第2話
「ほーん、株ねぇ・・・?」
深夜二時。窓から見える灯りは街灯だけで、まるでこの世界が俺だけしかいないかの様な錯覚に囚われる。
現在、俺がこうしてパソコンと向き合いながら探しているのは、自宅で出来る仕事だ。
モンスター達が地下のダンジョンから這い上がってくるのが、大体五時間間隔なので、出来るだけ外に出なくてもいい仕事をしてお金を稼ぎたい。
出来れば父と母に恩返しもしたいし、妹にも何か買ってあげたい。
そうして、俺が目をつけたのは株だ。何故株を選んだのかは長くなるので詳しい事は省くが、株というのは『お金を出して会社をつくり、その会社から株券を貰う。株は会社の権利であり、お金だけの有限な責任の事を言う』まぁつまり、お金を出せば、その分に比例して家にいながらにしてもお金を貰えるということだ。
まぁそのまえに、まず株を買わなければいけないし、会社が不況であれば貰える株券は少なくなる。
だから買う会社と時期を考える必要があるのだが・・・それ以前に、一つ重要な問題がある。
「株を買うお金すら俺にはない・・・」
お金を得るためにお金が必要になるとか理不尽すぎないか?
俺の財布の中には諭吉どころか、樋口一葉すらいないんだが・・・や、やはり俺はニートのまま親の脛を齧り続けねばならんのか?
───答えは否!
「ってことでダンジョン潜っか・・・」
ダンジョンの中で手に入る高そうな鉱石とか宝石を売れば、諭吉三人分くらい稼げるだろう・・・多分。
よし、そうと決まればダンジョンに行くか。
───☆
「となったら良いものの・・・やっぱ三年近く潜ってないとだけあって、地形が変わってんなぁ」
現在、ダンジョン1層。俺が潜った最深は27層のため、まだまだ全然といったところだ。
そしてこれは、この攻略ととても関係の深い話になってくるのだが・・・ダンジョンは日が経つ毎に変化していく。
まるで挑戦者の強さにあわせてくるように、難易度が変わっていくのだ。
勿論、難易度が変わるというのは難しくなっていくという認識であっている。挑戦者が強くなればなるほど、ダンジョンはそれに比例して手強く、そして難しくなっていく。
「お、いたいた」
昨日俺の部屋に上がり込み、妹に変態扱いされる要因となった無法者。そう、オークだ。
やつは俺にまだ気付いていないのか、フゴフゴと鼻を鳴らしたかと思うと、壁にモタりかかり眠ろうとしていた。
危機感ないなぁコイツ・・・。
まぁ、まだまだ上層の敵だからしょうがなくはあるが・・・にしても鼻ちょうちんまで作って眠りにつくか?
「・・・なんか俺が悪者みたいだが、まぁいい」
熟睡しているオークの頸動脈に、昔拾ったダンジョン産のナイフを突きつけ───切る。
瞬間、首から滝のようにあふれでた血液が袖を血に染める。
「や、やっぱりこの感覚は慣れる気がしないわ・・・」
初めてダンジョンに降りた時は、台所の包丁と、雑誌を腕と腹にパンパンに詰めてから挑戦した。
今はオークに殴られても傷一つつかないが、昔はゴブリンのこん棒の一撃でも瀕死になりかけていた・・・だからだろうな、初めて生き物を殺した時も気持ち悪くならなかったのは。
生きるのに必死で、モンスターがもし溢れ出たりしたら両親や幼かった妹まで死ぬと考えたら、自分の怪我なんてなりふり構ってられなかった。お陰で無職だが。
おまけに彼女も出来てないから、三十歳になったら剣士から魔法使いに転職すべきだろう。
───なんか自分で言ってて悲しくなってきた、これ以上自虐はやめよう。
それにまだ魔法は使えないから、俺にもきっとワンチャンスあるはずだ・・・あるよな?
「ゴブ!ゴブゴブブ!」
「ッ!?───うるせぇ!俺は今将来について真剣に考えてんだ!」
物陰から此方にこん棒を振り下ろし奇襲をしかてきたゴブリン。
咄嗟にゴブリンの間合いにはいり、こん棒をもっている手を掴み・・・そのまま投げ飛ばす。
技術もへったくれもない、ステータスに物を言わせた1本背負い。
しかし、それだけでも緑色の小鬼はダンジョンの床に叩き付けられ、ぐちゃぐちゃになった。
これが俗にいう俺TUEEEEってやつ?
いやいや、自分の家なのに五時間に一回モンスターが地下から這い上がって来ないなら素直に喜んでいたが、流石にデメリットがデカすぎる。
寝る時間にまで襲い掛かってくるモンスターを相手にしないといけないのは、誰だって嫌だ。というか誰が喜ぶんだよ。
「しっかし長いなぁ・・・お、もうそろそろで中ボスの登場か?」
ダンジョンは、1層の真ん中まで来たら中ボスをはさみ、終盤にその層を守るダンジョンキーパー(自己命名)というボスを倒さないといけない。
オークやゴブリン程度なら重火器は通じるだろうが、恐らく中ボスのオークジェネラル(仮称)には重火器が──いや、魔力の染みた攻撃じゃないと、ダメージを与えることは難しいだろう。
ソースは俺。流石に重火器は試していないが、台所の包丁で攻撃してもろくに効いていなかったし、痛がっている素振りも見せなかった。
ただ、オークがドロップした肉切り包丁を使うと、まるで効いていなかったのが嘘のように肉が切れたし、楽々に倒せたのだ。
だから、魔力の染みた武器、もしくは魔物からドロップした物ではないと攻撃が通じないと考えたのだ。
これが俺が警察や自衛隊に助けを求めなかった理由だ。
そもそも、ダンジョンは中ボスやダンジョンキーパーを除いてそこまで広くない。
横幅は精々大人五人が入れる程度だろう。それに、ダンジョンの動きはいまだにわからない。
大勢で攻略に向かったのにダンジョンが動き出して行方不明、みたいになったら寝付きが悪い。
「・・・と、独り言をしている内に着いた、か」
正に一寸先は闇、といった場所に鎮座する巨大な門。
ダンジョン後略したての時に、ゴブリンから手に入れた
ダンジョンの中に光源はないため、本当に最初の方は懐中電灯で辺りを照らしていた。
片手が塞がってめちゃくちゃ動きにくかったが。
と、軽く感傷に浸りつつも、その門を開ける。ゴゴゴと音をたてながら動く門。
「あぁ、この感じ懐かしい」
万を持して門の中に入る。
1層の中ボスは確かオークジェネラルのはず・・・まぁ、今ならそこまで警戒すべき相手ではない。
「ブモォォォォ!!!」
中ボス部屋の最奥に悠々と佇む、普通のオークよりもふた回りも大きいオークジェネラル。
ソイツが大声をあげ、俺の方に近寄って───ん?
「はぁぁぁぁ!くっ、君の相手はボクだぞ!」
───んん?
気のせいか?今、オークジェネラルの足元に女の子がいた気が・・・。
「ッ!?こ、この攻撃も効かないのか!」
・・・いや、間違いなく女の子だわ。というか絶賛戦闘中だわ。
あれ、これ俺助けないと不味くない?
女の子死んじゃうんじゃない?どうして俺以外に人間が、とか考えてる場合じゃなくない?
「ブモォォォォ!!!」
「うっ・・・」
と、未だに混乱している俺をよそに、女の子めかげてこん棒が振り下ろされようとしていた。
まるでスローモーションのように、時の流れが遅く感じる。
咄嗟に女の子目の前に飛び込んだ。
───瞬間、訪れる衝撃。まるで身を割られたかの様な錯覚に囚われるが、痛みはない。
「ブモォォ?」
目の前の人間が自慢のこん棒の一撃を受け止めた事に驚いているのか、首を傾けるオークジェネラル。
「へっ、こちとら伊達に十年近くここに潜ってねぇッよぉ!」
と、受け止めた体勢のままオークの脇腹に蹴りをいれて吹き飛ばす。
これが十層にいるオークキング《自己命名》とかなら、俺は受け止めきれずにぺしゃんこになっていただろう。
だが、俺だって青春の大半をこのダンジョンで過ごしていたのだ。
友達と遊びに行くと言って一人でダンジョンを攻略する時の悲壮感は凄かったが、それでも傷と泥だらけになりながらも一層ずつ攻略していったあの時の感覚は、今でも鈍っていない。
「き、君は・・・?冒険者か何かかい?」
「え?あ、いや───じ、自宅警備員です」
吹き飛ばされたオークジェネラルを見つめるさなか、少女が突如として話し掛けてきてきたので、流石に無職とは言えずにそう答えてしまった。
ま、まぁ?間違ってはいないし?
・・・俺のちっぽけな見栄なんだ、許してほしい。
「自宅・・・警備員?な、なんだか強そうだよ・・・!」
・・・少女が純粋すぎて罪悪感で胸が痛い。
だが今は流石に集中しよう。
油断、慢心故の怪我は死に直結するからだ。
だから今はオークジェネラルを倒すことを先決として、少女を気に掛けないといけない。
「ブフ、ブモォォ・・・ブモォォォォ!!!」
血反吐を吐きながらこん棒を再び手に取るオークジェネラル。
誰かを守りながらなんてやったことがない。
もし失敗して少女が死んでしまったら───いや、後ろ向きな考えはやめよう。
俺の十年間は人一人も守れないほど薄いものだったか?
答えは───否だ。
「らぁ”っ!」
ダンジョンでは弱肉強食を嫌という程教わった。故に、ナイフを持ち変え、オークジェネラルの懐に飛び込む。
にしても、こんなに命を掛けてモンスターを倒しているのに、報酬すら貰えないっておかしいよな。
嗚呼、本当に。やってられないぞ、こんな仕事。
きっとネットの偉人たちならば、俺の気持ちを代弁してこう言ってくれるだろう。
───「働きたくないでござる」と。
「ブモォォォォ!!!?」
そして、そんな俺の気持ちが届いたのか、オークジェネラルは断末魔の叫びをあげながら、床を血に染めた。
出不精のニート魔王は、外に出ない理由がある~働かないんじゃない、働けないんだ~ 羽消しゴム @rutoruto
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