第32話 悟ると繋


「そんな……その神社にいたのが、結ちゃん? それで、その……お二人は大丈夫だったんですか?」


 少しショックを受けた様子の縁が、口に手を当てて驚いている。相変わらず、悪くいえば他人事で全て過去の出来事のはずなのに、まるで今の自分に起こっている事のように共感して凄く親身になれる子だ。


「大丈夫じゃなかったら、俺も結も今ここにいないだろ? でも正直なところ、あの時は気を失ってしまって何も出来なかったなぁ。我ながら情けない」


 だからこそ、俺は深刻にならないように意識して話を続ける。そのために準備した物が、先ほどからこの場には不釣り合いな香ばしい匂いを、部屋中に充満させていた。そしてこちらの思惑通り、聞き手であるはずのもう一人はさっきからそれに興味津々である。


「だからそんなわけで、結とこっちで再会した時のことに対してあまり良い思い出がないなぁ。ほら、仙狸もう食べていいぞ」



 ぐつぐつと煮立ってきた鍋の火を弱め、あえて軽い調子で言葉をかける。

 過去の出来事で、もう解決済みなこと。知った事によって、結は恐らく無駄に気をつかわれる事を嫌うこと。話すならかなり長くなるであろうこと。それらを事前に縁に話して了解をとった後、用意していた夕飯が鍋ということもあり、食事に誘ってそれを食べながら話そうという事になったのだ。

 どうしても内容は暗いものになってしまうし、雰囲気を出し語って聞かせたところで、喜ぶのは先ほどのようにを通じて聞き耳を立てている者くらいだろう。


「でも、そっか。結ちゃんが言ってた、私の時と似ているってそういう事だったんだ」


「ん? 二人でそんな話をしてたのか?」


 作っていた鍋の中身はすき焼きである。待ちきれないのか、話の途中からしっぽをパタパタさせていた仙狸に肉を分けながら、少し考え込んだ様子の縁へ呼びかける。

 縁も家族にはすでに連絡を入れており、一緒に鍋を囲んでいるがその手は止まったままだった。やはり話の続きが気になっているのだろう。


「はい。譲くんの時にちょっと……落ち込んでた私をなぐさめようとしいてくれたのか、ほんの少しだけ身の上話を聞いていたんです。自分も昔、見えていた時期があるって」


「結が自分の事を話すのは珍しいと思ったけど、そういうことか。なるほどな」


 譲の一件では、結に協力してもらい動いてもらっていた。その際に色々あったのだろう。結から縁が元気がないと報告を受けた気もする。解決したあとすぐに、あの衝撃的な山の騒動も重なったせいで、俺自身その辺りの記憶が曖昧あいまいだった。

 異常な山の一件を思い出し、仙狸の顔をボンヤリ眺めれば、口の周りを肉汁で盛大に汚して、ほおをリスの様にふくらませた仙狸と目が合う。手を伸ばしてその口元をハンカチでぬぐっていると、縁から質問が飛んだ。


「でも、だとしたら結局、今日結ちゃんが倒れた原因って何だったんでしょう?」


 最もな質問である。そもそも縁は今日の授業中、結が貧血とは思えない倒れ方をして、原因が、「何か別のところにあるのではないか?」と疑ってここに来たのだ。


「ああ。結論からいえば、倒れた直接的な原因はその時の出来事の後遺症だと思う。精神的なトラウマだろうな。結は蛇にまつわる怪異に目をつけられていたから……俺も、結が苦手意識を持っていたのは知っていたが、まさかここまで引きずっていたとは思わなかった」


(あの、動じない性格にだまされていた……あいつだってまだ高校生。成人していない子供だ。に頼まれたのに、しっかり気を配ってやれていなかった俺の失態だよ)


 そんな風に内心で反省していると、縁がしきりに頷いている。蛇が何かに関係していると、本人は怪しんでいたようだからそれについてだろう。一つ最後に大きく頷いてから言葉を続けた。


「そっか。やっぱり。それで……でも、蛇ですか……あのっ! それってやっぱり私の時の、山姥みたいなモノなんでしょうか? 人に悪さをしちゃう妖怪みたいな」


「違う」


「えっ?」


 自分でも驚くほど感情のこもっていない冷えた声が出た。急激に温度を無くした俺の返答に、縁が目を白黒させている。

 パクパクと肉をがっついていた仙狸の動きも止まり、耳を伏せてしかられた動物のように身をすくませている。直後に、自身の失敗を悟り慌てて弁明して場の空気の改善をはかる。


「あ……いや、すまん。アレについて考えているとついな。仙狸は気にせず食べていてくれ。厳密に言えば、人に害をなすって意味なら似てるかな。ただ、規模が違うんだ。かれたというより……たたられていたんだ。結は」


「祟られる……祟り?」


「最初に言っていた話だよ。神さまだ。祟り神。ツノの生えた蛇の神……夜刀神やとのかみって聞いた事ないか?」


 首を横に振って意思表示をする縁に説明する。


 夜刀神やとのかみ。頭に角を生やした蛇神へびがみ


 皆がイメージする、願いを叶えてくれる良い神さまではなく、その姿を見た者は「諸共もろともに根絶やしになり滅ぶ」と伝えられている。ヘビ特有の執着心も相まって存在そのものがとびきりの厄災となった怪異。

 伝承を見る限り、複数人で協力して当たれば一匹ならなんとかなるかもしれないが……問題なのはこの存在、群棲ぐんせいしており無限に湧いて出るように何匹もいるのだ。結局、打つ手が無くなった当時の人々は、これ以上被害を出さないために、神社を建ててこの存在をまつり神としてあがめ畏怖してきた。



「どうか、これ以上暴れないで下さいってな。要するに、人がどうにかできる存在ではないってこと。山姥との決定的な違いはソコ。神と呼ばれる存在とは対峙してはいけない。はらったり、戦うなんて、もってのほかだ」


「えっと……じゃあ、どうやって解決したんですか? おはらいとかできないんですよね?」


「神はあがめてしずめるものだ。一番分かりやすいものは……人柱ひとばしら。昔は、世界各地でもよく見られた最低の儀式だよ。日本だって昔、数多くの荒ぶる神が存在していた頃はそうやって鎮めてきたんだって。少なくとも俺はそう教わった……教えてくれたその恩人は、勝手に一人でそれをして、多分この世にいないけどな」


「結の事件が解決したとき、一人の行方不明者が出たんだ」続けてそう言ってしまえば、縁は驚いて言葉を失い、仙狸もこちらに聞き耳を立てている。


「結が譲くんの時に似ているって言ったのは、見える事もそうだけど、おそらくこの時に行方不明になった人が結にとって大切な人だったからだよ。他に何か言ってなかった?」


 こちらが聞く前から縁は何かを考え込み、そして自分の中の記憶を掘り起こすように、深く目を閉じている。ブツブツと独り言を呟いたかと思えば、真剣な顔で俺に向き直った。


「もしかしてその人の事があったから? ……私には後悔してほくないって……それで、あの時背中を押してくれたの? 結ちゃんの後悔って……うん。悟さん。聞かせてください。その人の事」


「わかった。結の過去を語る上で外せない存在だしな。俺が今の会社に勤めるきっかけ、結と俺を再びいだ人で恩人だ。俺から見ても従妹の祖父だから、遠い縁がある。その人との出会いから語っていこうか」


 勝手に決めて、勝手に行動した男の話。俺を会社に巻き込んだ張本人で、結の祖父。今も、孫を泣かせているどうしようもない……馬鹿野郎。恩人で尊敬できる人間の話だ。


「じゃあ、続きを始めよう。なに、全部終わった話だ。縁も遠慮せず食べながらリラックスして聞いてくれ」


 縁が取り皿に取り分けるのを待ってから、ゆっくりと話し始める。


「あれは、そう。神社で結と再会を果たして気を失った後の事だ。目が覚めた時、俺は……」


(あの人が自分の仕事をしくじるわけがない。それも、自分の孫の事だ。そうだよな? つなぐさん)

 























 --結の視点--




 なんで? なんで? なんで?


 どうして誰も電話に出てくれないの?


 どうして電波が入ってないの? 


 ダメ。そもそも、つながってない。


 見えないけど…………?


 「おじいちゃん。悟くん……お願い。誰か、助けて」




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