第11話 悟ると譲

 -譲の視点-


 僕の未練を晴らしに行くのだ。倉木さんはそう言った。

 僕の姿は普通の人には見えない。言葉も届かない。

 幼馴染みのゆかりとは話す事が出来たけど、彼女の家族の前で僕は自覚してしまった。


 僕は既に故人である。


 思い出してしまったからには、在るべき場所へ行かなければならない。

 生者と死者は交わる事はないのだ。

 自覚してしまったからには、猶予はもうないだろう。


 それでも僕はまだこの世界にいる。


 未練がましく、また落ち込み憔悴しょうすいする両親の元をたずねてしまっている。

 決して姿はみえず、声は届かなくても二人の様子を見てしまっては。

 現在、僕と両親は倉木さんに誘導されある場所に向かっている。


『生前の譲くんに頼まれてお二人にお渡ししたい物があります。この場では渡す事ができません。お時間いただけますか? ……きっと今のあなた方に必要な物です』


 僕の親友を名乗り、僕とのデタラメな思い出をかたり、両親の信用を勝ちとった人物。


(現に僕の事見えてるし詐欺師ってわけじゃなさそうだけど。男には警戒心の強いゆかりが随分入れ込んでるみたいだし、悪い人ではないのだろう)


 無くなったはずの心臓が少しだけ痛む。


 それにデタラメとは言っても僕しか知り得ないような情報を織り交ぜて話していた。

 それこそ、ゆかりにも話していないような。

 今にも死んでしまいそうな両親が信じてしまうのも無理は無いだろう。


(一体どういう人なんだろうな)


 一度倉木さんに着信が入り僕達は足を止める。

 二言三言話した後大きく頷いて電話を切った。


「すいません。行きましょう。準備が整いました」


 そう言って倉木さんは歩きだす。


(この先は……)


 彼が歩む先には、僕が納まる予定の墓地が見えていた。



 「着きましたよ」


 悟さんはそう告げ僕達に振り返る。


(何だってこんな場所に来たのだろう?)


 辺りに人の姿は全く見受けられないとても閑散かんさんとしていた。


「あの、倉木さん? 一体なぜこんな場所へ?」


 ここまで無言だった父さんが、口も聞けないほど憔悴している母さんの代わりに問いかける。

 確かに四十九日を迎えていないため、僕の遺骨は自宅に保管されている。

 現状、あまり関わりがある場所とは思えない。



「ええ。譲くんが今度こそ迷わないように、と。それにココであれば人も少ないだろうし、都合がいいかなと思いまして」


 父さんが一瞬、警戒した表情を浮かべるが倉木さんは構わず言葉を続けた。


「では、約束の渡したい物。プレゼントです。最後にお二人に譲くんと話す機会を設けましょう」


 母さんは顔を跳ね上げ見た。

 父さんは愕然とした表情を浮かべ視線を合わせる。


(一体、何が起こっている!?)


 驚き隣をみれば、少し離れた所から近づいてくるゆかり達に手を上げる倉木さんが視界に入った。





 -悟の視点-


「譲っ!」

「ゆ、譲……なのか?」


 顔を振り上げ近づく母親と呆然としている父親に声を掛ける。


してしまった彼には触れる事はできません。譲くんは既に亡くなりました。これは本当に色々な事が重なった奇跡のような時間で……猶予もあまりありません」


「そんな!」と絶句する母親と、未だに状況を信じられない様子の父親から視線を外し、両眼で見据えた譲に告げる。


「疑問もあるだろう。ただそんな事今はどうでもいいだろ? これが最後のチャンスだ。伝えたい事を伝えるといい」


 俺はあくまで部外者で主役は譲を含めた四人である。

 後ろに下がりすぐ近くまで来ていた縁の背中を押してやる。

 助けを求めるようにこちらを見る縁の目は既に赤い。


 ただ今回の俺は譲の味方である。静かに目線を合わせた後、その背を押して譲の方へ縁を送り出す。


 初めて見た時、俺はこの笹木 譲という男に衝撃を受けた。

 この男は俺に決定的に足りない何かを持っている。

 そしてこの男は最後に何を語り、何を語らないのか。

 俺はそれを見届けなければならないだろう。

 それが初めて会った時に軽い気持ちでこの男の心を覗いてしまった、俺の義務である。

 しっかり両眼で譲を見つめた。




「何がなんだか分からないですが……感謝しますよ。倉木さん」


 そう言いながら譲は始めにゆかりと向かいあった。


「ゆかり」


「譲くん……」


 縁はすでに泣いていた。

 全て結から話は聞いているのだろう。


「さっきはごめんね。おばさんの前で悪い事しちゃった」


「そんな事は気にしなくていいよ」


 少し間を作った後、譲は続ける。


 そこから俺の目は、語らない譲の本心を映し出した。


「ゆかりとは本当に子供の頃から色々あったよね。どこへいくのも一緒でまるで家族のように育ったから……語り出したらキリが無い。引っ越しの時はとても悲しかったよ」

(いつからだっただろう? 君の事が気になりだした。自覚した時には手遅れで……もう別れなければいけなかった)


「うん」


 譲の本心は伝わらず縁はうなずき続きを促す。

 苦笑しながら譲は続ける。


「別れた後の喪失感はすごかったよ。家族を、兄妹を失ったような感じだった。……改まって電話をするのも照れくさくってね。結局疎遠になってしまった。その事は少し後悔してるかな?」

(日に日に思いは大きくなって。だから、声を聞いたら僕はきっと我慢できずにこの思いを告げるだろう……僕は恐かった。この関係を壊してしまうのが。ゆかりの事が本当に好きだったから。心の距離まで疎遠になってしまうのが恐ろしくって……電話をかける事が出来なかったんだ)


 思いは縁には届かない。

 譲は笑う。


「ああ。あまり時間はなさそうだ。だからゆかりに言っておきたい事はこれだけ」

(次にあった時は告白するつもりだったんだよ。再会した時すぐに告白しなかった、臆病な僕を少し褒めてあげたい。きっとこの言葉は今後の君の人生を縛ってしまう呪いの言葉だ。だから住む世界が違う君に送る言葉はもう決めた。本当は僕がしてあげたかったけどね)





「どうか幸せになってください」





 言葉と思いが重なる。

 全ての思いを込めた言葉は重みを持って、確かに彼女に伝わった。

 縁はたまらず声をあげ泣き出し、結がそれを支えた。


 そんな様子の縁を最後に一瞬見つめ……今度は両親に向き合う。


「譲」


 譲の両親の声が重なった。

 今までのやりとりを見て状況を理解したのだろう。

 二人の目には既に涙が浮かんでいた。


「父さん、母さんごめんね。最後の別れがあんな別れになってしまって。二人よりも早く死んでしまって」

(ずっと後悔していた。最後が喧嘩別れなんて死んでも死にきれない。父さんと母さんには前を向いてほしい。こんな暗い顔をさせたい訳ではない。この二人には)


 声も出せない様子の母親の代わりに父親が声を掛ける。


「譲……俺は、俺たちは」


 言葉は詰まりそこで止まってしまう。

 その言葉尻を譲は笑いながら拾った。


「そんな顔をしないでよ。っていうかもっと胸を張ってよ。俺たちの息子はすごいんだぞって。普通の人には出来ない事をやったんだって。誇ってよ。そうしてくれたら僕はとっても嬉しいよ」

(本当はもっと一緒にいたかったよ。厳しいけど尊敬できる父さん。明るくて優しい母さん。この後恩返しする予定だったのができなくなっちゃった。親不孝者で本当にごめんなさい)


 譲の父は何かをくみ取ったのだろう。

 瞳は涙で濡れていたがぎこちない笑みを浮かべた。


 思わず譲は押し黙る。

(駄目だ。泣くな。二人に最後こんな表情は見せられない。これからを生きる二人に相応しい表情刻みつける。最後にできる親孝行。顔は泣き顔じゃない。笑え譲)

 歯を食いしばったかと思えば満面の笑顔を浮かべ譲は話す。


「ごめん。時間だ。最後。これでさよならみたい」

(ああ。周りの人間に恵まれて、僕は本当に幸せだった)



 皆が譲を見る。


 譲は周囲をゆっくり見渡し最後に極上の笑顔で両親に言った。



「あなた達の元に生まれる事が出来て、僕は本当に幸せでした」



 最後にそう両親につげて笹木 譲はこの世から旅立った。




 皆が泣いている。


 譲の両親。縁。結まで。

 少し時間がたった後、そんな結が俺に声を掛けてくる。


「珍しいじゃん。悟くん」


 結の目は真っ赤だ。


「何が珍しいんだ?」


 不思議に思い尋ね返す。


「左目」


 そう言われ自身の左目に手を触れる。

 乾ききった右目とは裏腹に、その左目は少しだけ濡れていた。

















































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