第22話 悟ると調査依頼


 蝦蟇がまの騒動の翌日。

 午前中に会社に連絡を入れ報告書の作成を指示された俺は、今日一日自宅での書類作成に費やす事となる。


 今回は仙狸がメインで動いたので、時間をかけて聞き取りを行いながらの作成となり、満足できる報告書が出来たのは昼と夕方の間で微妙な時間であった。

 会社にメールを送って確認の連絡をすれば、今日はこれで終了でよいとのこと。


(変に時間ができたな。そうだ。久々になんか作るか)


 昨日縁と話したキャンプという単語が頭を過り、俺は思いつきで近所へ食材を買い出しに出かけた。



「よし。こんなものかな? 我ながらいい感じじゃないか」


 久しぶりの料理にも関わらず会心の出来に思わずひとりでニヤつく。

 近所のスーパーから帰宅し調理を始めて一時間。

 キッチンには特有の香ばしい香りが充満している。


「なにやってるの?」


 匂いに釣られた仙狸が顔を出す。

 背後には座敷わらしの姿も見えた。いつの間にか遊びに来ていたようだ。


「カレーを作ってたんだよ……仙狸は食べちゃダメだぞ?」


「!?」


 鍋に近づき匂いを嗅いでいた仙狸が、顔を跳ね上げ裏切られたような表情をしている。

 夜は猫の集会に行っている事もあり不在にしている事も多いが、一緒にいる場合は食事を共にしていた。

 きっと自分もカレーを食べられると期待していたのだろう。


(だが、俺は学んだのだ。猫にたまねぎやスパイスを与えてはいけない)


 少し前に買ってきた、猫の飼い方の本を読んだお陰である。

 他にもイカや貝類、ぶどうにチョコレートなど意外に食事の管理が難しかったりするのだ。


 仙狸には悪いが妖怪とはいえ、猫の特性を有している以上安全マージンはとるべきであろう。

 こちらの不穏なやりとりに、物陰からこちらを窺っている座敷わらしは不安そうにしている。


「まぁ、流石に可哀想だからな。今日は鹿肉焼いてやるよ。好物だろ?」


「……ならいい。許す」


(現金なヤツだな。コイツ)


 萎れていた二本の尾がピンと伸び主張している。

 座敷わらしもその様子に安心したのか人形を持って部屋に戻ってしまったようだ。

 そんな馬鹿げたやりとりで気が抜けていたためか、突然の来訪者に気づくのはキッチンのドアが開いたタイミングであった。


「わっ! めっちゃカレーの匂いするっ」


「結っ。本当にお前は」


「はいはい! 次からはちゃんとしますぅ。それより悟くん! 今日はあたしもここでご馳走になっていい? お腹空いちゃったっ!」


「……」

(いきなり現れたと思ったらこいつは……今更かぁ。本当にしょうがない奴)


 結に呆れながらも時計を確認すれば、時刻は一八時を回ったところだ。


「分かったよ。今からじゃ遅くなるからおじさんかおばさんに連絡いれとけ」


「はーい! ってかもう連絡した!」


 返事をこちらに寄越しながらも目線は携帯に向いている。

 話している間にメッセージを送っていたのだろう。ちゃっかりしている。


「最近は仙狸だって働いているんだ。片付けぐらいは手伝ってもらうからな?」


 頭が上がらないためどうしても甘やかしてしまうのを自覚しつつ、俺はそんな些細な捨て台詞を吐くことしかできなかった。







 ガシャン!!






 それはカレーを食べ終えた後、居間のテーブルを掃除している最中に響く。

 キッチンでは結と仙狸が分担して食器洗いと片付けを行っていたようだが、音はそちらの方角から聞こえてきた。


「おいっ! どうした! 大丈夫か?」


「ごめん!! 悟くん。お皿割っちゃった」

「……ごめんなさい」


 見ると食器が割れている。

 どうやら皿を運んでいた仙狸が結の話に気をとられて床に落としてしまったらしい。


「いい。それより二人とも怪我はしてないか?」


 派手に割ってしまったらしく広範囲に散乱する破片を眺めて問いかける。


「あたしは大丈夫。せっちゃんも大丈夫だよね?」


 その言葉に頷く仙狸にどうやら大事ではないと内心胸をなで下ろす。


(最近トラブルが続いていたから少し焦った。この程度で済んでよかった)


「とにかく今掃除道具持ってくるから。危ないからそれまで動くなよ?」


 二人にそう言い放ち返事を待つ前に、居間に道具を取りに戻る。

 掃除機を片手にもって市松人形の目の前を横切った瞬間であった。


 ズキン


 ほんの一瞬だけ鋭い痛みが右目に走った。


「お市さん?」


 右目を開けてお市さんに目を向ける。


(え? 悲しい?)


 向けられた強い感情は嘘だったかのようにそれ以外はお市さんから何も感じない。


(……不思議な人形だ。やはり元が物や道具だとよくわからないな)


 物に心が宿ったタイプと意思疎通を図るのは非常に難しい。

 元々生き物では無いのが大きいのだろう。

 単純な思念などを読み取る事は簡単だが、複雑な事情となれば初めてこの人形と出会った時に一晩中時間が掛かった事を思い出し眉をひそめる。

 真意を探る事は早々に諦めて、肩を竦めながらお市さんに背を向けてキッチンへ向かう。


 手早く掃除を済ませた後、何事も無かったように片付けは再開される。

 時間も遅くなってしまったため結を車で送り、仙狸は夜の街へ出かけていった。


 そのいつもと変わらない様子の面々を、ただ市松人形だけが無機質な目で見つめていた。







 俺と仙狸は翌日の午前中に蝦蟇がま騒動の経緯報告のため会社を訪れていた。

 もちろん事前にメールで報告は送っているため、ただの確認のような物だったのでその話自体は早々に終わる。


「調査ですか?」


「一昨日はお疲れ様」と労いの言葉に続けられた所長の言葉だ。


「ああ。最近、旧市街……いや。古い家が多く並んでいる区画で怪奇現象が多発していてな。現象もてんでばらばら。ただ正直な話、実害があまり出てないから後回しにしていた案件なんだ」


「お前達が蝦蟇の件をスピード解決してくれたお陰で手を割く余裕が生まれたんだよ」と所長は笑った。


「どんな事が起こってるんです?」


「人影が見えただとか、知らない間に物が動いたり逆に物が無くなったり、ラップ音にオーブ光、お経が夜な夜な聞こえたり、謎の異臭騒動、鏡に変な物が映り込んだって報告もある」


「滅茶苦茶ですね。統一性がない」


「だろ? そのくせこれらの現象はな、この区画にある別々の家で起こっている。だが不思議な事に、体調を崩した人が出たりとか直接的な脅威は全く報告がないんだよ」


「あまり考えたくないんですが、まったく別の怪異がこの区画で異常な行動をしているって事は無いのですか?」


 天逆毎あまのざこの一件が頭に過る。


「俺もその可能性は考えたんだが……違う気がする。別の怪異ってのは同意だが何か関連性があると俺は踏んでいる。時期と場所も近いしな」


「所長の勘ですか?」


「ああ。悪いがそうだ。どうだやってくれるか?」


「……」


(この人の勘は馬鹿に出来ない。確かな経験に裏打ちされた物だ)


 所長は俺と仙狸の様子を黙って見つめている。

 思わず仙狸と顔を見合わせる。

 変わらずの無表情だが、その目は確かに俺に任せると言っているようだった。


「……調査だけでいいんですね? これだけ規模が大きいと解決は無理ですよ?」


「ああ。もちろんだ。一連の怪奇現象の共通点でも見つけてくれれば、後は同業他社にも依頼を流して数で当たろうと考えている。ただ今の漠然としたバラバラで驚異もない状況だと、どこも人を出したがらないからな。悟達には何かきっかけを探して欲しいんだよ。これも勘だがこの調査の危険は無いように感じる。どうだ?」


「分かりました。それでいいなら受けましょう」


「おお。お前ならそう言ってくれると信じていたよ!」


 あまりの調子の良さに苦笑がもれる。

(そうだな。恩を売った今の状態で交渉してみるか。縁とも約束したしな)


「所長。それでその代わりと言ってはなんですけど、来月の休みの件でご相談があるのですが……」




 仙狸と二人会社を後にする。

 休みの交渉は無事上手くいった。縁にも喜んで貰えるだろう。


「よし! じゃあ仙狸どこから手をつける?」


「お仕事いっぱいになった」


「そう言うなよ。調査依頼が無事に終われば来月はキャンプだぞ? そうだ。バーベーキューでもやろう。知ってるか? 肉を一杯焼くんだ」


「すごいたのしみ」


「ああ。そのためにもこの仕事頑張らないとな」




 一貫性の見当たらない怪奇現象多発の調査。

 調査依頼解決の糸口は未だに神秘の右目でさえも見えていなかった。













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