第2話 悟ると市松人形

 -結の視点-


「じゃあね」

「今度一緒にネイルやろうねー」

「また明日」


 今日は月曜日。仲の良い友達と駅で別れ帰路につく。


(結局、悟くんから連絡なかったなー)


 あの後、昨日の夜に次の日曜日のお店を催促するためメッセージアプリで連絡したが、既読がつく事は無かった。


(悟くんの事だから大丈夫だろうけど、何の連絡も無いと心配っちゃ心配だよね)


 仕事の内容もおおよそ知っているだけに、どうしても不安なのだ。


(ああもう。今日も家にいっちゃおうかなぁ)


 そんな事を考えながら帰り道を歩いていると、見知った顔が目に入った。

 同じクラスの冬木ふゆき ゆかりちゃんだ。

 黒髪ショートのストレートボブでかわいい子だから印象に残っている。

 あたしが仲良くしてるグループとは違うグループで行動しているため、特別仲が良いわけではないが、会ったら普通に話しもするし、挨拶もする。


 実は最近気になっていたのだ。

 前までは結構良く笑う子だったし、騒がしい方ではないが暗い子でもない。

 かわいいからクラスでも人気があったのに、最近はよく一人でいるところを見かける。


(男子の目はだませても、あたしの目は騙せないよ!)


 同じクラスの子が何かに悩んでいるのだ。見過ごせない。


「縁ちゃん!」


「え? 結ちゃん?」


 驚いた様子で顔をあげる。


「よければ一緒に帰らない?」


「うん。いいけど……」


 元気がない。

 近くでみれば、化粧で上手く隠している様だが目の下にクマの痕跡こんせきがある。

 やはり放ってはおけない。


「何か最近元気ないみたいだけど、どったの?」


「……」


「あたしで良いなら相談乗るよ? もちろん無理にとは言わないけど」


「結ちゃん。こんな事相談しても、結ちゃん困っちゃうよ」


「そんな事、言ってもらわないと分からないよ」


「仲の良い友達に相談しても皆困ってたし……」


(どうしたんだろう? これが一人でいた理由かな?)


「一体どうしたの?」


「誰にも言わないでね?」


「うん」

(もちろん!)


「私、幽霊にかれてるみたいなの」



 -悟の視点-


「最低だ」


 電車から降り独り呟く。すれ違う人達がギョッとしながらこちらを二度見する。

 当然だ。俺だって自身を客観視出来るのであれば同じ行動をとる自信がある。少なくとも関わり合いになりたいとは思わない。

 閉じた右目がチクチクと痛む。先程の独り言にお姫様が抗議しているようだ。


(ああ。めんどくさ)


 現在、俺はむき出しになった市松人形をお姫様だっこしながら帰路についている。

 確かに人形というのは所長から聞いていた。荒事にもならなかった。

 ここまでは良い。だがこの人形の元の持ち主がギリギリと言っていた状況を深く考えるべきだった。

 見るからに限界な依頼人に会うなりくらに案内され、その蔵で一晩中人形の相手をする羽目になった。

 無事解決のきざしが見えはじめてきた頃、日はすっかり昇っており精魂せいこん尽き果てそうな俺が蔵から出て、脅威は無くなったと状況を説明したところ依頼人からは泣かれてしまう。


「金はいくらでも出すから引き取ってくれ!」


「えぇ……」


 嫌な予感がしながらも電話で所長にも経緯を報告した所、なんやかんやあり無事、俺が引き取る事になった。ふざけんな。

 ちなみにこの人形名前があるそうで、お市さんというらしい。極めてどうでもいいが。


 残念ながら、その経緯けいいをお市さんにも説明しながらの帰宅と相成った。無視していると閉じている右目が痛むのだ。

 電車に乗っている間は地獄だった。周囲の白い目と人形に話しかける俺。

 ふと顔を上げれば俺と目が合った人がすぐに目を逸らしていく。たまにスマホを向けられているような気配も感じたが、もう注意する気力もなかった。


(端から見れば完全にヤバイ奴だしなぁ)


 しょうがない事でもある。

 お市さんはご機嫌である。一晩中相手をしてあげた事と、お姫様扱いが良かったようだ。どうやら気に入られたらしい。


(買い物袋に入れて持ち帰ろうとしたら右目に激痛が走るし、半ば脅迫きょうはくだよ)


 どこかに捨ててやろうかと不穏な事を考えながら、されど実行する勇気も湧かず、ついに自宅のマンションが見えてきた。


 「ただいま」


 無意識に声を出し、玄関をくぐる。

 すぐにベッドに倒れ込みたい衝動を懸命けんめいにこらえ、お市さんを椅子の上に丁寧に配置した。

 右目を開けお市さんのを取った後、まずはシャワーを浴び身を綺麗にする。

 風呂からでれば、猛烈な空腹に襲われた。


(何も食べて無いし当然か)


 まさか人形同伴で飲食店に入る勇気も無い。確か、買い置きしていたカップ麺があったはずだ。それで済ませてしまおう。

 眠気は依然としてあるが、何か入れておかないと体力も回復しない。

 お湯を入れて少ししたところで、インターホンが鳴る。

 時計を見れば十七時三十分を回ったところ。


「無視だ。無視」


(疲れてんだ。分かってくれ……)


 祈るようにカップ麺を見つめていたが、無情にも玄関のカギが開けられる音がする。玄関の方から話し声が聞こえてきた。


「何だ。悟くん、帰ってきてんじゃん」

「お、おじゃましまーす」


「やっぱりインターホン押しても居留守するし、押す意味ないね!」


「勝手に入って大丈夫なの?」


「大丈夫。大丈夫。あたしの家みたいな物だから」


(あのやろう)


 好き勝手言いながら二人分の足音が近づいてくる。

 死んだような顔を上げ左目で確認すれば、一人はよく見知った顔でもう一人は全く知らない少女だった。

 年頃は結と同年代だろう。

 知らない間この部屋は女子高生たちのたまり場になってしまったのだろうか? 勘弁してほしい。

 結は平然としているが、もう一人の子は少し驚いた顔でこちらを見ていた。


(いい大人が市松人形と向かい合わせで食事をしているんだ。そりゃ驚くわ)


 内心やけくそになりながら、結達を無視して食事を始める。

 空腹で食べるカップ麺は涙が出るほど美味しかった。涙が出てきた原因は他にもありそうだったが。


「悟くん? カップ麺食べて泣いてるの? 今度何か作ってあげようか?」


 余計なお世話である。


「結ちゃん」


「あ。ごめんね。悟くんこの子は友達の縁ちゃんだよ」


「初めまして。冬木ふゆき ゆかりです。この度は相談があってお伺いしました」


 随分と礼儀正しい子である。

 一度食事を中断し向き直った。


「どうも。そこの結の従兄の倉木 悟です。相談とは?」


 結がいきなり友達を連れてくるのは初めてである。凄く嫌な予感がする。


「縁ちゃん、幽霊が見えて困ってるんだって! そういうの一番詳しいでしょ? 助けてあげて!」


「断る」


 反射的に断ってしまう。


 一体何を言い出すんだコイツ。慈善じぜん事業でそんなことをやってるんじゃないぞ。そもそも、俺が人間を事は知ってるだろうに。


「結ちゃん。やっぱり悪いって……」


「悟くんのケチ。本当に縁ちゃんは困ってるの。多分、前のあたしの時と同じ」


(…………)


「それに昨日の朝、何でも一つお願い聞いてくれるって言ったよね?」


「いや、それを持ち出されると困るな」


(本当にどうすんだ? これ)


 「痛ッ」


 その時閉じた右目に鋭い痛みが走った。

 慌てて正面に向き直り、右目でお市さんを見つめる。


「悟くん!」

「あの! 大丈夫ですか?」

 

 二人には応えず、そちらには顔を向けないままお市さんがくれた方角、カーテンが開いているベランダを右目で凝視する。

 

 そこには、おかっぱ頭の小袖こそでを着た小さい女の子がおり、とても嬉しそうに俺とお市さんを見つめていた。




 














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