普遍

アルマダ

普遍


ぼくは障害者になりたかった。


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 小学五年生の夏、同じクラスの知的障害者の父親が死んだらしかった。

それを聞いて僕は、そいつのことを心底羨ましいと思った。


ただ、子供ながらに善悪の区別は付いていたから、口に出すようなことはしなかったが、当時は四六時中そいつのことを考えていた。異常だった。


 自分の父親が嫌いだった訳ではない、関係は良好だし、死んだらもちろん悲しいと感じるだろう。


僕自身の家庭環境にはなんのしがらみもなく、裕福ではないにせよ、毎日朝食と夕食を家族みんなで食べていたし、それなりに幸せな暮らしをしていた。


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 そんな普通の暮らしの中で、あの願望だけが頭の中にこびりついて離れない。


僕の言うそれがなにを指しているのか、自分でもわからぬまま、夏は終盤に差し掛かっていた。


 三学期がはじまり、羨ましいと思ったあいつは転校した(おそらく母親の実家に住むことになったのだろう)。


こう言っては悪いが、あいつのことなどどうでもよかった。僕は、あいつ個人を羨ましがっていたのではなかったのだから。


 なぜなら、テレビで特集されている義足の幼女や、余命半年と宣告された青年などを見た時にも、同じような羨望や出自のわからぬ嫉妬に悩まされていた。


無論、『ミロのヴィーナス』なんかを見た時とは全く違う感情であったと思う。


僕は、クーラーの効きすぎた教室でソフト麺を啜りながら、この感情が自分だけで抱えきれなくなっていることを察した。


 なんとかしなければ、と思った。


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 僕にも気の置けない友人がいた。


僕は本を読むことが好きだったが、外で運動することも特に厭わなかったから、タイプの違う友人がそれぞれ数人ずついた。


 そのなかでも僕のいちばん気の合う友人は、サカキといった。漢字が植物のほうでないことを彼は憂いていたが、理由はよくわからなかった。


 「なあ、僕は障害者になりたいんだ。どう思う?」


 思えば、助言が欲しかったのではなかった、吐き出してしまいたかったのだ。


 「バカなのか?」


 サカキは軽蔑したような顔をして、べつの友達のところへ行ってしまった。



 失敗した。



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 三学期も終わりを迎えようとしていた頃、僕は夏休みに書いた作文コンクールで賞を取った。


一人教壇に立たされ、三十六人分の拍手を受けた。今までの人生の中で賞を取ったことは無かったので、これは初めての経験だった。


 僕は戦慄した。


 僕のあの感情の原因に気がついてしまったのである。


 何故同じクラスの知的障害者の父親が死んだ知らせを聞いて羨ましくなったのか、

 何故テレビに出てくる障害者や病気の青年に嫉妬したのか、

 何故サカキに意味の無い告白をしてしまったのか、

 何故、ぼくは障害者になりたかったのか。


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ぼくは心底絶望した。



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普遍 アルマダ @yumesha

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