その24 復活の「災厄」
その光景を、葉子たちも湖畔から食い入るように見つめる。
「まさか……これ……」
「バカな。陣の発動時刻は正午のはず──」
広瀬さえも額に冷や汗を浮かべ、時計を確認した。
時刻は10時を少し回ったところ。ケイオスビーストの復活予想時刻までは、まだ大分開きがあった。
「……不完全なままでも、起こすつもりか。奴らは!!」
広瀬の予測は、全くその通りで。
水面から僅かに浮き上がった、スレイヴの黒い首。
紅のマントさえも失い、ただの肉塊と化した頭部。その真ん中で、充血しきった眼球が──
ギョロリと動いた。
《ククク……
もう遅い。我らの命を賭けても、ケイオスビーストは復活させる……!
可能ならば完全体で、召喚したかったが……
今の状態でも十分、こんなゴミの如き世界は吹き飛ばせる!!
ウハハハ……ハーッハハハハハハハハハハハハ!!!!》
それは間違いなく、しつこく現世に留まり世界を憎む、「撃滅」のダミ声だった。
その最期の哄笑が湖に響き渡った、次の瞬間。
一気に黒ずんだ天を、妖しい色を帯びた雷が次々と切り裂いていく。
「撃滅」の首が、湖からの光に呑みこまれていく。
水面がボコボコと泡立ち、やがて悠季のいる取水塔を中心に、大渦が巻き起こった。
「く……!
もう止まらねぇってのかよ、ヤツの復活は!?」
氷河剣を構えたまま、風術を使って一旦空中へ跳びあがる悠季。
その瞬間取水塔は、湖の底から湧き上がったズドンという衝撃音と共に、いとも呆気なく崩れ去った。
橋の先端で、一瞬茫然と立ちすくんでしまったみなと。そんな彼を、悠季は空中からかっさらっていく。
次の瞬間、渦と共に巻き起こった大波が、数瞬前までみなとのいた橋を跡形もなく吹き飛ばした。
「に、兄さん!?」
「このノロマ! さっさと逃げろってんだ!!」
みなとを抱えながら、強引に水面を蹴って横っ飛びに波を避ける悠季。
そんな彼に、みなとは歯ぎしりしながら怒鳴った。
「何やっとるんです、兄さん!
これ以上LP失ったら、アンタ!!」
「うっせぇ、ちったぁ感謝しろっての!
そんで少しでも俺の借金チャラにしやがれ!!」
「っていうか!
葉子さんのこと、少しは考えてくださいよ!」
「えっ?」
「あんたがLPを回復するたび!
葉子さんの血が、そのまま抜かれとるんです! あの装置で!!」
「──!?」
みなとの言葉に、悠季は思わず湖畔を振り返る。
大波に遮られ、彼女らの姿はろくに見えない。
そうか。あの装置、なんか怪しいと思ったら──!
しかしその時、悠季の脳裏に響いた言葉は。
《私なら大丈夫だよ、悠季。だから心配しないで。
広瀬さんには、貴方を回復出来るのはあと4回だって言われてる。
それさえ守ってくれれば、大丈夫》
「この声……葉子!?」
多分彼女の言葉が直接聞こえているのも、あのヘッドセットのおかげなんだろう。
LP回復って時点でイヤな予感はしたが、まさかそういうことだったとは。
広瀬の皮肉っぽい笑みを思い出しながら、悠季は歯噛みを隠せない。
あの野郎、帰ったら覚えてやがれ。
そんな悠季の腕に抱えられたまま、みなとは彼の胸に朱炎雀の先端を押し当てた。
「行きますよ、兄さん──
ライフパサー!!」
それは自らの生命力を仲間に分け与える、火術の一種。
LPが膨大なハルマ(みなと)だからこそ可能な術だ。
悠季の胸が紅に光り輝き、命の力がその身体に蘇っていく──
だがその代償に、みなとは悠季の腕の中で、一瞬がくりと力を失ってしまった。
「おい……ハルマ!?」
「……へっへ。
そう簡単に、兄さんの借金、チャラには出来ませんからねぇ?」
肩で大きく息をしながらも、そんな軽口を叩いてみせるみなと。
さらに彼は自分と悠季に自動蘇生術をかけ、次の瞬間──
大きく朱炎雀を空中へ振り翳した。
「ホントすいません、沙織さん……
光土合成術・奥義──
絶対結晶防御壁(プリズムプリズン)!!」
みなとの声と共に、朱炎雀の先端が光り輝き。
湖全体が、大きなドーム状の光に覆われた。
それはまるで水晶のように輝く、半透明の壁にも見え──
葉子たちのいる湖畔と、禍々しく光る湖との間を遮断した。
「な、何?!
今、何したの? みなと!」
眼前に出現した透明な壁を前に、沙織が思わず声を上げる。
彼女のバイザーに表示されたみなとのLPは──この時点で既に、2まで減っていた。
悠季へのライフパサーで大幅に削ったのは勿論、それまでの自動蘇生術などでも頻繁に減らしていたのだろう。
食い入るように壁を凝視しながら、葉子が説明する。
「これは多分、絶対結晶防御壁です……
命を燃やしながら、敵の攻撃から味方を守る壁。
守られている味方は攻撃をかけることは出来なくなりますが、その間は絶対に、どんな敵の攻撃も受け付けなくなる」
「そ、そうね……
あたしそこまで極めたことないけど、光術と土術、そんで騎士スキルと人情家スキル最高まで到達したら使えるようになるんだっけ?」
「そうです。ただ……
この壁を張っている間、使用者のLPは時間ごとに減少していったはず!」
葉子は青くなって、広瀬を振り返る。
その意図に気づいたのか、彼は即座に答えた。
「現実世界に換算すると、この状態では──
仁志のLPは、1分ごとに1減少する計算になる。
須皇さん!」
「分かってます!
ったく、もう……! あたしの血、無駄に使うんじゃないわよ!?」
沙織の判断は早かった。
憎まれ口を叩きつつも、彼女は迷うことなくコントローラのAボタンを押す。
コントローラから激しい光がみなとへ向かって放たれ、即座に彼のLPは満タンまで回復したものの──
沙織は思わず、がくりと両膝をついてしまった。
「さ、沙織さん!?」
「く……う、うぅ……
さすがに、キッツ……」
だが、葉子が沙織を助け起こした瞬間。
水晶のドームの中で──
禍々しい光が一気に溢れだし、大爆発を起こした。
それはみなとの張った絶対の壁さえも貫きかねないほど強烈に、葉子たちのいる大地をも揺さぶっていく。
「い、いやあぁああぁああっ!? 悠季!!」
「う、うぅ……みなと……」
「これは──
まさか、カオスストリームか!?」
葉子に見えている悠季のHPが一瞬で0まで溶け、LPが1減少する。恐らくみなとにも同じ現象が起こっているはずだ。
自動蘇生術によってか、すぐにそのHPは満タンに戻ったものの──
葉子は眼前に拡がる厄災の光に、確実に見覚えがあった。
広瀬の言葉通り──
それはかつて、マイスを、数々の街を焼き尽くした、呪いの光。
多くの人々を、街を、命を、一瞬で薙ぎ払った災いの光。
恐らく一度は、イーグルの命さえも容赦なく奪い去った光。
──カオスストリーム。
「……まさか現実で、相対することになるとはね」
そんな沙織の呟きと共に、顔を上げた葉子の瞳に映ったものは──
無数の術石を埋め込まれ、緋色に燃える固い皮膚。
カエルとトカゲを無理矢理合身させたかのような、生理的嫌悪を催させる図体。
蛍光緑のヒレが、目に痛い。
血の色に染まり、爛々と輝く眼球。
6階建て程度のビルなら一瞬で破壊してしまうであろう巨体。
湖を、森を、天空さえも大きく揺らす雄叫び。
──ケイオスビーストが、蘇ったのだ。
この現実世界に。
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