笹木 譲
第8話 譲
自身の行動とその結末について後悔はない。断言できる。胸を張れる。
ただ、その結果が周りにどのような影響を与えるか、少しは考えるべきだったかもしれない。
時間の猶予がなかった。
あれしか方法はなかった。
他に取れる手はなかった。
だがあの時ああしていなければ、きっと僕は永遠に後悔する事になっていただろう。
だから、どうか泣かないで。
悲しまないで。胸を張って、前を見て。
だけど、言葉は届かない。
ああ、唯一の心残りがあるとすれば……それは。
あれから更に一ヶ月と少し、季節はついに夏本番。
学生達も夏休みが近づき浮き足立ち、それを横目に俺は景気の悪いため息をついた。
現在は夕刻。
無事依頼を終え、所長に報告を行い帰宅の途についている。
例によって本日は金曜日。
普通の土日休みの社会人であればもう少しマシな顔をしているだろう。
(明日から学生も連休って事だよな)
俺にとって土日も平日も依頼があれば関係ないが、この土日は休める予定となっていた。
自宅マンションが見えてくる。
何かを考えてしまえば、その想像している通りの事が起きる予感があり無心で足を動かす。
祈るようにドアを開け独り小さく呟いた。
「ただいま」
「あ。今日は早いじゃん」
「お疲れ様です! お邪魔しています」
合鍵を使い、勝手に侵入し我がもの顔でくつろぐ結と、市松人形を使い座敷わらしと遊んでいる縁の姿が目に飛び込んでくる。
そう。あの事件が解決した後の話である。
結と縁は意気投合したのか、学校やプライベートでも以前よりも行動を共にする事が多くなったようだ。
それ自体は良い。仲が良いのは結構な事である。
問題は、人の家に入り浸る頻度が以前よりも増したこと。
(また見知らぬ物が増えている……)
自宅が知らぬ内にどんどん占拠されていくようで、軽く恐怖を感じる。
この二人には人間不信の俺を理解しようとしてくれた恩がある。
悪気もないようなのでズルズルとそのままにしていた結果、このような惨状になってしまったというわけだ。
再びため息をつき、時計を確認する。
時刻は十八時を回ろうとしていた。
「今日のところは帰れ。最近入り浸り過ぎだぞ。今は明るいがもう少ししたら日が暮れる」
「えー。やっと悟くん帰ってきたトコじゃん。この前のゲームの続きしよ? めっちゃ盛り上がったでしょ?」
不満気な様子で結が答える。
反射的に皮肉な言葉が出た。
「勘弁してくれ。ゲームなら彼氏でも作って好きなだけやってくれ。疲れてるんだよ」
「うわっ。悟くんマジでデリカシーない! ない! ないわー」
口論に発展しかけたその時、唯一の良心である縁が割って入る。
「結ちゃん、流石に悪いよ。もう遅いのも事実だし。悟さんお邪魔しました。また今度遊びに来ますね」
大人な発言に毒気を抜かれ、俺は続けようと思っていた言葉を引っ込めた。
なぜこんなに良い子がわがままな結と仲がいいのだろう?
(ああ。三姉妹の長女って言ってたっけ。末っ子気質で傍若無人な結と相性が良いのかもな)
未だに不満を零す結を引きずるように歩く背中に、そんな益体のない事を考えながら俺は二人を見送った。
-縁の視点-
悟さんの家を出て、結ちゃんと二人帰り道を歩く。
まだ悟さんに対しての不満があるのか結ちゃんの愚痴は続いている。
「せっかくさ、独り寂しい悟くんのために遊びに行ってあげてるのにさぁ」
「しょうがないよ。お仕事大変だってよく言ってるし」
あの日無事悟さんと向き合うことができた日から、時間ができれば結ちゃんと二人で悟さんの家にお邪魔する事が多くなった。
悟さんのお仕事の話や私の遭遇した怪異、妖怪や幽霊について話も色々聞いている。
(まさか、この子とこんなに普通に接する事ができるようになるとは思わなかったな)
私の袖を掴みながら歩く座敷わらしに目を向ける。
何を考えているのか、不思議そうにこちらを見ている。
慣れるまではやはり恐ろしかったが、悟さんから話を聞けばこの子も立派な命の恩人だ。
見慣れればとても可愛らしいので、最近はついつい構ってしまい懐かれていた。
(残念ながらここじゃ結ちゃんには見えないようだけどね)
未だに文句を言ってる友人に苦笑し、座敷わらしを眺めていれば、聞き覚えのある随分と懐かしい声が聞こえてきた。
「ゆかり?」
「え?」
声がした方角に振り向くとそこには、数年前まで隣に住んでいた幼馴染み、
「ゆかりっ! 久しぶり! すごい偶然だね」
「譲くん!? どうしたのっ! こっちに来てたなら教えてくれてもいいのに」
挨拶を交わし近況を報告し合う。
(ああ。全然変わってない)
譲くんとは家が隣同士で年も近かった事もあり、実の兄妹のように仲良くしていた。
親同士も仲が良く実際、家族ぐるみで何度も行事を共にしている。
譲くんのお父さんの仕事の関係で引っ越す事となり、それを機に疎遠になっていたが、今日本当に偶然再会した。
「最近、またこっちに戻ってきたんだ。近々挨拶には行こうと思ってたんだけど、わりと疎遠になってたし照れくさくって」
「もう。そんな事気にしなくていいのに。うちのお父さんもお母さんも歓迎するよ。もちろん妹達も。あの子達は本当譲くんに懐いてたし」
話が弾む。
そこへ、なぜか訝しげにこちらをみていた結ちゃんから声がかかる。
「あのぉ。縁ちゃん? いきなりどうしたの?」
「ごめんなさいっ! つい懐かしくって! 紹介するね。こちら幼馴染みの笹木 譲くん」
放置してしまっていた結ちゃんに慌てて簡単に紹介を済ませた。
譲くんからも補足が入る。
「ゆかりの友達? 初めまして。笹木 譲です。ゆかりとは以前まで家が近所で、その付き合いで腐れ縁みたいな関係です。最近こちらに戻ってきたばかりで。ゆかりの友達なら今後会う機会もあるだろうから以後宜しくお願いします」
「……」
どうしたんだろう?
(今まで人見知りとは無縁だと思っていたけど、知らない男の人は苦手だったりするのかな?)
結ちゃんは困ったように笑いながらこちらを見ている。
「結ちゃん?」
「えっ? あ! ごめんね!? 夏木 結でっす! JKです! 縁ちゃんの友達してます! よろしくっ!」
良かった。
少しおかしな気がしたけどいつも通りの反応な気がする。
譲くんが笑いながら続けた。
「元気な人だね。よかったらそちらの小さい子も紹介してもらえるかな?」
「え?」
譲くんが笑いながら座敷わらしを見ている。
この子は人見知りだ。その視線から逃れるように私の陰に隠れようとする。
「譲くんこの子が見えるの!?」
「え!? どういう事」
悟さん曰く怪異が見える人は二つに分かれる。
先天性か後天性か。前者なら問題ない。後者なら何か憑かれている事を意味する。
簡単に譲くんに説明するが、悪い予感が当たる。
「そうだったんだ……実は一ヶ月と少しばかり前からかな。僕も変な物が見えるようになって困ってたんだ。見間違いかと思っていたんだけど」
「そんなっ!」
自身がが巻き込まれた騒動が頭を過る。
あんな経験、譲くんにはさせたくない。
「そうだ! 悟さん! 悟さんに相談しよう。きっと何とかしてくれる。そうだよね? 結ちゃん!?」
「……うん。そうだね。そうするべきだよ」
思い詰めた表情で同意してくれる結ちゃんに、背を押され事情を譲くんに話す。
時計を確認すれば時刻は十九時を回る所だった。
残念ながら今日はどうしても外せない用事があるようで、明日の朝一に悟さんに相談しに伺うという事で話はまとまり、譲くんとはその場で別れた。
すぐに結ちゃんから声がかかる。
「ごめん。縁ちゃん、あたし、明日の朝に悟くんに皆で行くって電話してから行くから今日はこの辺で。ね」
事情もある程度話しておいてくれるそうだ。
少し動転している私にとって、とてもありがたい申し出である。
お礼を言い座敷わらしと並んで歩き出す。
(きっと大丈夫だよね?)
不安そうにこちらを見上げる座敷わらしと目が合う。自身の中に生まれた言い知れない不安を
-結の視点-
『あ。悟くん? さっきはごめんね』
『うん。うん』
『たぶん……そう。もう手遅れだけど、あたし達はできる事をやらないとね』
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