第30話 悟ると地縛霊
これは、今から数年前の話。実家を離れた俺が今の特殊な事情を持つ会社に入る前、ようやく都会の生活に慣れはじめた頃の話だ。俺が結と今の関係になる……再会を果たすきっかけになった出来事である。
実家から学費や生活費の補助などはしてもらっていたが、極力そのお金に手をつけたくなかった当時の俺は、お金を使うのは必要最低限にとどめ、夜に適当なアルバイトをして貧乏で余裕のない生活をしていた。
都内といっても中心部は家賃が高いのでお金が無駄にかかる。そういう理由から住まいは都心の外れ方に住んでいた時のことである。
「なぁ、倉木知ってるか?」
外れの方ともなれば山も多く、風景は田舎と変わらない。夜には人足も少なくなり、そうなってしまえばコンビニの夜勤などぶっちゃけヒマ以外の何物でもなかった。必然的に同じシフトに入っていた先輩との雑談する機会も多い。
「急になんですか?」
「実はな? 今度ウチの大学の仲が良い連中と肝試し行くことになったんだけど、その場所がこの近くにあんのよ。ほら、あの山のとこの廃墟。あのボロいスーパーから少し行ったトコの……」
「いや、俺の家の近くじゃないっすか。そんなのありましたっけ?」
そう言いながらバイトの先輩に話を促す。正直あまり続けたい話題ではなかったが、付き合いもあるのでむげには出来ない。
「あるのよ。何でも昔そこでな、一家心中があって……今や知る人ぞ知るスポットになってるって話。あまりにも危険で情報統制されてるって噂だぜ? 精神を病んでおかしくなった奴もいて……ずっと精神病院に閉じ込められてるって話だ」
(本気で情報統制されてるんだったらこんな噂話にはならないだろ……)
そんなどうでもいい事を考えていたら、その沈黙を、続きをうながしていると誤解した先輩が少し声を
「正直な話、オレ怖がりであまり行きたくないんだが、一緒に行く友達ん中に気になってる
(ああ。嫌な予感がする)
「オレとその廃墟行ってみないか? リハーサルってヤツ。何があるか事前に分かってれば怖くないだろ? 倉木には別にダサいところ見られても構わないわけだし。昼はお互い学校あるし人目もあるから、明日の夜にこの時間で。シフトも休みだからいいだろ? な? 頼むよ」
「……。本気ですか? いや。俺も怖いんで、嫌なんですけど」
「マジのお願いだって! この前シフト変わってやっただろ? 今後もシフト変更ある時相談のるからさ!」
この先輩の事は別に好きでも嫌いでもない。ただ、何度かシフトも融通してもらったりバイトで世話になったのは事実である。噂がもし事実であり、顔見知りが被害を受けて、おかしな事になったら寝覚めも悪い。気は進まないが俺はこのお願いを承諾することにした。
「分かりました。待ち合わせは明日の夜、この時間にあのスーパーの駐車場とかどうですか?」
「おっ、マジか! 助かる! じゃあ、明日は宜しくなっ。……あ、そういえばさぁ……」
そう言って彼は落ち着いたのか、すぐに次の話題へと移行していき特に変化のないとりとめのない時間が過ぎていく。若い同じくらいの年齢なら誰にでも起きそうな、日常の一幕。しかし今になって振り返れば、この行動こそが一連の出会いの始まりであり、全てを変える発端となった出来事だった。
次の日の夜、俺は自宅で完全装備をして家を出た。
目的地のスーパーまでは徒歩で十分ほどの距離で、駐車場に到着した時、先輩はすでに待ち合わせ場所で待機していた。辺りは暗く、時間も夜遅いため人影は見当たらない。
「おせーよ! こえぇよ」
もう半泣きの先輩へ詫びを入れ目的地を目指す。その廃墟はスーパーから歩いてすぐの山の下にあった。その周囲に家屋は少なく、ポツンと取り残されている印象を受ける。そしてその廃墟の裏手に見過ごせない建物を見つけ、何かを考える前に思わず先輩へ声を掛けてしまっていた。
「念のために聞いておきますけど……廃墟の奥の古い神社にも、行く予定あったりします?」
「……え? ……は? いや、いやいやいや! 倉木マジでやめてくれ! オレ、ビビりだって言ったじゃん。んなモンどこにあるんだよ? ふざけんな。脅かすなって」
(そうか……。見えないのか……)
「いや。すいません。空気読めてない冗談でした。次から気をつけます」
「頼むぜ? マジで」
とりあえずアレが見えていないなら、それでいい。微かに祭り
人の腕だ。白く小さな子供の腕らしいモノがポツンと一本、奇妙なオブジェのように屋根から生えている。
(奥のアレに比べれば百倍マシだけど、残念ながらこの廃墟も本物みたいだなぁ)
ぼんやりそんな事を考えていると、見えていない先輩が、俺の視線を追って同じ方角を見ながらポツリとこぼした。
「雰囲気やべぇな。先に見に来てなかったら、絶対ビビってたぞこんなん」
「あ」
「……おい。今度はどうした」
「……。あ、いや。なんでも。少し腹へったなって。すいません」
「おいおい。頼むぜ。まぁ、心強いけどよ。うっし。少し元気でた。んじゃあ、早いトコ済ませて帰ろうぜ? ここ本当に気味わりぃよ、ここ」
そう言いながら先輩は廃墟の中へ進んでいく。入り口は誰かに壊されてしまったのか、玄関のドアが外されており横に立て掛けられていた。
先輩の後ろに続き、彼のその背中からくっついて飛び出た白い手に目を向け……気づかれないようにため息をつく。
(もらっちゃったか。声出したのがまずかったなぁ)
幽霊は自身に気づいた人に興味をもつ。俺の視線を追って声を上げてしまったため、気づいていると誤解され憑かれてしまったのだろう。
(あのままだとマズイけど……あれくらいなら俺でもどうにかなるかな?)
とりあえずは帰ってから対処することにして、手の事は頭の隅に追いやり、先導する先輩に続き廃墟に進入する。本物と分かった以上、決して油断は出来ない。なるべく先輩を見ないようにして、憂鬱になりながらも俺は、その右目を開けた。
廃墟の中は荒れ放題だった。ガラス窓は割れて床に散乱しており、壁紙は剥がれ落ちて所々穴があいている。歩みを進める度に、「パキッ」とガラスが割れる音が無音の室内に反響して、ただでさえ気味の悪い雰囲気をさらに悪化させていた。
(うわっ。またいる。こんなになるまで放置するなんて。業者仕事しろよ。普通に危ないだろ)
中々進まない足取りに退屈し、興味本位で床にあいた薄暗い穴を覗き込みゲンナリする。そこには子供の足が片方落ちていた。視線を切り無関心を装いながら、思考をまとめにかかる。右目でしっかり確認できたのでおおよその事情は知る事ができた。
「…………」
携帯のライトを頼りに先導する先輩は、声を出す余裕も無さそうだ。時折、こちらがついて来ているか振り返って確認するばかりで、その歩みは一向に進まない。
思わず天を仰いでため息をつこうとしたところで……ソレが目に入り、あまりの光景に悲鳴が漏れそうになる。
(つっ!!…………あぁ、もう。びっくりした。慣れたと思ってたけど、やっぱり洒落になってない……よしっ。もう帰ろう)
急に話しかけて驚かせないように慎重に先輩へ声をかける。
「……あの、俺も怖いですしこの辺りにしておきませんか? 幽霊はともかく危ないっすよ。……友達には先に行って様子を見てきたけど、危なそうだったから止めた方がいいって言えば、ビビりだなんて思われないですって」
そう進言してみると、見るからにホッとした表情の先輩が振り返る。自分から言い出せず、どうやらこの言葉を待っていたらしい。
「……ああ。そうだな。わりぃ、倉木。こんな事に付き合ってもらって。もう引きか」
「ーぃ」
ここに来て初めてほっとした笑みを浮かべ、安堵しながら話している途中で何かに気づいて、そのまま凍りついたように先輩の顔がひきつり固まった。沈黙がながれる。
「ーぃ」
「!? おいっ? 聞こえたか!? 上の階? 誰かいんの!? マジか! ……………………ひっ!?」
現在地は荒れ果てており、確証はないが一階のリビングと思われる場所。止せばいいのに見えもしない二階の様子を探るため、先輩は顔を天井に向けてしまった。
「…………うっ。うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
あちこちに体をぶつけながら、先輩は出口の方へ向けて走り去る。完全に恐慌状態のパニックに陥っており、冷静な話など出来そうにない。
(あー。そうか。あの手が憑いてるから見えちゃうのか。そして聞こえてしまった、と……失敗したな……)
改めて先輩が見てしまったモノを見る。
天井には顔があった。
両目は閉じられているが、口は
女性と思われる顔と子供の顔が二つ。合計三つの顔がなぜか天井を虫のように、ゆっくりと音もなく這い回っていた。
(流石に俺でも驚いたからなぁ。初めて見るのがコレなのは同情する……トラウマにならなきゃいいけど)
そう思いながら、その三つの顔を無視して声の方へ足を進める。あらためて天井をじっくり見て確信した。この顔はただの被害者であり、俺の脅威にはなり得ない。
「ぉーぃ」
こちらの騒ぎに気づいたようで、先ほどの声もどうやらこちらに近づいて来ているようだ。
「……先輩はさっさと逃げちゃうし……最低だ。貧乏くじを引いた」
一人愚痴りながらも、二階へ続く階段から降りて来る何かを待ち構えて警戒する。
「おーい」
声をあげながら確実に接近してくる何かに対して、すぐに動けるよう腰を落とす。暗く先の見えない階段の先を、一瞬たりとも目を逸らさないよう悟は両目で睨みつけ……その時を静かに待ち続けた。
「おーい」
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