第15話 悟ると迷い家

 

 まよ


 訪れた者に富をもたらす、山の中の幻の家。

 色々な言い伝えがあるが共通する部分もある。


 道に迷った人が偶然発見する。

 立派な門に立派な屋敷。だが人の気配は全くない。

 日用品などを持って帰ってくると幸運が訪れる。

 迷い込んだ者は必ず無事帰ってくる事ができる。などなど本当に様々なものだが、基本的見つける事ができればラッキーなはずの代物だった。


(それがどうしてこんな事になってる?)


 ボロボロの門の中に足を踏み入れながら辺りを見渡す。


 庭には一面に咲いた真っ赤な曼珠沙華まんじゅしゃげが雨に打たれている。


 正面の家は、大きさだけは立派な茅葺かやぶき屋根の家屋だが、近づいてよく観察するとかなり風化しており、痛んでいないところが見当たらないその平屋が中心となって、おぞましい気配をまき散らしているようだった。

 先ほどの教訓から、覚の右目で周囲を確認するが心を持っていない家屋には通用しないしそれ以外に反応はない。


(あきらかに普通ではない……だけど、雨が酷いし雷も近い。軒先だけでも借りよう)


 仙狸の手を引き急いで平屋の屋根の下に潜り込んだ。


「大丈夫か?」


「つめたい」


 お互いびしょ濡れである。

 雨は当分の間やみそうに無い。


(反応は無しか)


 入り口をノックしたり、声をかけてみても全く応答がない。

 気持ちが悪くなるような気配は今も漂っているが、行きに見つけられず突然現れたことからも、怪異の迷い家だという前提で行動していこう。


(俺の知っている物とはまるで雰囲気が違うけどな)


 少し考え事をしながら体を休めていると、しきりに耳を動かしている仙狸に気がついた。


「どうした?」


「ちょっとまって」


 少しの間、猫耳を動かしたかと思えば続けて犬のように鼻をクンクンさせている。


(人間の姿で動きが野生の動物みたいだと違和感がすごいな)


 災難続きで疲れているのだろう。動く猫耳に少し心を和ませていると、仙狸が俺に向き直り言った。


「多分、中に人間がいる」


「確かなのか?」


「複数いる。でも動いていない」


「……」


 無人のはずの迷い家に人がいる。


(迷い家ではないのか? 知識が全く役にたってない。一体どうなってるんだ?)


「考えても仕方ない。もう一度、声を掛けて反応が無ければ中に入ろう。何か事情を知っているかもしれない」


「分かった」


「もし危なそうなら協力してもらうぞ。頼りにしてる」


「ボクに任せる」


 大きく力強く仙狸が頷く。

 頼りにされているのが嬉しいのかもしれない。


(嬉しい誤算だった。一人で来ていたらどうなっていたか……戦力としても申し分ない)


 山精との一幕を思い出す。

 野生的な身のこなしと反射神経。人間よりも何倍も優れた感覚器。

 何十年も山で肉食獣として生活してきたのは伊達では無いという事だろう。


 再度ノックと声かけを行った後、俺たちはついに家の中に足を踏み入れた。


 (なんだ、これは……流石におかしいだろ。何が起こってる?)


 家の中には何も無かった。


 引き戸の玄関を開けて中に入ってみれば、家の規模に見合った大きな部屋が一室あるばかり。

 入り口以外に扉やふすまの類いは全く見られず、床は畳ばりになっている。

 物が何も無い武道場のような有様だ。

 薄暗く全てを見渡すことは出来ないが、迷い家の伝承に残されているような家具や食器などの日用品は目につく場所には見当たらない。

 怪異などの事前知識を抜きにしてこの建物を表するなら、この家は全てがすでに「死んでいる家」であり、とても生物のために存在している物ではない雰囲気を持っていた。


「あそこにいる」


 暗い部屋の奥にある一角を仙狸は指さす。


「念のため警戒してくれ」


「うん」


 仙狸を伴い恐る恐る人のいる方向に歩みを進める。


(この人達は……行方不明なった人達か!)


 四人の人間が倒れている所へ駆け足で近づく。

 依頼を受ける前に所長から送ってもらった資料と、行方不明の人達の外見の特徴は一致した。

 確認してみる限り呼吸はしている。外傷は見当たらないが意識を失っており呼びかけても反応がない。


(かなり衰弱している)


 生きていたことに一度は安堵するが猶予があまり残されていないようだ。

 素人目にみても顔色はかなり悪い。

 全員死人のように顔色は蒼白だった。


(どうしてこんな事になって……る!?)


 急なめまいに慌てて床に腕をつき体を支える。

 顔を少しだけ険しくした仙狸から声がかかった。


「その人たちを連れて急いでここから出る」


「何かわかったのか?」


「たぶん家の中にいると精気を吸われる」


「……急ぐぞ」


 仙狸と協力して何とか四人を屋外に搬送する。

 その際、念のため屋内に他の手がかりが無いか確認するが、家の中で他には何も見つける事ができなかった。


 家の外、軒先の雨が当たらない場所へ四人を並べる。

 家が原因であればこれ以上容態は悪化しないだろうが、原因が分からない以上すぐにでも病院へ連れて行ったほうが良いだろう。


(思うところは色々あるが、目標は最低限達成したんだ。正直これ以上は手に余る)


 頭にチラつく悪い予感を振り払い、事態の完全解決は諦める。

 都合の良いことに雨は小雨になってきており視界も確保出来つつある。

 早く下山してまずは四人の身の安全の確保。

 事態の解決は応援を要請して最低でも複数人で当たる。


 この山は異常だ。



(携帯の電波が届く場所まで俺一人で下山して応援を要請する。その間仙狸にはこの人達の警護を頼もう)


 周囲警戒のためか門の辺りいる仙狸に声をかけようとすれば、何か挙動が不自然であることに気づく。


「何か見つけたか?」


「……出られない」


「?」


「門の外側に出られない」


「っ!」


 慌てて門へ近づき足を外へ踏み出そうとする。

 何も無いはずなのに何かに阻まれる感覚がある。


「くそっ! 閉じ込められた!」


 門以外の場所から無理矢理敷地外に脱出を試みようとしたが無駄だった。

 「結界」という単語が頭に浮かぶ。

 書物に記載されていた一文が頭の中で反響する。


『迷い込んだ者は、必ず無事帰ってくる事ができる』


 あべこべ。真逆の性質。















(認めよう)


 今回の黒幕と対峙しない限り、俺たちが五人目の行方不明者になる。

 そして今後も犠牲者は増え続けるのだろう。


(気づいた俺が行動を起こさなければならない)


 答えは最初から示されていた。

 気づかない振りをしていた。

 そうでなければいいと思っていた。

 必死に目を逸らして違う原因を求めていた。


 きっと無意識にだろう。あの優しい座敷わらしは事前に警告をくれていた。


(そう。昨日の朝、調べ物をしている時だ)




 背中に衝撃を感じ手から事典を落としてしまう。

 後ろを振り返ると少し申し訳なさそうな様子の座敷わらしと目が合った。

 何気なく開かれたページに目を通す。

 あ行で事典の最初の方に記されたソレ。




(あの時目が離せなくなったのも、きっとそういう事なのだろう)


「仙狸の大切な記憶を奪った相手が分かった」


 門から出ようと必死になっていた仙狸が動きを止める。

 唐突な発言に一瞬呆けた顔をした後、俺に向き直り尋ねる。


「だれがやったの?」


ばくだろう」


「? ……あれはいい獣。そんなことしない」


「ああ。普通だったらそうだろうな」


 雨は止んだが、空には分厚い雲がただよい、まだ明るい時間のはずだが夜と錯覚しそうになるほど暗い。真っ赤な曼珠沙華の花が風に揺れている。

 仙狸に説明すると言うよりは自分の中での仮説を確認するように呟いた。


「きっと獏も変えられたんだ」


「できるわけがない」


「普通の妖怪にはできないだろう。力のある大妖怪にだって不可能なはずだ」


「いみが分からない」


「……そういう事ができる連中がいるだろう? 今から呼ぶ。そして呼べば来る。決して手を出すな」



 いつの間にか風がやんでいる。



 そもそも寝ている間に大切な記憶を奪う妖怪なんていなかった。

 獏は寝ている時に悪夢を食べてくれる、どちらかといえば良い妖怪……というよりは霊獣である。


(だが、あべこべに性質を反転させたらどうだろう)


「悪夢を食べる霊獣から、大切な記憶を奪う悪い妖怪へ」


 塩が好きで、塩を与えた人間に礼をする山精は、塩を嫌悪し、人を襲う真逆の怪異へ。


 訪れた者がこの家の物を持ち帰ると幸福を与える迷い家は、決して訪れた者を逃がさず、精気を奪い衰弱させる真逆の怪異へ。


 共通点は反転。あべこべ。性質の逆転。



(ああ。恐い。だが、相手にそれを気取られるな。覚悟を決めろ)


 きっとコイツは今も俺たちの事を嘲笑っている。

 力の差は歴然であり本来は対峙するなど烏滸がましい。

 弱点など存在しないし本来は頭を垂れて崇め奉る存在。


(本当に……最低だ)






「今回の一連の騒動……黒幕は天逆毎あまのざこ! どうせ見ているんだろ!」





 猛烈な悪寒が背筋を貫き、全身に鳥肌がたつ。

 悍ましくもどこか神聖な気配が空間を埋め尽くし気を失いそうになる。

 ふと手を引かれ、隣を見れば仙狸の毛は逆立ち、耳は完全にイカ耳になって尻尾は完全に垂れ下がっていた。怯えている。


(無理もない)



 改めて向き合う。


 異形が目の前に顕現していた。


 圧倒的な存在感を放つソレは獣面人身の怪物であり……正真正銘の神様である。









































































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