第14話 悟ると人を喰らう山

 「ついたぞ」


 都心から離れ、住宅地を抜け、ようやく目的の山まで辿り着いた。

 車だと日帰りで帰って来られる位置にある山だが、周囲は閑散としており周りに人の姿は見えない。

 失踪者が増えないように対応すると言っていたから、何らかの規制がしかれているのかもしれない。


「おい。大丈夫か?」


 ぐったりしている仙狸に声を掛ける。


「うぅ。気持ち悪い」


「だから大人しくしていろって言ったんだ」


 本人いわく車は初体験だったとのこと。


 最初は助手席で大人しくしていた。

 我慢していたのだろう。耳があらゆる方向に動いていた。

 だが信号待ちをしている間に猫の姿に戻って席を抜け出し、後部座席の方でウロウロしていたのだ。


(俺も怪異にはそこそこ詳しいが、車酔いした妖怪は初めて見た)


 生きている動物が長寿によって怪異化しただけであって、実体はある。

 人を化かす妖怪だから変化へんげすると見えない人には普通の人に見える。

 猫の時は二本目の尻尾も見えない。

 普通の黒山猫である。

 猫耳や尻尾は俺や縁のような人間にしか見えないのだ。


(不思議な生き物だ。だが変化するタイプは危険だ。コイツはともかく普通に社会に溶け込み悪さする妖怪は多い)


 嘔吐えずきながら涙目になっている仙狸の背を撫でながらそんな事を考えていた。



「そろそろいいか?」


「うん」


 ようやく回復した仙狸を伴い山に踏み入る。

 登山道も整備されており、比較的歩きやすいが七月のとてもよく晴れた日の登山である。

 強い日差しにセミの声が鳴り響き、汗が背中を伝った。

 目に入ってくる見渡す限りの緑の風景に少し心を弾ませていると、妙な違和感に気づく。


(なんだ? この感じ)


 不思議な気配を感じ仙狸に目を向ける。


「変な感じ」


「だよな」


 四人もの人が行方不明になってしまった山。

 蝉が鳴き、野鳥が歌いどういう訳か平穏その物の様子である。

 が起こっている山とはソレ相応の雰囲気を醸し出している物なのだ。

 今回はそれが全くない。


(それどころか)


 どこか神聖な気配すらする山を改めて見渡す。

 今までの依頼ではこのようなモノを感じた事はない。


「気を引き締めていくか」


 頷く仙狸とともに再度山を登り出す。

 荘厳とも言っていいような山の雰囲気とは裏腹に、悟の嫌な予感は強まっていくばかりであった。




 かなり歩いたところで少し開けた場所に出る。


(ここらで一度休憩を入れるか)


 隣を歩いている仙狸を見る。

 時々猫の姿に戻って山を自由に散策してもらっていたが、現在は人の姿で隣を黙々と歩いている。

 山で生まれ育っただけあって疲れはまったく見えない。

 それどころか生き生きしているようだ。

 仙狸に声をかけようとしたタイミングでふと気づく。


 いつの間にか虫や鳥の声が聞こえない。


 周囲を見渡せば妙な存在が目に入った。

 先程までは間違いなくそこにいなかったが、急に目の前に現れたように感じる。


(ようやくお出ましか)


 身長は一メートルを少し超えたところだろうか。

 鬼のような顔を持ち、足は一本しかない。

 その足も注意して見るとかかとは逆についている。

 この明らかな異形の存在は山精さんせいという妖怪だ。


(用意しておいて良かった。コイツには何回も世話になってるからな)


 山精とは山に住む妖怪である。

 基本的にどの山にもこの怪異がおり、遭遇したモノに塩を求める。

 山精にとって塩はとても大切なもので、塩を渡した相手には色々対価を与えてくれて、対応を間違うことがなければ非常に有益な妖怪でもある。

 山の神とも密接な関係があり、本来は山の神だったともいわれる怪異、覚と似た性質を持っていた。


(菓子折みたいなもんだ。塩で好意的な対応をしてもらえるなら安いものだろう)


 実際、何度も山の依頼で遭遇した怪異でありこの妖怪のおかげで依頼を達成出来た事もある。対応も慣れたものだ。


 塩を入れた巾着袋を手に取り山精に差し出す。


 敵対しているわけではないので右目は閉じられたままだった。




「危ないっ」




 突然仙狸に凄い力で突き飛ばされる。

 転がりすぐに顔をあげれば、山精の突き出された右手により穴の開いてしまった巾着袋と、空中に散乱する中身の塩が目に入った。


 反射的に右目を開け、混乱する頭に情報を叩き込む。


 山精からは圧倒的な敵意と塩に対する嫌悪。

 殺意とも呼べる感情が悟を貫いた。


(馬鹿なっ……どうして!?)


 悟を憎悪のこもった瞳で睨みつけながら、山精が一本足で距離をつめる。


 その間に割って入るように、うなり声をあげた仙狸の爪が山精を襲った。


 振り上げられた手を、山精は一本足で後ろに下がるようにして回避する。

 仙狸は躱された事など気にもとめず、むしろそれを利用してそのままの勢いで回し蹴りを放ち、それが山精の胴に突き刺さった。


 転倒した山精に、馬乗りになった仙狸が腕を振り上げたところでようやく声を出す。


「待て! やめろ!」


 一瞬動作を止めた仙狸を山精は突き飛ばす。

 仙狸には敵わない事を悟ったのだろう。

 山精はきびすを返すと、初めから存在していなかったというようにどこかへ消えてしまった。



(何が起こってる!? 考えろ!)


 あそこで仙狸が助けてくれなければ、下手をしたら死んでいた。


 異常な事が起こっている。


(俺が知っている山精ではない。まるで性質が真逆になっている。あべこべだ)


 だが何よりもマズいのは。



(山の神と敵対してしまった……)



「仙狸っ! すぐ山を下りるぞ! 戻ってこい!」


 山精を遠くまで追跡しようとしていた仙狸に大声で呼びかける。


 遠くで仙狸が振り向く。


 今まで見せた事のない驚愕の表情。




「上っ!」




 悲鳴にも似た声が耳に届いた時、跳ね上げるように顔を上げた。

 刺すように感じられていた日差しが一瞬何かに遮られる。


 そこに巨大な手があった。


 大きさを測るのも馬鹿らしくなるくらいの巨大な手が、ゆっくり、ゆっくりと俺めがけて空から落ちてくる。


(冗談じゃ無いっ。このままじゃ潰されるぞ!?)


 懸命に雄叫びをあげながら足を動かす。

 開けた場所にいたのが災いした。

 これではいい的だ。

 このままでは間に合わない。


(一か八かだっ! 飛び込め!)


 目測を測り、手が地面に着弾するタイミングで指と指の間スペースに体を滑り込ませた。

 轟音と地震のような揺れが起こった後、手が引き上げられ元の場所に戻っていく。


 異様に長く巨大な手の化け物は、隣の山の方角へ消えていった。


 少し時間がたった後、仙狸が姿を現す。

 泥だらけで地面に仰向けに倒れたまま放心状態の悟に声を掛ける。


「大丈夫?」


「死ぬかと思った」


 仙狸の手を借りて体を起こす。

 小さい怪我はあるが大きな怪我はしていなようだ。

 土を払いながら仙狸に礼を言う。


「さっきはありがとな。お陰で命拾いした」


「役にたった?」


「ああ。命の恩人だ」


 少し胸を張り誇らしげな仙狸を横目に見ながら思考を巡らす。


(手長足長か? さっきの手の化け物は……)


 手長足長は悪い伝承が多い、山に住む巨人であり人食いの化け物だ。

 山の神と敵対してしまった事で大胆な手段に出たのだろう。

 元々あまり良いとは言えない怪異だから不思議では無い。


(だとするとマズい)


 巨人伝説として伝わる手長足長。

 妖怪の伝承として伝わっている足長手長。

 今回は同一の物として捉えて用心する事にする。


(どちらにしてもろくでもない言い伝えばかりだしな)


「仙狸。天候が荒れる可能性がある。急いで山を下りるぞ」


「でもこんなに晴れてる」


「だからだよ! 大荒れになるぞ!」


 足長に出会えば必ず天候が変わる。

 そのような言い伝えがこの怪異にはあった。


(山精の件で自信は無くなってしまったが、用心するに越した事はないだろ)



 山を下っていれば十分もしない内に、天気は急変した。

 突然のゲリラ豪雨により視界はゼロに等しく雷鳴が轟いている。

 しかし、知識通りの事が起こった事に俺は奇妙な安堵を覚えていた。


(狂った山精と失踪事件……異常な山)


 思考の海に沈みそうなところに仙狸から声が掛かる。


「このままだと危険」


「ああ。どこか雨宿りできる場所を探そう。雷もそうだが、こんな時に妖怪に襲われたら洒落にならない」


 そのまま手探りに移動を開始して、数分たった頃、奇妙な場所に出る。


 その場所は山を登る時には見つける事が出来ない場所だった。


 その場所は山の中において在るはずのない存在感を放っていた。


 その場所はまるで俺たちを迎え入れるように唐突に目の前に現れた。


「いく?」


 仙狸から声が掛かる。

 やまない豪雨と徐々に近づいてくる雷に答えを急かされる。


「行きたくないけど行くしかないだろ?」


 離れ離れにならなように、しっかり仙狸の手を握り俺たちはそのおぞましい気配のする家屋に足を踏み入れたのだった。






































































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