仙狸 

第12話 悟ると仙狸

 始まりはごくありふれた存在だった。

 五人の兄妹の末っ子である。

 ただ、他の者よりほんの少しだけ頭が良かった。

 ただ、他の者よりほんの少しだけ力があった。

 そして、他の者よりは当然のように長く生きる事ができた。


 親が死に、兄妹達が死に……ボクだけが生き残った。


 自分が他の者とは違うと気づいたのは、いつのことだっただろうか?

 いつまでも訪れない寿命と不思議な力。

 ボクがソレを自覚した頃から、同族以外の知り合いも増えていく。

 恐ろしい老婆。一つ目の子供。山のような巨人。そして心を読む事ができると話す猿。

 どれもこれもボクとは違うかたちをしていて新鮮だった。

 最後に知り合った猿が言う。


「共通しているのは人間かのぉ」


 なぜか左目を閉じたままの猿は、物知らずのボクに色んな話を教えてくれた。

 信じられない話だが、山を下れば数え切れないほどの、人間という生き物が群れを作って生活しているらしい。

 山とは全く違った世界を構築しているのだという。

 興味を引かれたボクは猿に人間の話をねだる。


「実際に見てくればいい。お主は化ける事もできるのだろう?」


 人間の世界について猿が知っている限りの事を聞いたボクは、山を下る事を決意する。

 礼を言って立ち去ろうとするボクに猿は最後にこう告げた。


「ああ。山を下るなら一つお願いがあっての。伝言を頼まれてくれるか?」


 とても面白い話を聞けたのだ。話ぐらいは聞いておくために続きを促す。


「以前人間の子供に良い物を貰ったのだ。もし我の右目を持つものに出会う事があったら伝えてほしいのぉ。我らにはあまり関係ないが、人間にとっては重要でとびきりの凶事だろうて」


 さーびすというヤツじゃと、猿は機嫌良さそうに笑いながら告げた。


 内容を聞いた後に、そのくらいはお安いご用だと快諾してきびすを返す。


 同族に別れを告げ四本の足で駆ける。

 ボクが根城にしていた山から知らない山へ、それを繰り返す事数日。

 山を下りた先に見えた光景はボクの想像を遙かに超えていた。









 「悪かった」


 横に座る長身の男が俺に頭を下げる。

 背は俺より高く百八十は余裕でこえているだろう。

 浅黒い肌と、引き締まった筋肉に鋭い眼光。

 長い髪を後ろで束ねていなければ、軍人と言われたら納得してしまうであろう風貌。

 笹木 譲が旅だった日の夜、俺は目の前の男から行きつけのバーに呼び出されていた。

 男の名は黒木くろき たける

 俺の勤め先の同僚で、どちらかといえば荒事の依頼を担当している。

 無口な男だが、頭のおかしい同僚が多い中、比較的マシな性格をしているためつるむ事が多かった。


 現在は、一連の経緯と結末を黒木に報告し終えたところだ。


「依頼を受けてから現場に向かう最中に起こった、予想外の事態だろ? どうしようもない事じゃないか」


「ああ。だがもっと早く現場に着いていれば……」


 責任感が強い男だ。

 ずっと悔やんでいるのだろう。


「原因は狐憑きの類いだと聞いたが」


「そうだ。それ事態の対処は問題なかった。子供の方は元の生活に戻れている」


 注文していたアイラウィスキーに口をつける。

 やりきれない事があった後はこの酒を飲むのが習慣になっていた。

 高い度数のアルコールが喉を焼き、胃に落ちる。

 鼻から磯の香りがぬけていった。


「狐憑きは別に珍しくもないが、最近は何かおかしいな」


「ああ。はっきり異常だろう。他の奴らも引っ張りだこだよ」


 月に数件しかないはずの依頼頻度が激増しているのだ。

 そのお陰で顔を合わせたくない奴とも合わせずに済んでいるし、会社的には儲かっているようだがあまり良い状態とは言えないだろう。


「厄介事の気配がするな」


「……厄介といえば」


 黒木が酒に口をつけながら思い出したかのように語る。


「所長からだ。近々遠征の依頼を倉木に頼むかもしれないとの事だ」


「遠征依頼?」


 詳しい話を聞けば、最近ある山に入った人が次々と失踪しているらしい。

 分かっている範囲で三人の行方不明者がいるそうだ。

 最初は普通の遭難事件と思われて捜索されていたようだが、一向に手掛かりが見つからない事と、被害が短期間に相次いで起こってしまった事でお鉢が回ってきたようだ。


「今は同業他社が依頼を受けているようだが、失敗した場合ウチが話を受ける事になってる。その時は倉木に任せるそうだ」


「短期間に失踪者が連続する山か」


 怪異が前提で考えてまず思い当たるのは神隠し。あとは迷い家か。

 何れにせよ厄介事には変わらない。

 場合によっては、山に住み着いてる他の怪異にも事情を聞かなければならないだろう。


「準備だけはしておけとさ」


「はぁ……分かったよ」


 思わずため息が漏れる。

 どう考えても不穏な気配がする。

 暗い先行きに憂鬱な気分になりながら、残っている強い酒を一息にあおった。



(少しばかり飲み過ぎたか)


 黒木と別れ帰路につく。

 時刻は既に深夜と呼べる時間帯だ。

 飲み屋街から離れ住宅地域を歩いているため人通りはない。


(最近は働いてばかりだ。連続失踪事件の事もあるし明日は家でゆっくりしよう)


 そんな事を考えていた時、一匹の猫が俺の横を通り抜ける。


(珍しいな)


 逃げる気配もせず、堂々と真横を通る黒猫に興味を引かれ振り返る。


 猫も立ち止まり俺を見ていた。


「マジか」


 思わず言葉が口をついて出る。

 黒猫の尻尾は二本あった。

 飲み過ぎを疑い頭を振りもう一度猫を凝視する。


 そこに猫の姿はなく、代わりに一人の異常な少女の姿がある。


(ね、猫耳に二本の尻尾!?)


 黒い髪は腰のあたりまであるだろうか。伸びっぱなしでボサボサである。

 服装は簡素で、白いワンピースに見えるような布を適当に羽織っている。つり目で瞳が縦長に開いている眼が少女に意思の強さをうかがわせた。

 唖然としていると少女が口を開く。


「やっと見つけた」


 ボソッと呟いた声は舌っ足らずで、幼い外見を更に幼く感じさせた。

 少女は続ける。


「ボクの探し物を手伝ってほしい」


 明らかに人間ではない少女から出た言葉が頭の中で反芻はんすうされる。

 ようやく意味を理解できた時深いため息が漏れる。


(最低だ。明日もゆっくり休む事は出来なさそうだ)


 そんなどうでもいい事を考えていたからだろう。

 反応がない俺の様子をどう思ったのか、少女は不思議そうに首を傾げていた。




















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