第34話 悟ると青行灯
「結、本人を直接調べようと深く霊視するとな……俺が信頼している見る事だけに特化した、その道一筋の奴でも体調を崩してしまったからな。とても良くない物という事だけは分かっているんだ」
非常に険しい表情で重々しく夏木さんは語る。自らの力が足りない事を恥じて、悔いるように。
「だからよぉ、方向性を変えて関連のありそうな結の身の回りで起こったであろう
「どうやってって……それは……」
(失敗した。あの時はテンパってたし、どこまでが右目で読み取った情報か
夏木さんの目は
もう一人の八尾さんは、どういう訳か興味深そうな笑みを浮かべて様子をうかがっている。助け船を期待する事はできないだろう。
「……実は、」
右目については俺の心の問題で、異様な蛇についての情報は彼女の命に関わる問題である。だから悩んだのはほんの刹那の時間。覚悟を決めて事実を話そうとした俺の言葉に割り込み、気まずい空気を変えたのは能天気な声色の第三者によるものだった。
「中々、面白い話になっているじゃあないか」
「――――所長」
部屋の入り口にいつの間にか不思議な男が立っていた。所長と呼ばれたその人は、ぱっと見、どこにでもいそうな
「二人ともお疲れさん。すまんな。盗み聞きするつもりは無かったんんだが夏木さんの声が大きいから、こっちの部屋まで話が聞こえてきてね。……そちらが、廃墟で保護されたもう一人の方だね? 初めまして。この会社の責任者をやっているものだ」
「……どうも。倉木です。この度はご迷惑をおかけしました」
しかしどうしてだろう? この男、何かがおかしい。
普通の人間には反応しないはずの閉じた右目がざわついて、思わず見てしまいたくなる。だが……それも気のせいかもしれない。なぜなら目が覚めてこの場所で出会った三人全員に、多少なりとも違和感を感じてしまったから。この男が一番らしい反応があっただけ。
(……昨日のアレにあてられて、俺自身が過敏になってるんだろう。でなければこの場所はおかしな人間の
いまいち集中できず、意識の端で違う事を考えながらも自己紹介とこれまでの経緯の共有を所長を含めた四人で済ませ、問題になっている俺が見たモノの話題になる。一通り夏木さんが話を終えたところで「なるほど……」と所長は頷き、なぜだか先ほどから八尾さんが浮かべている表情に近い笑みで言った。
「彼も訳ありのようだし……どうだろう? 提案なんだが、今日の中学校の依頼、こちらの倉木君も一緒に同行してもらうっていうのはどうかな?」
所長は俺以外の二人に語りかけ、諭す様な口調で続ける。俺にはまるで意味が分からないが二人の浮かべる表情は正反対である。
「廃墟の件の手際も聞いた限り中々の物じゃあないか。一緒に仕事をこなしてみれば、彼の人となりだったり見えてくるものがあるかもしれないぞ? ……もちろん、他にも色々、ね」
「面白い事になってきたねぇ」と笑みをこぼす八尾さんと、何やら
「……学校の依頼ですか?」
「ああ。夏木さんが外堀を埋めるってだろう? 実は結ちゃんが通っている中学校からそれっぽい依頼が来ていてね……午後にこっちの二人で現地に行く事になっていたのさ」
所長が詳しい話を俺に説明してくれる。
事の発端は半ば予想していた通り結が通う中学校で起こった。最近、一年生の一部の間でオカルトが流行していて、こっくりさんや、ネットで仕入れてきた怪談話など昼休みや放課後など
それは、仲の良い七人のグループで放課後、百物語の怪談をしている時に起こった。
「集団パニック……ですか?」
「ああ。一人は重症でな。自分で自分の首を絞めて今も意識が戻っていない。……自分で絞めたとは思えないような、手の
話はそれで終わらない。
その日からクラスで奇妙なモノが目撃されるようになった。それは……天井からつり下がった腕だったり、床から湧き出てくる大量の毛髪だったり。共通点はなぜか見た者が、一目で女性のものだと分かる体の一部。
オカルトが流行していたのも災いし、話に尾ひれがついて誇張され、「姿を見た者は必ず不幸がおとずれている」など恐怖を
たちが悪いのが時期を空けずに、百物語をやっていた七人の中から二人目の被害者らしき人が出てしまったこと。偶然によるものなのか、今回の件と関連があるのか、現状では何とも言えないが……結果だけ見れば、百物語に参加していた七人の中から二人目、交通事故で軽症者が出てしまった。そこで、これ以上話が大きくなる前に根本的な騒動の収拾を図ろうと上が
「他の学年や別のクラスではまだ何も起きていない。が、噂を聞いてチラホラ休む奴も出ているようだな。そう結からも話を聞いている」
夏木さんが所長の話を補足する。孫の結を始め、学校関係者にあたって事前に色々調べているのだろう。その言葉尻を所長が引き取った。
「結ちゃんとは一切、接点もなく学年も下。その子たちと結ちゃんは直接関係は無いんだろう。だが、恐らく呼ばれたモノは本物だ。子供、学校、怪談話。色々良くない条件が
所長がこちら、俺の左目をのぞき込むようにしっかり目を合わせて言う。
「倉木くんの見立てだと、廃墟にいたモノもナニカに引き寄せられた。それで廃墟の噂が広まったの同時期に今回の件だ。どうだ? らしいだろう?」
「それは……」
「そんなわけで休校日の今日。問題の出るというクラスに百物語をした残りの五名の生徒、監督役として担任の先生の合わせて六名。表向きはお祓い……いや、今回は夏木さんだから供養、か。まぁ、そんな名目で会う算段になっている。で、倉木くん、一緒にどう?」
「…………」
確かに自身の放った言葉の責任は取らなければならない。疎遠だったとはいえ、従妹が今後どうなってしまうのかも気になる。しかし、依頼に参加するのが果たして言葉の責任を取ることになり得るのだろうか? 話を聞きながら、それが引っかかっている。どうにもおかしな流れに巻き込まれているような違和感があるのだ。
「もちろんバイト代、出すぞ? 都内で暮らしている学生なんだろ? 日払いで……これくらい。どう?」
「うっ」
俺の迷いを見透かしてくるかのように続けられた言葉に少し気持ちが揺らぐ。
(凄い額。ってか、コンビニバイトの日給の何倍だよ。わざわざ、夜勤で働いているのが馬鹿らしくなってくる。正直とても魅力的だ。だが、俺は)
迷ったのは
「迷っているな。うん。今回協力してくれたら、これは仮定の話だが……倉木くんが怪異関連で何か困っているなら喜んで協力しよう。我々はプロだ」
(っ! この人!)
「当たりか。いや簡単な予測だ。金でも決定打にならない。人情話で協力してくれるなら、聞いた時点で率先して結ちゃんのために動こうとするだろう? それなら……ってね。ああ、具体的に何に悩んでいるかは知らないよ? でもその道のプロでも調べられない事を知っていた。だから何らかの超常の力が関係しているとしか思えなくてな」
所長のセールストークは続く。
「この会社はそういうモノの専門だ。もしかしたら、君が知りたいと思っている情報を色々調べる足がかりになるんじゃないかな? ……個人で調べるには限界があるだろう?」
(――――
「……山に住む妖怪について知っている事、すべて教えて下さい。それが協力する条件です」
「――――ありがとう。交渉成立だ」
笑いながら握手を求める所長の手をしっかり握る。
その瞬間、今まで話の流れを黙って聞いていた八尾さんが口を開いた。
「そうだ。倉木ちゃん。一応説明しておくけどね、百物語で呼ばれる怪異。伝承には正体不明でその時々で起きる現象は様々。だから事前準備も限られてるの。とっても危険な妖怪。でもねぇ、固有名詞なのか、諸々の現象そのものを指すのか……なぜかソレ、名前だけはついているんだよぉ。不思議だねぇ。そんなだからプロのわたし達にとっても、予測不可能なことが起きる可能性がある。その時は、さぁ――――」
八尾さんの言葉を最後まで聞き届けたあと、思わず顔を
「……いや、冗談はやめて下さい。さっきまで笑ってたくせに、話を受けた後になってから
「冗談じゃないんだけどねぇ」と笑う八尾さんを半眼で見ていると、所長が手を叩き場の空気をリセットする。そして、聞かせられない話があるのか、所長は俺を除く二人だけを呼んでから事務所の方に戻って、何事かの打ち合わせを行っていた。
その後、簡単な業務委託契約を交わした俺は車に乗り込み現地に向かっていた。車に乗っているのは運転している夏木さん、助手席の八尾さん、後部座席の俺、計三名である。
使わないに越した事はないが、お守り代わりに廃墟のために用意していた……なんちゃってお
「それでよっ。山っていうのは暗黙のルールがあったりする訳よっ。今回、廃墟の件の対応が遅れたのも、実はそっちに関わっていたからで現場入りが遅れてな。山菜採りに山に入った方々が、山ミサキに憑かれちまった。ちゃんと入山前に
「へぇ」
学校に着くまでの間、運転する夏木さんの山の話が続く。報酬は後払いのはずなのに勝手にさっきからベラベラ
だから、その情報に前のめりになっていた俺は気づけなかった。本当に考え方が甘かったのだ。この時は、仕事になる程の怪異がどれくらい危険なモノか知る
脅威であるはずの、これから向かう場所の怪異に対する情報を俺に明かすことを最低限度で抑えている。その道のプロであるはずの二人が、不自然に口を閉ざしていることに結局、最後まで俺は気付けなかったのだ。
そして、そのツケはその中学校に着いてすぐに支払う事になる。
駐車場に車を停めて、校舎に入るための昇降口が間近まで迫った時にそれが起こった。
「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
真上。四階の辺りからおよそ人間が出したものとは思えない声が聞こえた。
集団パニック。その言葉が頭を
……だからきっと、今、四階のベランダから身を乗り出している彼は、ソレに出くわした位置取りが逃げ道のない窓際だっただけなのだ。要するに運が悪かったのだろう。極限の状態では地面が近く見えるという。だが、その先に待ち受けるのは無情にも硬いアスファルトだった……客観的に見てパニック状態の彼は、受け身などまともにとれそうにない。
「繋ちゃん。上にいる他の子たちは頼んだよぉ」
「――――おうっ」
突然の出来事に相対する彼女は異様な落ち着きをみせる。同僚に一言告げながらも既にのんびりと歩き出している。上を見ながら目を細めて位置を調整して、場所を定めた後はその場で腕を大きく広げてみせた。
「一体何を……いや、まさかっ」
ひとつのありえない可能性に思い至る。
その体勢は無理に受け止めるというよりは、自分の急所、なるべく骨に覆われていない柔らかい部分を
常人には絶対できない判断。自分の防御の事など一切考えていないそれは、頭のネジが複数本まとめて抜けてしまった者による究極の自己犠牲……狂人の献身だ。
叫び声が聞こえ、慌てて上を見上げれば、大声で何事かを叫びベランダから一人の生徒が勢いよくその身を投げ出した。
そして――――その結果。
ごしゃりと、思わず顔を背けたくなるような
「……えっ? は?」
『その時は、さぁ。遠慮しないでわたしの事を見捨ててくれていいからねぇ』
依頼に出発する前、八尾さんが掛けてくれた言葉が頭の中で反響している。
俺は、あまりにも急な状況に全くついていけず……首があらぬ方向に曲がり壊れたマネキンのようになってしまった八尾さんを、意識せず
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