その23 技名叫んでぶっ飛ばせ!!

 

 強烈な揺れと爆風から一行を守るべく、必死でロッドに術力を籠めるみなと。

 彼の張った炎のシールドはこの一撃だけでビリビリと震え、いつ吹き飛んでもおかしくなかった。

 湖水も木々も土くれと共に突風で舞い上がる中、葉子は必死で悠季のいる方向を見定めようとするが、あまりの爆光でほぼ何も見えない。

 ただ、バイザーに表示されたステータスは──


「……!!」


 最大値を保っていた悠季のHPが、一気に0になったかと思うと。

 次の瞬間には再び最大値に戻っていく。LPを1、犠牲にして。

 恐らく悠季はこの攻撃によって大ダメージを受け、みなとの自動蘇生術が発動した。それは葉子にも分かったが──


 何が起こっているのかが、見えない。

 画面を最大まで拡大しても、悠季の姿が見えない。

 スレイヴの攻撃が直撃したあたりは、湖の底が見えるレベルまで大きく抉れ、葉子たちの反対側の岸辺まで、抉れた跡が届いている。その跡に一気に水が流れ込み──

 湖は渦を巻き、周囲は激しい土煙に包まれていた。湖底に描かれた魔法陣は、未だ力強く光を放っている。

 ──が、その瞬間。



「氷河剣・改──

 水風合成奥義・伍・光輪槍!!!」



 土煙の中で、何かがキラリと輝き。

 雷撃を纏った青い三叉槍が、天めがけて勢いよく撃ち放たれた。

 勿論その標的は、空中の赤マント。


「──小僧が!!」


 この反撃に気づいたスレイヴたちは、即座にもう一度、黒の爆弾を再生させる。

 その生成速度は驚くほど早く、槍の先端がスレイヴたちの喉元に到達しようとした瞬間にはもう、黒の球体は再び彼らの壁同然に巨大化し。

 輝く槍と、邪なエネルギーを溜め込んだ力が激突した。



「ゆ、悠季!!」



 強大すぎる二つの力の正面衝突により、天空が雷光で満ちる。

 烈風から身を伏せながら、悠季を呼ぶ葉子。

 だが勝負は、一瞬でついた。


「ぬ……ヌガァアアァアッ!!?」


 激しい雷を纏った槍は、爆弾に激突したと同時にその穂先から光の輪を現出させ。

 圧倒的な火力をもって、球体を破壊していく。

 まるで風船でも割るように簡単に、槍は黒の球体を貫き。

 その向こうにいたスレイヴ──『怨毒』と『撃滅』の身体をも、中心付近から同時に引きちぎった。


「し……

 信じ……られ、ぬ……貴様如きにぃ……!!」


 未練がましくも咄嗟に『怨毒』を盾にし、『撃滅』は身の安全を図っていたが。

 それも虚しく、悠季の放った憤怒の槍は、一撃のもとにその2体をまとめて、紙屑のように吹き飛ばしていく。



 あまりにも圧倒的な槍の威力に、みなとさえも呆然としてその光景を見上げていた。

 沙織が慌てて、彼に説明を求める。


「ねぇ、何なの今の?

 神城君は一体、何をしたの?」

「た……多分……

 時間停止術の応用で、分身したんだと思います。

 3人に分身すると剣も3本になって、そいつを合体させると巨大な三叉槍が生まれる。それが、氷河剣・改。

 そうすることによって繰り出されるのが、術奥義の光輪槍なんですが……」


 みなとは再び朱炎雀に力をこめ、自動蘇生術を発動させた。

 悠季の居場所は激しい水煙に覆われ、葉子のバイザーでもまだ確認出来ない。そこへ再び飛んでいく、みなとの蘇生術。

 葉子が悠季のステータスを確認すると──

 そのLPは既に、残り3まで減少していた。


「時間停止術と氷河剣の奥義を組み合わせたことで、LP消費は凄まじいことになります!

 兄さん! マズイですって!!」


 しかし、そんなみなとの絶叫と同時に。

 水煙の中から燕の如く飛び出してきたものは、悠季の姿。

 服や頬はやや汚れてはいたものの、傷らしい傷は殆どついていない。

 まるでブーメランのように、悠季の元に戻ってきた刃。そこにサーフィンでもするように飛び乗りながら──

 そのまま彼は空中でたじろぐスレイヴ、残り2体めがけて突撃していく。

 必死で抵抗を試みるスレイヴの術も、氷河剣の先端によって一瞬で貫かれ



「こ、この私ともあろう者が……何故、このようなゴミに!?

 ひ、ひぎゃあぁああああぁっ!!?」



 世にも情けない悲鳴を上げながら、慇懃無礼な言葉すらかなぐり捨て、刃にぶち抜かれていく『妄執』。

 この間、悠季は全くの無言だった。

 ただしその瞳は、術力最大発動とその内に秘めた静かな怒りによって、炯々と燃え続けている。

 それはかつて、マイスの盗賊リーダーとして、時には容赦ない残虐性を見せた『イーグル』としての血か。

 そんな彼の眼前で、『妄執』はいとも呆気なく顔面を氷の刃で圧し潰され、散っていく──

 だが。


「貴様!

 これ以上、好き勝手にさせるか!!」


 瞬時に悠季の背後を取ったのは、ただ1体だけ残ったスレイヴ、『狂気』。

 その右腕が大きく空中へと伸ばされ、ナイフの如く尖った爪が、炎術を帯びて真っ赤に輝いた。


「悠季! 避けて!!」


 危機を察知し、思わず叫んだ葉子。

 しかし、その叫びも虚しく──

 がら空きだった悠季の背中は、炎の爪によって大きく斜めに切り裂かれた。


「!?」


 5本の赤い筋が背中に刻まれた次の瞬間、どうと音を立てて噴き出す血液。

 葉子のバイザーでも、悠季のHPが一瞬でごっそり半分以上削られたのが分かる。爪の炎熱により、その背中からは血だけでなく煙までが噴き出していた。

 それでもなお──

 悠季は激怒の炎を瞳に宿し、『狂気』を振り返る。

 その瞳孔周りに輝いていた青い光輪がさらに激しく燃え盛り、エメラルドへその色を変貌させていく。


「いい加減しつっけぇんだよ!

 この、ボロ雑巾どもがぁ!!!」


 その眼光と絶叫だけで、『狂気』は思わず動きを止めてしまった。

 背中の傷にも構わず、悠季は強引に大きく右拳を振りかぶる。


「水風合成奥義・参──

 雷竜拳!!」


 固めた拳に雷撃が纏わり、まるで白竜の如く光り輝いた。

 最大級の激昂を充填したそのカウンターは、ただの一撃で『狂気』の腹部を貫き、見事な風穴を空ける。


「が……は……っ!!?」


 何が起こったのかさえ認識出来ず、上下に見事に断裂する『狂気』。

 この瞬間──

 あれほどまでに悠季を、葉子を苦しめた6体のスレイヴは、呆気なく壊滅した。

 最初に悠季が残光雪時雨を放ってから、最後の1体が落ちるまで、わずか2分足らず。

 葉子も沙織も、何が起きていたのか半分以上はろくに認識出来ていなかった。

 元の形状に戻った氷河剣を手に、ひらりと取水塔のてっぺんに降り立つ悠季。

 それを見つめながら、葉子の中で熱い鼓動が止まらない。


 ──イーグルの技ゲージの増加量は、全キャラの中でも最高だった。

 つまりそれだけ、短時間に多くの大技を放つことが可能。

 それを現実に再現すると──こんな凄いことになるなんて。


「はぁ、はぁ、はぁ……

 マジ、手間かけさせやがって」


 それでもやはり、身体に相当の負担がかかっていたのか。

 取水塔の屋根に降り立った瞬間、がくりと膝をついてしまう悠季。

 背中の傷に治癒術を施しながらも、激しい息が止まらない。

 そんな彼を見ながら、広瀬が呆れたように呟いた。


「全く……

 2分でLPの殆どを消費するとはな。気持ちは分かるが」


 その言葉通り──

 葉子のバイザー内に表示されている悠季のLPは、もう残り1。

 そんな悠季に向かって、慌ててみなとが駆け出していく。

 恐らく自身の使える生命力譲渡の術──ライフパサーを使うつもりなのだろう。朱炎雀の先端が、再び紅に輝きだしている。


「兄さん!

 ホント、無茶せんで下さいよ!!」


 既に殆どが崩れかかっている橋をぴょんぴょん飛び越え、みなとは湖面を駆け抜けるように走っていく。

 だがその時、悠季が大声でそれを制止した。


「駄目だ!

 来るな、ハルマ! まだ終わっちゃいねぇ!!」

「!?」


 途中から完全に崩れた橋の先端で、立ち止まってしまうみなと。

 その足元のすぐ下、湖の底から──

 禍々しい紫の光が、溢れ出る。

 スレイヴたちが湖底に仕掛けた、死力陣。それが、発動しかけていた。



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