お市

第21話 悟ると扇


 生まれてきてから思ったこと。


 自我の芽生えと同時におこった、初めての感情の発露。


 嘆き、怒り――――そして悲しみ。


 彼らは必要とされ求められていた。

 彼らは畏敬され大切に扱われていた。

 彼らはもてはやされ、とても愛されていた。


 そうやって彼らは数多の年月を過ごす。


 時を超え、時代が変わって境遇もまた変わり。


 彼らはソレを許す事が出来なかった。




 「なんだろうなぁ。コレ」


 あの夏休み、海での騒動を振り回されながらも満喫して……数日経過した八月の日のこと。

 俺は自宅でゴロゴロしながら、手に持ったある物を眺めていた。


「どうしたんですか? 悟さん」


 飲み物を用意していた縁から声が掛かる。

 俺の夏休みは終わってしまったがまだ八月。

 学生達の休日は続いている。


 昨晩連絡があり時間が取れそうだったのでOKしたところ、今日は珍しく縁が一人で遊びに来ていた。

 俺自身はある理由から自宅待機となっており暇を持て余している。


「ん-。コレだよ」


 そう言いながら彼女にソレを手渡す。


「扇ですか? 随分年期の入った物に見えますけど柄からして女性の物ですか?」


「ああ。女神というか天逆毎ひめがみさまから貰った物なんだが、多分呪われてるんじゃないかって……どうした?」


「どうした? じゃないですよ!? そんな物騒なもの渡さないで下さい!」


 慌てた様子で返却される扇を受け取る。

(自分も座敷わらしに取り憑かれている癖に。慣れって恐ろしいなぁ)


 今ではまるで自分の妹に接するように可愛がっているが、最初はあの童子に怯えまくっていた彼女である。


「物騒って。別に害はないよ。ただ、気づいたら持ち歩いているだけだ」


 海に行った時も気づいたらバッグに入っていた。

 家に置いてきたはずなのに、だ。

 何なら手ぶらでコンビニに立ち寄った際も、いつの間にかズボンのポケットに収まっていたりする。


「えぇ? ……充分怖いですよぉ。お祓いとかした方がいいんじゃないですか?」


「今のところは害がないし。まぁ、困った事になったらそのうち黒木武詳しい奴八尾響知恵袋に相談するよ」


「その方々がどういう人か知りませんけど、悟さんってけっこう適当なところありますよね」


 その後も「早くお祓いするべき」と頑なに主張している縁の様子に、少し辟易へきえきする。

 基本的に彼女は怖がりなのだ。話題を変えた方がいいだろう。

 縁が用意してくれたコーヒーを飲みながら思っていた事を尋ねる。


「そういえば珍しいな? 縁が一人でココに来るなんて」


「え? ああ。いつも結ちゃんと一緒でしたもんね。実のところ今日は悟さんにお願いがありまして」


「お願い?」


「ええ。私の部活動ことなんですが……」


 話を聞いてみれば、来月の秋の連休中に行われる宿泊遠征観測会の話だ。

 天文部に所属する縁だが年に数回行われる、星座の遠征観測会が九月に某キャンプ場で予定されている。


 部員数が少なく、移動については部員の保護者が持ち回りで協力しており、今回は縁の家を始め何名かの部員の家が車を出すことになっていた。


「それでお父さんが車を出すことになっていたんですが、急な出張が入ってしまって」


「それで車を出して欲しいと? 部外者だぞ? 俺は」


「結ちゃんのお兄さんとしてならイケると思うんです!! 他に頼める人がいなくって。本当に皆と楽しみにしていたので……」


 忘れていたが一件して常識人っぽい縁も時折、謎の行動力を発揮する事がある。

 自分の好きな物や決めた事には一直線な彼女だ。


「ん-。泊まりか。一泊だよな?」


「はい! 一応キャンプ場のコテージを複数、前々から学校で予約してあるんですけど。そうだ! 結ちゃんと仙狸ちゃんも一緒にどうですか?」


「乗せて欲しいのは私含めて三人ですしどうでしょうか?」 と彼女は食い下がる。

 俺が所有している車は六人乗りのため不可能では無い。


「うーん、安請け合いはできないけど。一応会社に聞いてみるよ。今のうちに休みの希望出しておけば多分なんとかなるかも」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


「いや。まだ決まりじゃないからな? 今抱えている案件も解決しなくちゃいけないし」


「大丈夫ですよ! だって悟さんが依頼をこなすんですよね? それなら解決できます! ……あ。それと近くには温泉だってあるんです! ちょっとした秘湯らしいですよ?」


「その謎の信頼は怖いからやめて。しかし温泉は魅力的だなぁ」


 普段は落ち着いている縁がはしゃいでいる。

 本当に楽しみにしているのだろう。


(しかし海が終わったと思えば、来月はキャンプの予定か。アウトドア派になったもんだな)


 今までのインドアな日々を思い返し、生活習慣が改めて変わった事を感じた。

 だが喜んでいる縁や、来月にやってくるであろう予定を想像すれば思わず口元が緩む。


(結はこういうの好きだろうし……仙狸の奴は、また無表情で分かりづらくはしゃぐのかな?)


 思わず苦笑してそんな事を考えながら、縁と穏やかな時間を過ごしていた。




 ガチャリと玄関の方から音が聞こえる。


(戻ってきたか)


 あの後一時間くらい話をして縁は帰って行った。

 これから夏期講習があるらしく少し慌てた様子が印象的だった。


「どうだった? 仙狸」


「駆除した。ついてくる」


「いや、駆除って……よく見たら手に血がついてるじゃないかっ! 大丈夫なのか?」


「問題ない。返り血」


 物騒なことを言う仙狸を改めて確認する。

 どうやら本当に怪我はしていないらしい。


「とりあえず体を洗ってこい。依頼の確認はその後だ」


「わかった」


 仙狸を風呂場に送り出した後、俺は外出の準備を始めながら数日前の事を思い返していた。





 夏休みが終わった後、会社に顔を出した俺たちは所長から一つの依頼を受けた。


『最近、この近隣一帯で飼っていたペットが行方不明になる事態が相次いでいる』


 ペットの種類は様々で、小型の鳥、ハムスターから中型の爬虫類、猫。大型の犬までもが被害にあっていた。

 あまりにも多岐に渡る事から、共通する点は無いかに思われたが一つだけ大きな共通点が見つかる。


『ペットがいなくなった家の方達は数日の間、謎の体調不良に陥ったそうだ』


 所長は続ける。


『この依頼を仙狸。そしてその補助として悟。二名で請け負ってほしい』




 身を綺麗にした仙狸に続いて家を出る。

 先導して歩く仙狸に続きながら思考を巡らせる。


(仙狸のテストのつもりかと思っていたが……)


 これ以上被害を出す訳にはいかない。

 仙狸をメインに指定された依頼だが遊びではないのだ。

 どんどん介入するつもりで受けた依頼だったが、結果として俺の出番は全く無かった。


(あの所長は初めから分かっていたんだろう)


 仙狸は俺の予想を大きく上回る働きをした。


 それを可能としたのが


(猫……)


 先導する仙狸の周りには常に猫が伴う。


 どこかで飼われているであろうイエネコ。

 地域で育てられた地域猫。

 捨てられてしまった野良猫。


 彼女はその猫達から情報を得ることにより、今回の犯人を特定、そして仕留める事が出来た。


(猫のネットワーク、か。数の暴力は恐ろしいな)


 仙狸が初依頼で張り切っていたというのもあるだろう。

 猫の王様のような風格を漂わせている。

 この猫たちを駆使した情報のネットワークは、都会に潜む怪異に無類の強さを誇った。

 結局俺はこの仕事、最初から最後まで自宅待機となり楽をさせてもらったわけである。


「ここ」


 仙狸に案内された場所は、現在空き家になっている普通の民家であった。

 その軒下に血まみれのソレはいた。



「っ!?」



 人間の子供ほどはあるであろう、巨大なカエルの死体。


 妖怪 蝦蟇がま


 家の床下などに住み着いて悪さする怪異。

 この怪異が住み着いた家の住人は原因不明の病気になり、日に日に衰えてしまう。


 それだけではない。


 その大きな身体を維持するため、小動物をまるで誘うようにおびき寄せ喰らう。

 逸話によると雀から猫まで多種多様の動物が行方不明になり、発見された蝦蟇の周りには骨の山が築かれていたそうな。


 見れば周囲には小動物の骨が見受けられた。

 そうやって犠牲を増やしながら家屋の下を渡り歩いていたのだろう。


(原因不明の体調不良に行方不明のペットか)


「……間違いないだろう。コイツだ」


 そう言いながら俺は携帯で会社に連絡を入れる。

 死体をこのままにはしておけないため、応援を要請したのだ。



 電話を切り息を吐いた所に仙狸から声が掛かる。


「役にたった?」


「ああ。お前は凄いよ。最善で最速の方法だっただろう。俺の出番は全くなかったなぁ」


 そう言ってやれば、仙狸は相変わらずの無表情で少しばかり胸を張った。

 その様子に苦笑を浮かべ俺は続ける。


「ただ……」


「? ただ?」


「お前が怪我していたら、俺は多分悲しい思いをしたし後悔しただろう。危ない依頼の時はもっと頼ってくれ。仲間だろ?」


 自分でも信じられない、あまりに似合わない言葉に最後は思わず笑ってしまう。

 仙狸は俺の言葉に一瞬だけ目を見開き、申し訳なさそうにしながらも……少しだけ嬉しそうに小さくコクリと頷いた。


 会社の同僚に現場を引き渡した帰り道。


 今日あった出来事を仙狸に話す。



「来月だけど、縁からキャンプのお誘いがあったんだ。いくか?」



 好奇心旺盛な猫の妖怪の答えは決まっていた。



「たのしみ」



 足取り軽く帰路につく。

 控えた大きなイベントを前に悟と仙狸は浮き足立っていた。

 九月に予定された秋のキャンプ。



 その前に、大きな依頼が一つ立ち塞がる事をこの時の二人はまだ知らない。






































































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る