第7話 悟ると縁
あの後、冬木さんはしばらくの間泣き続けた。
落ち着くのを待ってから、足を怪我しているようなので恥ずかしがって遠慮する冬木さんを背負って下山する。
(どうやら思ったよりも元気がありそうだ)
車に乗り込み近場の病院を探すが見当たらない。
結局、緊急性のある怪我も見当たらないため冬木さんと相談した結果、かかりつけ医のいる地元まで戻って病院を受診するという事で話がまとまった。
現在は高速道路に乗り込み、冬木さんは親御さんに連絡中である。
そのまま正直に両親へ説明しても頭の具合を疑われそうなので、その辺りは冬木さんと相談して、ある程度話は創作してある。
(まぁ、それでもかなり叱られている様子だが)
後部座席から聞こえてくる、平謝りする冬木さんの声を聞きながら車を運転する。
(はぁ。話さない訳にもいかないだろうな)
冬木さんの電話が一段落したのを見計らって声をかける。
ミラー越しに目が合った。
そして俺が知る情報の全てを冬木さんに話した。
すべてである。
山姥に憑かれていたこと。座敷わらしの事。これまでの経緯と、この事件は解決したであろう事。最後に……俺の右目の事。
『気持ち悪い』
過去に親しくしていた人に、自身の右目について告白した時の記憶が一瞬よぎる。
なるべく感情が入らないように、そして冬木さんの表情が目に入らないように淡々と、事務的な声で前方に視線を向けたまま話を終えた。
病院に着くまでの間、後方確認のため視線をミラーに送れば、何かに深く納得したような表情をした冬木さんが目に入った。
「本当にありがとうございました!」
病院に着いた後、冬木さんは俺に深々と頭を下げそう告げた。
正直、また何か言われる事を覚悟していた俺は少し拍子抜けである。
(というか、この子ちゃんと俺の話を聞いていたのだろうか?)
ふと右目で確認したくなる衝動に駆られるが我慢して別れを告げる。
この後、冬木さんの両親が仕事を切り上げ病院に訪れる予定になっている。
その場に俺がいれば話が
「いや、間に合わなくて怪我させちゃったしね。さっきも話した通り、座敷わらしはまだ冬木さんに憑いてる。良い子だけど子供の妖怪だし、それで何か困った事があれば相談してよ」
言いながら背を向ける。多分会うこともないだろう。
「私は貴方に救われました。治ったら必ずお礼に伺います」
それから一ヶ月がたった。
気温も段々暑くなってきており、いよいよ夏が始まるそんな季節である。
日々、小まめに顔を出す結から冬木さんの情報は聞いていた。
足の怪我は
まさに不幸中の幸いというヤツだろう。
捻挫はギプスをつけるなど少し程度は重かったようだが、それも昨日外す事ができ無事全快したと嬉しそうに結が報告してくれた。
結からは『冬木さんが会いたがっている』と何度か報告を受けていたが、俺自身過去の光景が
「最低だ」
そんなチキンな俺はというと、子供たちが楽しそうに大きな声で今日の予定を相談している姿を横目に見て、ボソリと
俗に言う、二日酔いというやつだ。
昨日、珍しく同僚の黒木が荒れていた。なるべく関わり合いにならぬようにしていたのだが、帰り際に「付き合え」とひとこと。飲みながら話を聞いてみれば、仕事の最中に犠牲者が出てしまったようなのだ。
黒木に落ち度は無く、問題となった怪異は始末できたようだが……こういう仕事だ。こればかりはどうしようもない話でもある。犠牲者はまだ若かったという事もあり、黒木の奴は荒れに荒れていた。結局朝まで付き合う事となりこの有様である。
「この体調で、か。はぁ」
つい独り言が口からもれる。
そう。今日は結の奴との埋め合わせの日。
冬木さんのお見舞いで延期に延期が重なった結果の今日である。
(奢りはいいんだけど、別の日には……してくれないだろうな)
俺にも幸運の座敷わらしが憑いてくれないだろうかと、とりとめの無い事を考えながらようやく自宅であるマンションに辿り着く。
玄関のドアを開けようとすると、なぜだろう? 中から話し声が聞こえてくる。
(また結の奴が勝手に入ってるのか)
ため息をつきながらドアを開ける。
「縁ちゃん飾り付け終わった?」
「ちょ、ちょっと待って。お市さんとこの子が」
「一体何をやってるんだ?」
呆然としながら思っていた事をそのまま口から出す。
室内は酷い状況だ。
何やら盛大なお誕生日会でも行われるような感じである。キッチンも作りかけの料理や材料で目も当てられない惨状だ。
「あ。悟くんただいま。ピザも取っといたから。支払いよろしく!」
「さ、悟さん! お邪魔してます!」
「……」
料理を運んでいる結。飾り付けらしき物を手に持ってこちらを見る冬木さん。その足下で市松人形を振り回している座敷わらし。
それを
「お市さんってピザ食べられないよね? 一応四人前頼んだから」
結、冬木さん、俺……座敷わらしで四人分って事か?
「そもそも冬木さんはともかく、お前には見えていないだろう?」
他に言うべき事はいくらでもあったが反射的に答える。
幽霊、怪異は先天的に見える人もいれば、後天的に見えるようになる人もいる。
俺は前者で、冬木さんは後者だ。
後者のケースは、何かに憑かれている時に限定的に見えるようになるというモノだ。
山姥と最初に接触できたのも座敷わらしが既に憑いていたためだ。
幸運の
しかし、昔はまだしも今、結には何も憑いていないはずだ。
「んー。お市さんが近くにいると見えちゃうんだよね」
「マジで呪いの人形かよ……」
近くにあると取り憑かれた状態になるという事だろうか?
呟きを拾われたのだろう。お市さんから右目に抗議の意志を感じる。
そんなくだらないやり取りに痺れを切らした冬木さんから声が掛かった。
「悟さん」
「あ、ああ。冬木さん久しぶり。結から話は聞いてるよ。治って良かったね」
後ろめたさも多少あり、返答が少しぎこちなくなってしまう。何かと理由をつけて避けてしまった負い目があった。
「ありがとうございます」とお礼の後に冬木さんは言葉を続ける。
「結ちゃんに私がお願いしたんです。悟さんにどうしても伝えておきたい事があって」
「悟くん逃げちゃうからねっ。こうして縁ちゃんの復活祝いの場を設けてみました!」
(余計な事を)
内心毒づきながら、何とか話が変な方向に行かないように頭を回転させる。
だが、この場は冬木さんの方が何枚も上手だったようだ。
「どう伝えれば一番私の思いが伝わるか、ずっと考えていました」
……やめてくれ。聞きたくない。
『気持ち悪い』
思い出さないようにしていた過去の記憶がよみがえる。
「そうしたら、やっぱりこれが1番伝わるかなって。そう思って」
もういいじゃないか。事件は解決した。
冬木さんは無事普段の生活に戻りそれで終わり。それが1番俺にとって都合がいい……
その瞬間
右目に鋭い痛み。
咄嗟に右目を開け原因を探る。
市松人形を抱えている冬木さんが、微笑んでこちらを見ている。
その姿を右目で捉えてしまった。
ああ。やられた。
全て仕込みだ。
彼女は結から事情も全て聞いている。ソレが見える。
微笑みながら冬木さんが続ける。
「私は貴方に二度救われました。今度は私が貴方の力になりたいです」
心を読まれる恐怖もあるのだろう。
現にそういう感情も見えている。
だが、それを塗りつぶすように。
「貴方が何かに悲しんでいる事が分かります。絶望していることが分かります。年齢も下でまだ学生です。できる事も私に何ができるか全く想像がつきません」
純粋に。
実直に。
ただ、ただ真っ直ぐに。
「こんな私ですが、貴方の悩みを共有できる友達になれませんか?」
悟は人間が苦手だ。
過去の出来事が邪魔をして、深い付き合いのできる交友関係は著しく狭い。
逃げ場を探し周囲を見渡す。
ニヤニヤしている結と、ニコニコしている座敷わらし、表情を変えない市松人形が目に入った。
観念して、照れ隠しのため息をつきながら冬木さんに向き直る。
彼女は未だに真っ直ぐ悟を見つめていた。
「よろしく。縁」
こうして悟の数少ない理解者の中にまた一人、奇妙な
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