第23話 悟ると鈴彦姫


 「暑っつ」


 古い家が建ち並ぶ一角の調査を始めて数日。

 今日はその区画にある神社を仙狸と二人で調査していた。


(ここは幽霊らしいモノが出るって話だが……これも空振りかなぁ)


 参拝客も少なく寂れた神社だったが、歴史はかなりありそうで複数のお蔵も並んでいる。地元の人には愛されているのだろう。


 年配の神主の話では夜な夜な謎の人影が現れるとの事だ。

 初めは泥棒だと思い警察に通報したりしたが、無くなった物や怪しい所も無く捜査は打ち切り。

 後日、再び人影を発見して蔵の中まで神主が追い詰めたが……蔵の中で闇に溶けるように消え去ってしまったそうだ。


 余談だがそれが原因で腰を抜かしてしまった神主は、率先して人影を追うのを止めて日々怯えながら過ごしているらしい。


 本殿の周りを右目で見て回っても怪しい気配は感じられない。

 お蔵の方を見ている仙狸の方に呼びかける。


「おーい。仙狸ー。そっちはどうだ?」


「だめ。匂いもない。気配もない」


 人間よりも圧倒的に優れた感覚器を持った仙狸でも、手がかりすら見つからない。

 この神社で連続四件目。簡単にはいかないだろうと思っていたが、あまりの手応えのなさに思わず言葉がもれる。


「こりゃあ外れを引いたかもなぁ」


「はずれ? どういうこと?」


 対象が特定出来なければ心を読む右目の力の効果はあまり期待出来ない。

 人間を超越する仙狸の五感に期待したが、今の所結果は思わしくはない。

 猫のネットワークにも反応がないときている。


「これだけ色んな場所で不思議な事が起こっているんだ。きっと何かはあるんだろう。だがあまりに反応がない。腰を据えてやらなきゃいけないかもって事だよ」


「時間がかかる?」


「かもな。聞いた現象から考えても複数の怪異が関わっている事は確実だ。一つ一つ調べていくしかないだろう」


 仙狸にはそう言ったがここまで調べて疑念が浮かぶ。

 頻発する別々の怪奇現象。

 一つの区画に集中していて、発生時期はここ最近と似通っている。


(もしそれぞれが別の怪異だと仮定して……共通点はなんだ?)


 人にとっての直接的な害はないと聞いている。

 そして天逆毎あまのざこのように変質させられた異常事態の可能性は低いと所長は言った。

 調査、共通点ということは怪異の組織だった動き、もしくはそれに準じた何かを所長は想定していることになる。


(考えを変えてみよう。これはそもそも複雑な事情じゃなくて、もっと単純にそれぞれが好き勝手に……)


「悟。あつい」


 その言葉に思考は中断され霧散する。

 日は高く、鳴り響いていたセミの大合唱が思い出したかのように耳に届けられる。

 考えてみれば今日は朝早くから現場まで直行して調査している。

 成果が出ない以上戦略を練って動くべきだろう。


「……そうだな。ここにしぼって夜にもう一度来てみるか。この神社の怪奇現象は夜間に発生することが多いと聞いた」


「うん。あついのはよくない」


 元々猫は夜行性だ。

 妖怪に睡眠が必要かは不明だが昼は人間の時間であるように、仙狸たち怪異の本来の力は夜にこそ発揮される。

 時間帯を変えてみるのは決して無駄では無いはずだ。

 一度、自宅に戻り仮眠を取った後夜に出直す。

 久しぶりの夜間調査だ。体調は万全の状態で臨みたい。

 

 この神社は夜も参拝できるそうなので、改めて深夜に出直す事を神主さんにも伝えたところ蔵のカギまで預かる事になってしまった。

 トラブルを恐れ、断りを入れたがなんでも人影は蔵の中で目撃する事が多いらしい。


「貴重品は一切置いてないから。古くて使わない物ばかりだよ。それより早いところ解決して下さい」と半ば無理矢理渡された次第である。

 余程、怪異に悩まされているのだろう。

 受け取ったカギを無くさないように仕舞いながら、夏バテ気味の仙狸を車に乗せて自宅に戻る。

 見送りに来ていた神主さんの不安そうな表情が、最後までミラーに映り込んでいた。




 「おぉ。もうこんな時間か」


 時計が指している時刻は、丁度日付を跨ぐ頃合いである。どうやら仮眠というには長すぎる睡眠をとってしまったようだ。


(験を担いで丑三つ時を狙うとするとまだ時間がある。何か腹に入れとくか)


 ここから神社までは車で三十分も掛からない。

 夕食も食べずに寝ていたため少しお腹が空いていた。


(寝起きだから適当に汁物でいいとして、と。夜に出掛ける事といい初詣にでも行くような謎のテンションになってきたな)


 苦笑しながらも湯を沸かし、手早く腹に収まりそうな物を思案する。

 残念ながら餅の買い置きはなかったため、お雑煮の調理は断念した。


(適当にそばでも)


「ボクもたべる」


 視線を向ければ先程まで人がいなかった室内に猫耳が現れている。

 客室で休んでいたはずだが物音を聞きつけてやって来たらしい。


(カレーの件を根に持ってるのか? コイツも食べられる物となるとかなり限られてしまうんだが……しょうがないな。まったく)


「わかったから居間で待ってろ。軽食だから期待するなよ?」


 機嫌よさそうにきびすを返す仙狸にため息をつき、俺は冷蔵庫を漁り肉を取り出した。



 謎の肉スープを飲み干し、満足気な表情の仙狸を見ながら寛ぐ。

 味はともかく同じ物を食べた事に喜んでいるようだ。


「肉のスープといえばお前ヤギ汁とか絶対好きだろうなぁ。うん。間違いない」


「ヤギ汁? 悟は食べたことある?」


「ああ。沖縄の料理で重厚な野趣あふれる料理だよ。素材の味が生きている」


 以前、食べた時の記憶がよみがえる。

 骨付き山羊肉をぶつ切りにしてそのまま煮込むワイルドなスープ。

 濃厚な山羊が汁となって喉元を通りすぎ、香りまでもが山羊となって鼻から抜ける。

 思い出しただけで震えが走るが、仙狸にはご馳走なのではないだろうか。


「今度作ってほしい」


(うっ。食後の雑談のつもりが余計な事を言ったかもしれない)


 普段より何割か増しのキラキラした瞳で見つめられたところで、いい時間になっている事に気づき「また今度な」と適当に返事をして逃げるように片付けを開始した。





 片付けも終わり出発しようとした際の事だ。


 ズキン


(お市さん?)


「もしかして一緒に行きたいのか?」


 肯定の感情を右目で読み取った後、少しだけ思案する。

(手がかりも掴めない現状だ。是非も無しか)


「いいよ。仙狸。俺は運転があるからお市さんを頼めるか?」


 頷いた仙狸にお市さんを預け自宅を後にする。

 同行者が増え、時刻は草木も眠る丑三つ時が近い。

 都会とはいえこの時間、古い家が建ち並ぶ住宅街の人通りは皆無である。


 車内は食事の時の弛緩した雰囲気と違い、張り詰めたような無言が続く。

 緊迫感すら感じさせるその空気は、単にこれから何かが起こるであろう確信に近い予感からくるモノであるのだろうか。


 古い無人の街並みはどこか山や海など異界に通じる何かを感じさせ、現地に着くまでの車内の空気を一層重くしていた。


 近くの駐車場に車を止めて神社までの道のりを歩く。


 チリン チリン


(……何かいるな)


 チリン チリン


 午前二時。

 神社の方角から綺麗な音が聞こえてくる。

 一度仙狸と目を合わせ、神社に足を踏み入れる。


(あれは?)


 境内で巫女が舞っている。


 それは遠目からは人間の女性に見えた。


 チリン チリン


 幻想的に響く鈴の音色


 頭上には神楽鈴をつけ巫女が舞う度に音を奏でる。


 その動きは奇妙でいてそしてどこか荘厳だった。



 ズキン



「お市さん……」


 お市さんから伝わる感情は強烈な

 自分のに会うことが出来て興奮しているのか、目を瞑っていてもその感情が伝わってくるようだ。

 緊張していた仙狸が警戒をとく。

 姿を見ただけで悪意や敵意のないモノだと直感で理解したのだろう。


(鈴彦姫か)


 今も舞い続ける怪異を眺めながらボンヤリと思い出す。


 付喪神つくもがみ


 年月を経た物の怪異。

 九十九神とも呼ばれ多種多様な物が怪異化したもの。

 元が物だっただけに、それぞれの特性に左右されるが基本的には悪意のない物が多い。

 精々が忘れられた自身に気づいて欲しくて、驚かせたり、特性を生かした自己主張を怪奇現象として引き起こす程度だ。


(仙狸の感覚器で見つからない訳だ。そもそも元が生き物じゃない)


 右目で見つからなかった理由にも納得する。物の特定が出来ていなかった。

 大方蔵にでも仕舞われていた鈴が夜な夜な抜け出して、舞っていたのがこの神社の真相であろう。

 神主に取り憑いていたわけではないが、持ち主で繋がりがあるから人影という中途半端な見え方をしたといったところだろうか。


 鈴彦姫の舞を見つめながら仙狸がボソリと呟く。


「ほかのお仕事も物の妖怪?」


「お前の感覚でも捕まらなかったんだ。古い家だったしほぼ確定だろ?」


「楽ができそう」


 少し上機嫌に仙狸が言う。

 原因に目安がついていれば特定は容易い。

 付喪神と起こった怪奇現象を照らし合わせて、当たりをつけたその物を右目で見ればいいのだ。







「ああ。それだったら随分と楽……っ!?」







 ゾワリと全身に鳥肌がたつ。


 今回の一連の怪異が全て付喪神だとしたら……


 その答えと最悪の可能性にようやく悟は辿り着いた。


 急変した悟の様子に仙狸が不思議そうに首を傾げる。





 お市さんだけは嬉しそうにいつまでも、鈴彦姫の美しい幻想的な舞を見守っていたのだった。








































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