第10話 縁と結

 電話を終え準備を整える。


(本当にギリギリだった。リミットは明日……だがそれも)


 本来であればあり得ない事が起きているのだ。

 通常は四十九日を待つ前にあの世に旅立つ。

 譲はいつ消えてしまっても不思議ではない。

 黒木から教えてもらった電話番号に連絡を入れる。

 すぐに相手に繋がるが、何分会った事もない相手だ。

 始めは怪訝な様子で応対されたが、本人と親しくなければ知り得ない情報を織り交ぜながら、巧みに信用を勝ち取っていく。

 これから伺う旨を伝えた後、着替えを行い結に経緯を連絡しながら家を出た。


 思っていたより猶予がないため、急いで目的地まで向かう。


 時刻はまだ午前中である。この時間であれば訪ねても問題ないだろう。


 途中で必要な買い物を済ませ、目的地付近に到達する。

 黒木から聞いた住所と自身が見た光景を照合させていけば特定は容易だった。

 インターホンを押して来訪を告げる。すぐに応答があった。


「先ほどご連絡した倉木です」


 すぐに招き入れられ目的の人達と対面する。


「この度はご愁傷様です」


 挨拶を終え頭を上げれば、共に目の下に大きなクマをつくった譲の両親と目があった。



 ー結の視点ー


(相変わらず、悟くんのお願いはきっついなぁ)


 へたり込んでしまった縁に手を貸しながら結は思う。


(今度また埋め合わせしてもらわないと)


「縁ちゃん」


 憔悴しょうすいしている様子の縁に声を掛ける。

 少し虚ろな表情の縁が顔を上げる。


(辛いよね。あたしはソレを知っている。けど、縁ちゃんには後悔してほしくない)


 縁の後をつけている時に悟くんから連絡があった。

 もはや猶予はないのだ。


「悟くんから連絡があった。現在の譲くんの事情。ごめんね。今の縁ちゃんに言うべきじゃないって分かってる。でも! 譲くん本当に時間がないの……聞きたくないなら聞かなくてもいい」


 もはや笹木 譲は故人だ。

 助けてあげる事はできない。

 だが、まだ救ってあげる事は出来る。思い残しを少なくしてあげる事は可能なのだ。

 そして……それは、死後に譲が会いに行った未練ある人達。

 譲の両親と冬木 縁の協力がなければ不可能だった。


 祈るような気持ちで結は縁を見つめる。

 少し間を置いて、まだ顔色が悪い縁から返事があった。


「お願い。聞かせて」





 笹木 譲はその日両親と言い合いになり家を出た。

 今後の進路の話で譲と両親の間で意見の相違があり、最近は顔を合わせる度にその話題が話し合わされていた。

 普段はとても仲の良い家族である。

 ただ、その日に限ってはお互いの虫の居所が悪かったのだろう。

 喧嘩別れするような形で家を出る事になる。


「はぁ。なんでこうなっちゃうかな」


 譲は憂鬱ゆううつな気持ちで、行く宛てもなくぶらぶらしている時……とても奇妙なモノが目に入った。


(あれ? なんだろう?)


 年齢は十歳にも届かないくらいだろうか。


 道端にうずくまっている。


 近くに保護者らしき人の姿は見受けられない。


(様子がおかしい。大丈夫か? 心配だ。声を掛けてみよう)


 譲が近づいてみれば、急激な反応があった。


 こちらに気づくなり獣のように四足歩行で飛び上がり、こちらを見つめる。

 目に知性の光はなく、顔も能面がはりついたような無表情で、口の端からはよだれがこぼれアスファルトに染みをつくった。


(何だ? 病気の子か? 全く、親は何をしてるんだ)


 直前に喧嘩してしまった両親の姿がちらつき、譲は少しこの子に自身を投影してしまう。


 そんな事を考えていたからだろう。彼は背後に迫っている危険に気づかない。


「大丈夫? おとうさんか、おかあさんは近くにいる? もしかして迷子かな?」


 距離をつめる譲。


 譲から逃げようとし、急に道路に飛び出す子供。


 直前まで迫ったトラック。


「危ないっ!」


 ……結果的に子供は助かった。

 悟の同僚黒木が、子供の母親から異常行動の相談を受け状況を確認するため、現地に向かっている最中の出来事だった。

 子供は譲のおかげでほとんど無傷であり、異常の原因は現場に到着した黒木の手によって適切に処理された。



 だが譲自身は。


 

 一通り話を終え縁に視線を向ける。

 縁は静かに泣いていた。


「なんで譲くんなの……」


 結は言葉に詰まるが、話さないといけない事はまだある。


「悟くんが見たところ譲くん、ね。最初は両親のところに行ったんだって。急な事だったから自分が死んでしまった事に気づいてなくて。譲くんの両親は姿が見えないから、喧嘩が継続してるって都合のいいように勘違いしちゃって。両親の暗い雰囲気も相まって……今度は縁ちゃんの前に現れた」


 幽霊は自分の都合の良いように物事を捉える傾向がある。

 いずれ誰にも相手にされず、自身の死を自覚しあの世に旅立つ。

 そんな時、縁と再会してしまった。自分を認識できる存在に。


「譲くんは自分の死を自覚してしまった。もう時間はないんだよ。縁ちゃん」


「私のせいで譲くんは消えるの?」


 絶望した様子で縁は問い返す。


 ああだめだ。今の縁ちゃんに過去の自分を重ねてしまう。

 涙が流れる。知ったことか!  

 せめて後悔しないようにと思いを込めて縁に伝えた。


「違うっ。縁ちゃんに会えたから譲くんは最期の願いを叶える可能性をつかめた! 誰にも知られずに旅立つんじゃない! 自分の未練を少しでも晴らす機会を得た! そして……それは縁ちゃんと譲くんの両親にしかできないんだよっ」


 伝えたい事は伝えた。

 ゆっくりと顔を上げ縁を見つめる。





「結ちゃん私はどうしたらいいの?」


 縁ちゃんの目は真っ赤だ。

 だが瞳には何かを決意した光があった。


「今、悟くんが色々動いてくれてる。それに」


 視線を縁の後方に送る。


 縁は、背後を振り返る。


 すぐ後ろに、市松人形を抱えた座敷わらしが、所在なさげにたたずんでいた。



 -悟の視点-


 批難ひなんの視線は譲の両親と話し合いの最中からずっと感じていた。

 これを無視し、話をまとめ、譲の両親が準備を終えるのを待つため一端家から先に出て外で待つ。

 そこでようやく声を掛けた。


「良かったよ。まだ残っていてくれて」


「いつから倉木さんは僕の親友になったんですか?」


 今まで無視していた事もあり、ふてくされた様子の譲が答えた。


「悪いな。それに、そうでもしないと話も聞いてもらえないし……その様子じゃもう自覚したようだから、時間がないのは分かってるんだろ?」


「はい。でも、もういいんです。最後にゆかりとは話もできたし」


 諦めたように笑う譲の姿に悟は顔をしかめる。

 悟は見たから知っているのだ。譲の思いの深さを。


「諦められないからこそ、最後にまた親御さんの所に来たんだろ」


「じゃあどうしろっていうんですか。僕の両親には声も聞こえないし姿も見えないんですよ」


 悟は笑う。


「ああ。俺だけだったらこんな事はできなかったし、しなかっただろう」


 二人の顔が思い浮かぶ。


 縁と結。


 必ず最後このえんは結ばれる。

 その確信があった。もはや、この問題は譲だけの問題ではない。残される側の人達も、みんながとても深く譲の事を思っている。


 譲の両親が外に出てくる。

 たまらず、譲が声を掛けてきた。


「一体、何をするつもりですか?」


 二人に聞こえないように譲に向かって答える。


「決まってるだろ? お前の最期の未練を晴らしに行くんだよ」















































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