第18話 悟ると休日


 (八尾の婆さんか。行方不明らしいが……できれば会いたくないな)


 俺が勤めている会社では所長を抜いてダントツの年長者。

 年の功と本人の資質から、我が社の中でも群を抜いて危険な依頼を担当する人。情報収集と偵察に特化した人物。


 各地に異常な顔の広さを持ち、危険度が不明な依頼にも嬉々として身を乗り出す怪人。


(そもそもあの山の一件もあの婆さん向きの依頼だったろうに。どこをほっつき歩いているのやら)


 所長も含め誰もが頭を悩ませている、自由人。行方不明だからといって誰も身の心配などしていないだろう。


(だが俺は。俺だからこそ知っているあの人の本質を)




 今日は海に向かう当日。


 あれから休みとなった一週間は、なんだかんだでバタバタした日々が続いた。

 久しぶりに結と一緒に顔を出した縁に対して結と仙狸は悪戯を仕掛ける。

 仰天した縁が腰を抜かす騒動があれば、後日縁の家に結と一緒に招待される一幕もあった。


 譲の件がありその夜、縁は家族にこれまでの事を隠さずにしっかり話したらしい。

 座敷わらし。山姥。そして譲。


 もちろん初めは色々心配されたそうだが、元々仲の良かった譲の両親が間に入ってくれたこと。後日お市さんを彼女に貸し出し、居着いた座敷わらしを紹介した事でその問題も解消した。


 彼女の自宅では大変な歓待を受けた。

 彼女の両親には涙ながらにお礼を言われ、妹二人にはとても懐かれた。

 海の旅行についても快く承諾を得る事が出来たが、それは同年代の結が従妹で血縁という事も大きいだろう。


「そろそろ準備出来たか? 出発するぞ」


「うん! あ。せっちゃんはあたしの膝の上ね!」


「今日は宜しくお願いします!! え。ずるいよ結ちゃん! それ私が狙ってたのに」


 同乗者は結、縁、仙狸の三名である。

 お市さんと座敷わらしはお留守番である。

 最近はこの怪異達と仲がよく、一緒にいる所をよく見かけた仙狸は少し残念そうだったが、今は二人にチヤホヤされてご満悦そうだ。


「どうでもいいけど仙狸! 人間の姿になる時はシートベルトを着けるんだぞ」


 結の上に抱えられ猫の姿で頷く仙狸を確認した後車に乗り込む。

 全員が準備を整えたのを確認した後、静かに車を発進させた。

 今回、結が宿泊地を決めるにあたり俺は一つ注文をつけていた。


『海が見える温泉がある旅館がいいな』


『悟くん温泉好きだもんねぇ。え? 混浴がいい?』


『冗談はいいから。出来れば静かにゆっくり浸かれる所がいい』


『相変わらず爺くさいねー。わかったよ。探しとく!』



(温泉は良い。疲れた体にはこれが一番だ)


 学生の頃はそんなに興味がなかったが、働くようになってから考えを改めた。

 能力の都合で山に登る機会は多い。

 足も疲れるから、ふもとに温泉があれば立ち寄るようにしていたらいつの間にか虜になってしまっていた。


 一度パーキングエリアで休息を挟み目的地へと向かう。

 仙狸の車酔いが心配だったが、本人も分かっているのか今は縁の膝の上で丸くなって大人しくしていた。

 結と縁は仲良く今後の予定を話している。


(平和なものだ)


 高速道路を走りながらボンヤリと思う。

 目的地の海はもう目と鼻の先まで近づいていた。


「おっ。見えてきたぞ」


「おお!」


 空席だった助手席に人の気配がする。

 人化した仙狸だ。ガラスにへばり付くように海をみている。

 ベルトを締めるように言った後、ドアガラスを開けてやると興奮したような声をあげながら海に見入っている。


「結が選んでくれた旅館は海の間近だ。いい時間だし荷物もある。チェックインしてから海にいこう」


「はーい」

「わかりました」


 旅館の駐車場に車を停め、興奮する仙狸の相手を二人に任せて旅館に入る。

 部屋は二部屋とってあり、手早くチェックインを済ました後、部屋に荷物を搬送する。


(すごいな。部屋付きの露天風呂がある)


 今回は最近の慰労を兼ねての旅行のため奮発してある。

 俺の大体の稼ぎを知っている結はもちろん遠慮などしない。

 非常に彼女らしいが、海が見渡せる貸し切りの露天風呂をみていると年甲斐もなくワクワクしてくる。


(夕焼けを見ながら風呂に浸かって海を眺める。夜は旬の海鮮三昧。その後は大浴場に顔を出して……女性陣とは部屋も別で静かな物だし今日は飲むか? 飲んじゃうか!)


 海を眺めつつほろ酔い気分でまったりする。幸いにも今日は快晴だから星も綺麗だろう。ひとりニヤニヤしながら続く妄想は結局、「遅い!」と結たちが呼びに来るまで続くのであった。



「せっちゃん海まで競争だ!」

「うん!」


「待ってよ! 二人とも」


 テンションの上がった仙狸と結を縁は追いかける。

 仙狸は相変わらずの格好だが二人は水着に着替えている。

 二人とも対照的で結はオフショルダーのビキニ、縁は洋服のような露出の少ないワンピースを着ている。


(軟派対策は仙狸にお願いしてあるし、好きにさせておいても問題ないだろう)


 サーフパンツにTシャツ姿の俺は、パラソルを借りてきて貴重品の荷物番だ。

 シートを引きパラソルを立てて波の音を聞きながら横になる。しばらくそうしているとこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。


「悟っ! 蟹つかまえた!」


 仙狸が捕まえた蟹を見せつけてくる。


(本当に楽しそうだなこいつ。妖怪として日々を満喫してる。それでいいのだろうか……本人がいいならいいか)


「よかったな。これでみんなで遊んでこいっ」


 そう言いながらパラソルと一緒に借りてきたビーチボールを投げ渡す。

 走って結たちに近づいていく仙狸の表情は、出会ってから一番輝いていた。


(来てよかったかもな。みんな楽しそうだ)


 波打ち際から聞こえてくる歓声を聞きながら俺はゆっくり目を閉じた。




「おーい。そろそろ戻るぞ! もう日が暮れる。明日も遊ぶ時間は十分にある!」


 片付けを行いながら三人に声を掛ける。

 旅館に戻る際も三人は楽しそうに海について話しているようだった。

 部屋割りは二人部屋を二部屋とってある。

 俺と仙狸。結と縁だ。


 結たちはこのまま大浴場へ行くとの事なのでこれ幸いと仙狸を預ける。

 食事は部屋に運んで貰える事になっている。

 慰労目的の旅行だ。あの二人も俺に気を遣わず楽しんで貰おう。女同士の積もる話もある事だろう。


(学校の話など俺にはわからないしな。それ以外はあの二人に面倒を見て貰おう)


 部屋に戻り楽しみにしていた部屋つきの露天風呂に浸かる。

 オーシャンビューのひのきで囲われた温泉の温度は絶妙で、潮と檜の香りが混ざり合い、波音のBGMを聞きながらゆっくり息を吐き出す。


(あー。生き返る……旅行にきて正解だった。たまにはアイツの思いつきも良いもんだなぁ。今後はもっとみんなで何処かにいこうかぁ……はぁぁ)


 夕暮れ時、黄金色に染まる海を見ながら溶けていく思考でそんな事を考えた。


 部屋に戻ってきた仙狸と一緒に食事をとる。

 旬の海鮮フルコースに仙狸は大興奮で、彼女でも食べられる物を厳選しながらあれこれしていると、食事の時間はあっという間に過ぎ去った。

 二人でしばらくくつろいだ後、大浴場に向かうと言えば、仙狸は結たちの部屋に遊びにいくというので共に部屋を出る。


 結たちに仙狸を預け、大浴場を満喫した後にふと思い立ち足を止める。


(星が綺麗だから一人で海沿いでも散歩してみるか)


 フロントにカギを預け独り外に出る。

 砂浜を波打ち際を目指し歩きながら空を見上げる。


(うわっ。すごいな。これは)


 満天の星空に声を失いながらも思わず頬を緩める。

 都会では絶対にみる事の出来ない景色にしばらく俺は空を見ながら歩き続けるのだった。



(ん?)


 違和感に足を止める。


(あれ? ずっと砂浜を歩いているが……海までこんなに距離があったか?)


 波打ち際を目指していたが一向に辿り着かない。


(潮が引いているとしてもこれ、は!?)


 突然の揺れに思考を中断する。


(じ、地震か! でかいぞ)


 揺れはいつまで立っても収まらない。

 思わず身をかがめたところでその違和感に気づいてしまった。


(は? 旅館がどんどん離れていく!?)


 旅館が。人工物の明かりが。

 みるみるうちに遠ざかる。



「いや! まさか!? 俺の方が動いているのか!?」


 思わず地面を見つめる。







 それは、日本でも有数の巨大さを誇る海の怪異。


 体長約一二キロと言われたソレは、あまりに巨大でそれ故に、その全容は把握できない。


 その直ぐに想像できないような大きさの背中に砂がたまり、昔の人達はソレを「島だ」と思い、上陸してしまったという逸話がある巨大怪魚。


 妖怪アカエイの背中に悟はいる。


「……最低だ」


 どんどん小さくなっていく人の世界の明かりを見つめながら、俺はそう呟く事しか出来なかった。





























































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