第9話 縁と譲

 そして次の日。


 結から粗方あらかたの事情を聞いた俺は、休日にも関わらず珍しく早起きして彼女達を迎え入れる準備をしていた。


(縁、か)


 力になりたいと言ってくれた、彼女の事を思い浮かべる。自分には何もできないと言いながら、あえて心をさらす事で思いを伝えてくれたとても強い人。


(難儀な事だ。本当に)


 重くなりそうな気分のまま、普段はあまりやらない部屋の掃除を行う。来客用の菓子を準備して、市松人形を配置することも忘れない。


(よし。準備は整ったかな)


 それから三十分程たった頃だろうか。

 インターホンがなり、今日訪れる予定の三人を出迎えに向かう。

 扉を開け確認すると、最近見慣れた二人に加え、二人と同世代であろう爽やかなイケメンの姿が目に入る。

 俺も身長はそこそこ高い方だが、同じくらいはありそうだ。

 人好きのする愛想のいい笑みを浮かべている事から、学校ではさぞかしモテているに違いない。


(この子が笹木 譲だな)


 三人の後方に目をやると、少し離れた所に体を半分だけ隠した、座敷わらしの姿も確認できた。


(座敷わらしはついてきている、と)


 そんな事を確認している内に先方から声がかかる。くだんの笹木 譲だ。


「はじめまして。えーと、ゆかりと結さんの紹介で伺いました。笹木 譲です。こんな朝早くに、僕の都合でお時間をとっていただき本当にありがとうございます」


「倉木 悟だ。まぁなんだ。立ち話もあれだからとりあえず中に入ってくれ」


 三人を室内に招き入れる。

 縁に譲の案内を任せ、不安そうな表情をした結と視線を交わす。


(分かってるさ)


 一度結に対して頷きそして、先導する二人に気づかれないように右目を開けた。



(ーーーーああ。畜生)



 この子。いや。譲くんは……


「結。すまん、少しトイレに行ってくる。その間、縁と譲くんと仲良くしてやってくれ」


 何か言いたそうな表情をしていた結だったが、黙って頷き素直に二人の後に続いた。


 覚の右目は全てを見透かす。例え本人自身が気づいていないような、深層心理でさえも。


 少し気持ちを整え部屋に戻ってみれば、楽しそうな笑い声が聞こえた。


「え! 嘘でしょ。譲くんカッコいいから絶対彼女いると思ってた」


「いやいやいや。そんな事ないですよ。モテないですって」


 どうやら結は上手い事やってくれているようだ。

 俺に気づいた縁から声が掛かる。


「悟さん? 大丈夫ですか?」


「ああ。なんでもないよ。それより譲くんの話をしよう。譲くんもそこに居る座敷わらしが見えたんだって?」


 座敷わらしを見ながら問いかける。

 少し戸惑いながら譲くんは返事を返した。


「はい。それと夜とか窓に人影がみえたり。あの、その子ほどはっきり見える訳じゃないんですけど」


「そっか。具体的に自覚したのはいつからか分かるかな?」


 少し悩む素振りを見せた後、譲くんは答えた。


「えっと。正確な事は何とも。大体一ヶ月半くらい前だと思うんですが」


「……」


 マズい。思っていたより猶予がなさそうだ。

 表情に出てしまわないように、何とか取りつくろいながら声を出す。


「わかった。すぐには分からないから少し調べてみるよ。明日には分かると思う」


「えっ! まだほとんど何も話してないんですけど。こんなので大丈夫なんですか?」


 驚いた様子で譲くんがこちらに尋ねた。この家に来てから彼が行った事は、ほとんど結たちと雑談していただけで、俺からの質問はこれだけである。当然の疑問だろう。


 (でも、時間がないんだよ)


 ただを知りたかっただけだ。事情はほとんど見てしまっている。

 それを本人に言う訳にはいかないが。

 とにかく、すぐに動かないと間に合わなくなる。


 適当にそれっぽい事を言い、誤魔化しながら何とか話題を切り上げる。

 こういう時は話題を変えてやればいい。


「縁とは幼馴染なんだろう? 久しぶりにデートでもしてくるといい」


「そ、そんなんじゃないです! 違いますからね!? 譲くんとは兄妹みたいなもので」


 慌てた様子で否定する縁を、譲くんは少し寂しそうに笑いながら見つめていた。


 少し雑談した後、三人を玄関まで見送る。

 その際、結に声を掛けた。


「悪いが結には手伝ってもらいたい事がある。協力してくれるな?」

 

 返事はわかっていたが念のため確認をとる。


「もちろん。当然じゃん。ってことだから2人ともまたねっ」


 示し合わせたような俺たちの態度に、二人は少し首をかしげていたが素直に従い、お礼を言ってげその場を後にした。




 ー縁の視点ー


「これからどうする?」


 譲くんから声をかけられる。

 思った以上に用事が早く済んでしまった。

 前回の反省を踏まえ、早い時間に伺ったのが裏目に出た形だ。

 まだ午前中である。

 悟さんが言っていたような、改まってデートをする間柄でもない。


「せっかくだから、おじさんとおばさんに挨拶しようかな? また近くに越してきたんでしょ?」


 そう言ってみれば、譲くんはなんだか罰の悪そうな顔しながら言葉を返す。


「いや。それはちょっと」


 ? とても家族仲は良かったはずだ。

 私も凄く良くしてもらった記憶がある。

 何かあったのだろうか?


「何かあったの?」


 思いがそのまま口をついて出る。

 譲くんはとても恥ずかしい事を話すように決まり悪そうに答える。


「参ったな。実は……」


 どうやら両親と喧嘩しているらしい。

 きっかけは理由を思い出せなくなるほど些細ささいな事だったようだ。

 ただ、問題はその期間だ。

 謝る機会を逸して一ヶ月以上も口を聞けていないとのこと。


「もう。子供じゃないんだから。ダメだよ早く仲直りしなきゃ」


「いや。うん。分かってはいるんだ。どうしても言葉が出ないっていうか……なんか変なんだよね」


 本人も何故こんなに拗れているのか、と恥ずかしそうに頭をかいた。

 しかし、この様子であれば私が出しゃばるまでもなく近いうちに解決するだろう。

 あまり深く考える事もなく別の提案を告げた。


「じゃあ。ウチ来る? 譲くんだったら知らない中じゃないし皆、歓迎するよ。妹たちも懐いてたし喜ぶんじゃないかな」




 あれからトントン拍子で話が進み、今は私の家の前。

 道中、思い出話に花を咲かせているうちにあっという間に目的地に到着した。

 実は悟さんの家からあまり離れていないというのもある。


「ただいま」

「お邪魔します」


 残念ながらお父さんと妹達は外出中のようだ。

 車と靴がないことから買い物にでも出掛けたのだろう。


「縁? 帰ってきたの?」


 留守番をしていたお母さんが出迎えてくれた。

 驚くだろうなと笑みを溢しながら譲くんを紹介する。


「お母さん。お母さん。ほらっ! 譲くん。懐かしいでしょ? 昨日ばったり会っちゃって連れてきちゃった。最近またこの辺に戻ってきたんだって」


 譲くんに目を向ける。


「譲です。ご無沙汰してます。お元気そうで安心しました。お土産とか用意できれば良かったのですが、気が利かずにすいません」













 ………………? どうしたんだろう?



 お母さんからの反応がない。奇妙な沈黙がこの場を支配している。不思議に思い、お母さんに向きなおる。


 お母さんは愕然がくぜんとして私を凝視している。


 まるで、大地にうちあげられた魚みたいに、パクパクと口を開けては閉じてを幾回か繰り返している。

 驚きのあまり、自身の声も出ていない事に気づいていないようだ。


「ど、どうしたの?」


 尋常な様子ではない母親の様子に、驚きながらたずねた。


「譲くんを連れてきたって………………一体何を言ってるの?」


「え? そのままの意味だけど。いくらなんでも覚えてるでしょ? 笹木 譲くん。ほらっ! 前までお隣さんだった。お母さん何か変だよ」


 お互い静かに見つめあう。

 譲くんも、あまりなやり取りに口を挟めず、困惑しながらこちらの様子を伺っている。



 少し間が空いた後、お母さんは呼吸を落ち着かせるように、一度大きく息を吸って言葉と共にはき出した。


「……黙ってたのは悪かったわ。あなたもやっと怪我が直ったばかりで精神的に不安定だったじゃない?  だからお父さんと相談して、少しの間は内緒にしておこうって。だからってこんな悪戯は流石に度が過ぎてる。悪趣味よ」


「一体なんの話をしているの?」


 訳が……分からない。致命的なところで、話がまったく噛み合っていない。

 近い恐怖を、私は……知っている。ほんの少し前まで、自身の身に降りかかっていた出来事。結ちゃんと悟さんに相談するまでの間、理解してもらえず一人で全てを抱え、絶望していた孤独な頃によく似ている。



「こんな意趣返しあなたらしくないわよ? やっぱり一度、病院の先生に診てもらいましょう?」


だからこそ、それに抗うように意を決してお母さんと向き合う。その行きつく先が例え、自身の望まない結末であったとしても、もう一人の家族のような譲くんに、同じ思いはさせたくないという一心で。


「だからっ! 何の事を言ってるのっ!」












「何って。譲くんは、ちょっと前に事故で亡くなったじゃない」


 「それを黙ってたから怒ってこんな事をしたんでしょ」とお母さんは続けた。




 今、私はなにを言われた?


 よく知っている単語が、とてもおかしな場面で飛び出してきた。


 何も考えられない。


 お母さんは頭がおかしくなってしまったのだろうか。


 だってそこに譲くんはいるのに。


 譲くんに助けを求めるように視線を移す。




 顔面蒼白になった、笹木 譲がそこにいた。



 顔がまるで本当に死人のようで、咄嗟とっさに言葉が出ない。

 彼にとっての致命的な事実を、偶然突きつけられて、それを思い出してしまった表情。

 その顔を青くしながら、残酷な事実に体を震わせながらも、どこか深く納得し諦めた笑みを浮かべ、独りごとを話すように譲は呟いた。


「----ああ。そうだった。全部思い出した。僕、死んでるんだった」


「--」


 お母さんが心配そうに何か言っているが、全く頭に入ってこない。そんな余裕は、私には残っていなかった。


 あきっぱなしの玄関から急に譲が飛び出す。


「譲くんっ!」


 追いかけないと!

 ただそれだけを意識して、母親の制止を無視して家を飛び出す。


 家から出た直後、その場にいるはずのない人が目の前に立っていた。


 夏木 結。悟さんの家で別れたその人である。


「結ちゃん! 譲くんどっちに行ったかわかる!?」


「あたしは見てないよ」


 そんなはずはない!

 家の前で待ち構えるように結ちゃんは立っていた。


「嘘っ! ここにいたら絶対に見てるはずだよ!」


「本当に見てない。っていうか最初から見えなかったんだって」



 何を言ってるの?


 結ちゃんは言葉を続ける。


「初めに縁ちゃんに紹介された時はびっくりしたよ。誰もいないのに、まるでソコに誰かがいるように話始めたんだから」


 言葉は分かる。しかし、内容が頭に入ってこない。脳が理解を拒んでいる。それでも、気にせずに結ちゃんは続ける。


「亡くなった人でたまにいるんだって。現世に留まってしまう人。自分が死んだ事に気づいてない人。亡くなってから四十九日に近づけば近づくほど自分の存在が希薄になって。そして……。本当にごめん。最初から見えてなかった。話を合わせてただけだった。……実は、私も縁ちゃんと似たような経験した事あるの。だから今回ピンときた」


 いや、おかしい。

 そんなのおかしいよ。


 だって、悟さんの家で普通に話を…………。ああ。



『そもそも冬木さんはともかく、お前には見えていないだろう?』

『んー。お市さんが近くにいると見えちゃうんだよね』

『マジで呪いの人形かよ……』


 以前の悟さんと結ちゃんの何気ない会話。


 見えてしまう私にはあまり関係なく、故に今の今まで忘れていた会話を思い出してしまった時、私は信じられないような出来事が立て続けに起こってしまったショックで、その場にへたり込んでしまった。

























 -悟の視点-


 結には悪い事を頼んでしまったな。

 俺は人間は基本的に見ないが怪異は見る。

 譲くんを事情は結に大方話したが、恐らく四十九日までもう時間がない。


 もう助ける事はできないが、彼の未練を少しでも解消してあげる力添えくらいはできるだろう。


 まだ現世に留まっているこの僅かな時間に。


 携帯を取り出し電話をかける。


 さぁ。同僚の尻拭いをはじめよう。


「黒木か? この前、飲みに行った時に話していた犠牲者 笹木 譲について知っている事全て教えろ」














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