後編

 2人の魔女とカボチャ頭の男性がやってきたのは、街から少し離れた位置に建つ

荒廃した聖堂であった。


「……随分とそれらしい場所が見つかったね」

「ええ、ここなら人目には付かないでしょう」

 そう言いながら中の様子を見回す2人に対し、男性は問い掛ける。


「街ではおまじないと言っていたが……一体何を始めるんだ?」

「故郷で『鎮魂の歌』と呼ばれている歌を歌います」

「歌……?」


 予想とは違ったアズリッテの答えに男性が驚いていると、その横にいた

マリーチルが口を開く。

「さっきも言った通り、実際に効果があるのか分からないけど

まぁ聴いててよ」


「それと、 最後に何かやりたい事とか無い? ケーキが食べたいとか、クッキーが

食べたいとか……」

(それって、マリーちゃんが食べたいものかな……?)


「気遣いに感謝するよ、しかしこの世界ではもう十分な時間を過ごしたから

大丈夫さ」

「そう……じゃあ折角だから聞かせて、なんで頭がカボチャなの?」

「自分でも分からない、思い当たる節と言えば私の好物がカボチャだった事だが

何にせよ、首を刎ねられた私にとっては頭の代わりがあって好都合だったよ」


 マリーチルの言葉に穏やかな声で答える男性。

 彼は一呼吸置くと2人へ向き直り、再び口を開く。

 

「では、お願いしてもいいかい?」

「分かりました、それでは……」

 

 2人が男性の視界の先へ並ぶと、アズリッテは静かにマリーチルへと

問い掛ける。

「……マリーちゃん、いい?」

「うん! それじゃあ…… すぅ~……」

 

 次の瞬間、息の合った魔女たちの歌声が聖堂の中に響き渡る。

 そこに立つのは普段の陽気な雰囲気とは違い、凛とした表情で歌い続ける2人の

魔女と、その歌声に静かに聴き入る男性の姿だった。


 しばらくの時間が流れるとその歌声は止み、再び聖堂の中に静寂が訪れた。


「……ど、どう?」

「何か……変わりました……?」

 火照った顔のまま、困惑の表情で男性の姿を見つめる2人の魔女。

 そんな魔女たちに対し、男性は変わらず穏やかな声で口を開く。

 

「……素晴らしい歌だった、ありがとう」

 その瞬間、彼の身体が突然青い炎で燃え上がった。

 

「え!? え!? 何で燃えるの!? もしかして私の歌が下手だったから!?」

「生前にあれだけの事をした私だ、こうなるのは当然だよ」

 突然の事態に慌てるマリーチルに、男性はどこか満足そうな声で答えた。


「感謝する、こんな最低の男に手を差し伸べてくれた心優しき魔女たちよ」

「……!?」


  男性の言葉に、魔女たちは苦い表情を浮かべる。

「……やっぱり気付いていたんですね」

「さすがにこれだけの状況が揃えば愚かな私の頭でも気が付くさ、最期まで

気づかなかった事にしようと思ったが、嬉しさのあまり口を滑らしてしまった

まったく口の軽い男だ」


「その口の軽さで言いふらさないでよね」

「私には元より魔女への偏見は無い、それにこの姿では出来ないさ」


「しかし驚いた、まさかあの中に本物が混ざっていたとは」

「私達だって本物のカボチャ男がいて驚いたよ!」


 自身の状況に反して明るい声で話す男性。

 そんな男性にアズリッテは静かに声を掛ける。

 

「この状況で言うのは間違っているのかもしれませんが……さようなら

どうかお元気で……」

「ありがとう、君達も元気で……」


 そう呟いた男性の視界に映るのは、自身に向かって小さく手を振る

魔女マリーチルと目を瞑って祈る魔女アズリッテの姿。

 その光景を最期に、彼の身体は消滅した。


 しばらくは無言で彼の居た場所を見つめる2人だったが、その静寂を先に

破ったのはマリーチルであった。


「……この歌って本当に鎮魂の歌だったんだね、教わった時はただ聞いてて

眠くなるだけの歌だと思ったよ」

「うん……それをここで歌う日が来るなんてね」


「そうだマリーちゃん、さっき街で言おうとしてた気になることって何?」

「実は鏡を見てこの街の様子が映った時、少しだけ寒気みたいな……変な予感が

したんだけど、どうやらあの人が原因で間違いないね」

 そう言うとマリーチルは、晴れやかな声で言葉を続ける。


「という訳で私の気は済んだから帰え……いや、さっき街で美味しそうなケーキと

クッキーを見つけたから一旦街に戻って、それ買ってから帰ろう!」

(マリーちゃん、やっぱり食べたかったんだ……)


「……アズリー?」

 微笑するアズリッテを見て、マリーチルは不思議そうな表情で問い掛けた。

「いや、何でもない……それじゃあ行こうか!」

 2人の魔女は明るい表情で顔を合わせると、静かに聖堂から立ち去った。

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魔女と南瓜と鎮魂の歌 小本 由卯 @HalTea

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