、それに口を割らせる事が出来ていた時点で諸悪の根源は割れていたのだ。


 角を持つ蛇の神。夜刀神。しかし神だけあって打つ手は皆無であり、対策は常に会社の人間を結の護衛につけるなど中途半端な対症療法しか出来なかった。


 半ば伝説となっている野槌や、子供がちょっかいを掛けただけで怪異化してしまった手負い蛇。

 本来アカマタも沖縄に伝わる妖怪であり、ここには存在していないはずである。日本に伝わるあらゆる蛇の妖怪がこの地域に集まりつつあった。時間をかければかけるほど、夜刀神に引き寄せられるように集結する悪意によって結の日常が徐々に浸食されていく。あってはいけない事が現実に起きようとしていたのだ。


 時間が経つほどにトラブルの頻度は増していた。解決するには全ての黒幕である夜刀神をどうにかするしか無い。


「それで、その、結ちゃんのお爺ちゃんが……っていう話なんですか……」


「……」


(人柱――――結局、中身はどうつくろっても人身御供ひとみごくう。生けにえだ。現代人には理解できない考え方だし縁も声にはっきり出し辛いだろう)


「でも、あの、気を悪くしないで聞いて欲しいんですけど」


「ん?」


「他に方法は無かったんでしょうか? 私は悟さんが頼りになるのを知ってますし、聞いている限り他の会社の方々もただ者ではないんですよね? 人が犠牲になってしまうようなやり方は……」


「……気づけなかったんだ。繋さんの企みに。俺を含めた全員。気づいた時には全てが終わっていた」


「――そんな」



 会社の人間の誰しもが繋の内に秘めた思いに気づく事が出来なかった。

 永い年月を生きた響さんや、人心を掌握しょうあくすることに長けた所長にすら隠し通した。対人スキルに秀でた二人すら完璧にあざむいて見せたのだ。の方法では不可能だったのだろう。周囲の人間、皆が誰もが知ることが出来ず、決行日の前日まで普段通りに振る舞っていたのだから隠された並々ならぬ決意がそこにはあったのだ。


 もちろん、俺たちも何もしていなかったわけじゃ無い。


 続いていく様々なトラブルを解決に導き、徐々に会社の人たちの信用を勝ち取っていった俺は……ある奇策を知らされる。ソレは策ともいえない策であった。


 人の身では通常、神に対抗することは不可能である。

 皆が悲観していて所長がわらにもすがる思いで口に出した苦肉の策。


『ある山には、一言ひとことの願いであれば何でも聞き入れてくれる――――神がいる』


 だからこそ、人間の力が及ばないのであれば……別の神を頼るという強引な方法。まるで運任せの博打ばくち。しかし、誰も犠牲にならなくて済む方法。


「半分冗談みたいなものだよ」と苦笑いしながら話す所長の言葉を、本気で受け取り……日課のさとりさがしに加えて、居るかいないかも分からない神さま探しのために――空き時間が出来ればその全てを山に捧げていた……繋さんが行方不明になってしまったと一報をもらった時、俺は都会を離れ遠くの山へその可能性を求めて遠征していたのである。


(だが、そんなものは言い訳だ。もし――――唯一ソレに気づける人間がいたとすれば……仕草や振る舞いに左右されず、そんな物を軽く飛び越えて知ることが出来たはずの……っ)


「悟」


 何度もくり返してきた悔やんでも悔やみきれない後悔に駆られる寸前、ふいに声を掛けられハッとして視線をあげる。

 仙狸だ。こちらを気遣うような表情で見ている。

 縁とは違い、この子は神と相対した事がある。たとえそれが違う神だったとしても、かの存在の理不尽さを知っているが故の気づかいだろう。


(……思えば出会った頃に比べて表情豊かになったものだ――ああ。これ以上心配を掛ける事はできないな)


 一度大きく息を吐き深呼吸をして前を向く。自然と気持ちはリセットされ、ネガティブな感情の波は少しだけ引いた気がした。


「まぁ、そんな訳で現在に至る。繋さんが姿を消した翌日の朝、結が一度言葉を交わしたと言っていたが……会社の人間が調べた結果、時系列で考えればそんな事はありえないんだ」


 こちらに二人の視線が集まる。続けて俺は言った。


「結の証言と起こった事実に食い違いがある……その時には繋さんはこの世界の住人では無くなっている――――もしかしたら、譲くんの一件で結が自分の事を縁に話したのはそういう事があったから、なのかもしれないな」

 

「……そういう事だったんですね」



(――それにしても、よくよく考えてみればの状況はあの時と少し似ている……のか?)


 夜刀神による危機は繋の献身により去った。彼の命を賭した行動により結の日常は守られ怪異の影は完全になりを潜めている。だが、現在また違った形でその日常が脅かされようとしているのだ。何よりソレの対象になっているのは、今回は結だけに留まらずこの都市全域が危険に晒されようとしている。


 頻発する怪奇現象。現代では誰も経験した事のない……しかし、脈々と語り継がれてきたお伽噺とぎばなし大晦日おおみそかに控えた百鬼夜行の脅威。


(会社の枠を超えて対策が協議されていると所長からは聞いているが、未だに具体的な指示はない。タイムリミットまで後、約二ヶ月)


 あの時は時間を見つけて一人で山を駆け回ったが、結局、さとりも願いを叶える神も見つけることは出来なかった。

 結の時は時間もなく、知識も経験もない。まだまだ未熟で心から頼れる人も少なかった。


 何もかもが足りていなかった。中でも、存在するかも疑わしい神に出会うために決定的に不足していた要素がある。それは……


(――――。だが、今ならば?)


 あれから数年。俺も会社で経験を積み、人間や妖怪に対して顔がそれなりにきくようになった。

 山に熟知した仙狸が仲間になり、付喪神に対して呼びかける事ができるお市さんが家に滞在している。

 あらゆるモノとのえんむすゆかりゆいと友好を深め信頼できる友となった。


 ――――そして。


 不意に袖を引かれた。

 思考の海に沈みかけていた脳が、今し方思い浮かべた相手によって現実に引き戻される。


「あれ? 来ちゃったんだ。あ。そっか。もう、こんな時間。両親には携帯で伝えたんだけど……お市さん借りていかないと貴方の事は見えないもんね……もしかして心配かけちゃったかな?」


 俺の服を引っ張っている、座敷わらしに向けて縁が独り言のようにポツリと呟く。

 それに言葉を返す前に……違和感を感じた。

 最近は、縁にベッタリなこの子がなぜ真っ先に俺の所に来た? そして服を引っ張る力がいつもより強い。ほとんど無表情でありながらその顔からはどこか焦燥を感じる。

 何よりその瞳は俺の閉じられた右目だけに向けられていた。直感に従い右目で座敷わらしを見つめる。


「――――なに? 結が連れ去られた?」


「えっ!?」


「っ!」


 結と仙狸が反応を示すがそちらに構っている余裕がない。

 先ほどよりもしっかり座敷わらしに目線を合わせる。


(この家に来る途中に見かけたか。焦点しょうてんがあってない目に虚ろな表情……そして太鼓の音、か――――そうか。なぜ、今、動いたのか分からないが……見届けないとな)


 無言で立ち上がり外套がいとうを羽織る。車のカギを探していると背後から複数の強い視線を感じた。振り向いて、こちらを見ている三人に向けて声を掛ける。



「――――心当たりがあるんだ。安心して欲しい、危険はないよ。だから、みんなで結を迎えに行こう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る