その22 由緒正しき「無双」のやり方
それは、氷河剣の誇る超強力カウンター技──残光・雪時雨。
敵の術攻撃をその刃で受け止めた瞬間に自らの力へと変換し、さらに刃自体が持つ神器級のエネルギーを乗せて何倍もの威力に変えて打ち返す、反則レベルの技だ。
跳ね返された術はまるで、光の嵐の如く天を乱舞し。
また、敵が砕け散るさまが粉雪のようにも見えることから、こう名付けられている。
勿論この技は発動条件も厳しく、風・水・闇の3種の術をマスターしていなければ使用できず、かつ、両手大剣スキルを最大レベルまで上げていなければ絶対に発動することはない。しかもゲーム中では、限界近くまでステータスを上げていても発動確率は10回に1回。火力はトップクラスを誇るものの、あらかじめ構えさせておかねば意味がないカウンター技としては、使い勝手は最悪の一言。
なのでこの技は、多くのプレイヤーはまともに使用出来ない幻の技と言われており、葉子でさえもろくに見たことがなかった。特にイーグルに関して言えば、カウンター技の発動に期待しているとあっという間にやられてしまい、普通に攻撃させた方が早かったから。
強靭な体力と防御を誇るディフェンダータイプのキャラならともかく、イーグルとこの手の技は相性も悪かった。
でも──
その幻の技が、今ここで、悠季自身の手によって。
私の目の前で、再現された。
圧倒的なその火力と、舞い踊る光芒の美しさに。
葉子は思わず、危機も忘れて立ち尽くしてしまっていた。
──しかし悠季は、まだ止まらない。
桜吹雪の如く吹きすさぶ光の花弁の中、刃を閃かせ。
そのまま大地を蹴り、スレイヴらの中心めがけて、一直線に飛んでいく。剣を大上段に振りかぶったまま。
その姿は何故か、葉子の眼前から一瞬、消失した。
──え?
消えた? 悠季が?
直後、空に響いたものは
ドシュッと肉が切り裂かれる音。
それも少しずつではなく、瞬時に──
肉の内側の体液、その流れすら切断するほどの勢いで。
何が起こったのか。葉子が慌てて、バイザーの表示に導かれるまま、湖面を確認すると。
スレイヴの直上に跳んだと思った悠季が、どういうわけか百メートルほど先、水面に触れるか触れないかのあたりまで──
ワープしていた。
ワープしたようにしか、見えなかった。
剣は上段に振りかぶったまま、身体は獲物に飛びかかる寸前の豹の如く、小さく屈んでいる。
だがそれは、内に秘められた力をさらに爆発させる前段階に過ぎない。それぐらいは、葉子にも分かった。
そして、振りかぶられたその刃は──
どういうわけかほぼ全面、真っ黒い液体で覆われていた。刃を先端にして、空中に長々と尾を引いている黒い帯。そして所々、ぼろぼろに裂かれた紅の布地が宙に浮いている。
まさか。
葉子が思わずスレイヴらに視線を移すと──
そのうち1体の身体が、頭から縦に真っ二つに割れていた。
鎖と鉄球を武器にしたスレイヴ、『破壊』の身体が。
見事に寸断された紫の肉、砕けた骨の断面までがはっきり見える。
身体だけではない。構えかけていた鎖までも、ほぼ全てが細かく砕かれ切り刻まれ。
曇天に、金属片がチカチカ光って浮いていた。黒い体液と共に。
そうか。葉子はやっと理解した。
バイザー内のステータス画面では、悠季のLPが最大値10から3ポイント減っている。
多分、時間停止術を使ったんだ。
火水風土光闇、基本の術系統全てをマスターしていなければ習得出来ない、究極の時間操作術を。
そして文字通り、目にも止まらぬ速度でスレイヴ1体をぶった斬った。数分前まで自分を縛りつけていた鎖まで、全部まとめて。
LP消費はその代償だろう。時間停止術で使用したLPが2、そしてその直前のカウンター技で1。
──既に悠季は3、LPを消費している。
私が使えるLP回復は、あと4回。だから理論上、まだ悠季のLPは47残っていることになるけど──でも。
頭の中で計算しながら、葉子はどういうわけか、胸の高鳴りを抑えられなかった。恐怖よりも何よりも、好奇心の方が何故か勝っていく。
もっと──もっと見たい。
こんなにカッコイイ悠季を、イーグルを、これだけ間近で見られるチャンスなんて、滅多にないじゃない。
だから、もっと私に見せて。私を魅せて、悠季。
私の血でカッコイイ貴方がいっぱい見られるなら、こんなに嬉しいこと、ないじゃない!
そんな葉子の意思を受け止めたかのように。
そのまま悠季は水面を蹴るように身を翻し、『破壊』の身体が湖に落下するよりも早く駆け出した──
なんと、水面の『上』を。
「な……何してるの、彼は?
みなと?」
葉子のすぐ隣で、状況を容易に把握出来ず、戸惑う沙織。
何しろ目にも止まらぬ速さで、スレイヴ2体が完全撃破されたのだ。スレイヴ本人らですら未だに状況を掴めていないのか、全員指一本動かせず空中に留まったままだ。
しかし沙織を庇うように一歩踏み出したみなとは、食い入るようにその光景を見据えている。
「まずいっスよ、兄さん……
そのペースのLP消費は!!」
叫びながら麻袋からみなとが取り出したものは、朱炎雀。
見た目は普通のロッドとそう変わりないが、先端には孔雀を彫りこまれた紅玉が輝いている。
それは水術と同時に火術を使えるようになる、特殊武器。
水と火は術系統が相反する為、本来は併用出来ない。だからゲーム内では治癒の水術と自動蘇生の火術を同じキャラに担当させることが難しく、プレイヤーたちの頭を悩ませるポイントだった。
しかし朱炎雀を使えば、水と火の術を同時に使用可能になる──
つまりこれは、氷河剣とほぼ同レベルの神器でもある。
みなとが勢いよく大地にロッドを突き刺しながら術力を籠めると、ロッドの先端で大きく拡げられた孔雀の翼が、黄金に輝きだした。
「自動蘇生術式──
並びに、熱炎防盾(バーニングシールド)、起動!」
声と共に、みなとを中心として葉子と沙織、広瀬がドーム状に拡がった朱の光に包まれる。
それは物理攻撃のみならず、術からも味方を守る炎の壁だった。
同時にロッドの先端、紅玉から一筋の炎が燕の如く放たれ──
それは、水面を駆け抜ける悠季の身に、音もなく吸収されていく。一瞬だけ朱に輝く、悠季の身体。
──なるほど。現実に自動蘇生術が放たれると、こうなるのか。
妙に納得してしまった葉子。そして彼女は同時に気づいた──
悠季が水面を駆け抜けているように見えたのは、下段に構えた剣の先から放たれる強烈な冷気のせいだ。冷気が悠季の足元の水面を凍らせ、水面が一瞬だけ氷となって彼を支えている。
勿論長時間はもたないが、それでも悠季の体重を支えるだけの氷は十分形成されていた。
剣を構えたまま、イーグルの名に恥じぬスピードで湖を駆け抜ける悠季。水面をなぞるその剣先は激しい水飛沫を起こし、雪となって水上を舞い──
スレイヴらの真下へ接近した瞬間、悠季は逆袈裟に弧を描くように、空を大きく斬り上げた。
一気に放たれる術力と冷気によって、飛沫は吹雪となって舞い上がる。
水滴は無数の氷の刃と化し、術力の輝きを得て重力に逆らい、天へと飛んでいく。
勿論、スレイヴらの方向へと。
「ぐ……小癪な!
力を取り戻したからといって、調子に乗るな!!」
咄嗟に炎のシールドを張り、強烈な吹雪から必死で身を守る4体のスレイヴ。
そして『撃滅』『狂気』『妄執』『怨毒』は正四面体を描くように空中へ位置取りながら、それぞれ雷光・劫火・氷刃・猛毒の術力を手に、一斉に力を溜め込み始めていた。
「こうなっては、仕方ない」
「貴様如きに、我らが最大の奥義を使うことになるとは」
「しかしこれで、貴方も終わりですよ」
正四面体の中央で、一気に高まっていく禍の術力。
それを見て、みなとがロッドを構えたまま、思わず声を上げた。
「マズイ!
皆さん、伏せて下さいっ!!」
大地に突き刺したロッド。そこに籠めた術力をさらに高め、光の壁を強化するみなと。
だが、そんな彼の声を打ち消すかのように──
『撃滅』の大音声が、空へ轟いた。
「行くぞ!
我らスレイヴ、究極奥義──オードヌング!!」
炎・氷・雷・毒。本来は系統の相反する力が無理矢理に歪められ、邪神の術により強引に合成されていく。
世界のルールを無視して生み出された邪な力はやがて、何もかもを呑み込んでしまうかのような黒の球体を、スレイヴの生み出した正四面体内部に現出させた。
人間の頭ほどの大きさではあったが、それでも強烈な混沌を感じさせる黒の球体。その影響か、葉子の耳の中できぃんと不快な音が鳴り響く。
それを目撃した刹那、悠季も思わず立ち止まった。
「!
葉子! 伏せろ!!」
その声が終わらぬうちに。
歪んだ力をいっぱいに溜め込んだ黒の爆弾は、バチバチと電撃を放ちながら真っすぐ、悠季へと撃ち放たれた。
次の瞬間
「!
い……いやああぁああぁああっ!!?」
隕石でも落下したかのような衝撃が、湖全体を襲った。
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