その21 大逆転!? 奇跡のカウンター、発動!!



 痛みで息を切らしながら、ずぶ濡れのまま抱きついている悠季。

 その身体はこの前のように軽くはなく、ちゃんと人間らしい重みがあった。肌を流れる癒しの水は、冷たいが心地よい。

 思わずその腰を左手で支えると、腰骨の感触が直接手に触れる。

 よくよく見ると、ズボンもベルトがちぎられ、腰のあたりから少しずつずり落ちている。

 胸から臍のあたりまで続いている複数の鎖の痕は、さらによく見るとズボンの下まで延々と続いており──


「……っ」


 葉子は慌てて目を逸らした。駄目だ、これ以上見たら脳が爆発する。

 うちのお風呂でも、ここまで見たことなかったのに。


「……あ、あのね、悠季」

「ん?」

「あの。

 ちょっと、何とか、その……

 服、着替えられない?」


 消え入りそうな声で囁く葉子。

 その言葉を聞いた途端、待ってましたとばかりに沙織が突っ込んだ。


「そうよねぇ。

 さっきからずーっとあたしも、目のやり場に困ってたもの。

 感動の再会のはずが、神城君、ほぼすっぽんぽんじゃん」

「え?

 沙織、おま……!」

「いーや、素っ裸の方がまだマシねぇ。下手に服が残ってる分、余計にヤバイ。

 ま、あたしには今の神城君、ただのモブ男にしか見えないからいいけどさ。

 葉子にはこの前見た通りの超絶イケメンに見えてるワケよね? というか、あの超絶美男子が神城君の真の姿なワケよね?

 顔、真っ赤っ赤じゃん」


 腕組みしながら面白そうに二人を眺めている沙織。

 みなとも慌てて、腰に装着した麻袋に手を突っ込む。


「あぁ……そういや、兄さんの着替えまではさすがに頭回らんかったスね。

 まさかスーツをヘソ出しセクハラボロ衣装にしてるなんて思ってなかったスから」

「おい、ハルマ!

 俺だって好きでこんなカッコになったわけじゃ!!」

「そりゃ分かってますがね。

 そのカッコでうろつかれたら、こっちの世界でも犯罪者ですぜ、兄さん」

「い……いいよ、もう!

 術で着替えるから、もういい! 全くお前らは!!」

「術武器だの神薬だののアイテムは持てるだけ持ったんですが、武器だけで収納がだいぶパンパンでですね……今の兄さんに貸せる服となるとさすがにねぇ」


 みなとの麻袋は拳ほどの大きさでありながら、様々な物体が圧縮されて収納されているらしい。

 一体何を持ってきているのか。葉子が訝しんでいると、広瀬が再び声をかけた。


「天木さん。

 神城のLP、まだ回復出来ていませんよね」

「え?

 は、はい」

「ジェネレーターは、LP回復と同時に、『バディ』の服を整えられる追加機能がついています。それを使って、神城の服を替えられますよ。

 何でもいいんです。天木さんのイメージした服に」

「私のイメージした……悠季の服?」

「えぇ。公序良俗に反しない程度であれば、何でも」


 葉子も悠季もぽかんとしたまま、広瀬の言葉を聞いていたが。

 やがて悠季が葉子のHMDを見つめながら、尋ねた。


「そういえば、それ、気になってた。

 葉子。お前の頭のヤツ、何だ?」

「あぁ、これね……

 LPを回復する装置。私の力で、悠季を完全回復出来るみたいなの」


 LPの概念は、HPや技ゲージと同様、イーグルの元いた世界にも勿論ある。

 だからその言葉の意味を、悠季はすぐに理解したようだったが──


「お前の力でって……どういうことだ?

 LP回復って、俺たちの世界でだって、そう簡単にはいかなかった。

 こっちの世界の画面からじゃ、そうは見えないかも知れないけど……

 LPが減るのってあれ、骨が砕け散ったり手足が吹っ飛んだり、内臓が飛び出るレベルの怪我なんだぜ? 

 相当高度の治癒術を受けるか、超レアな回復薬でもなきゃ、LP回復なんて無理だ」

「分かってる。

 でも──」


 葉子がそう言いかけた、その時。

 貯水塔の方向で、突然ざわりと何かが蠢いた。

 一般人たる葉子にさえはっきり分かるほどの、殺気が。


「あいつら──!

 まだ、居やがるか!!」


 治癒の水に浸かりながらも、身構える悠季。だがさすがにまだ、立ち上がろうにも立ち上がれない。

 即座にみなとも麻袋の中から、一振りの剣を取り出した──

 それは、小さな袋の中にあったとはとても思えぬほどの、大剣。

 みなとどころか悠季の身長すら軽く超えるほどの剣身を誇り、両手ですら扱いきれなさそうなほどの重みに見える、その剣を。


「兄さん、こいつを!!」


 みなとは軽々と、悠季に向かって放り投げた。

 下手をすれば葉子の頭に刺さりかねない角度で投げられた大剣だが、それは見事に空中で回転しながらブーメランの如く曲線を描いて葉子を避け、悠季の左拳に掴み取られる。


 悠季の手に柄が収まった瞬間、青く剣身を輝かせ始めたその大剣は──

 間違いない。葉子もよく知る、ゲーム内でも最強と名高い神器──氷河剣だった。


 間髪入れず、広瀬が叫ぶ。

「時間がありません。

 天木さん。すぐに神城のLP回復、お願いします!」


 広瀬が睨んだ貯水塔。その周囲では──

 既に6体の赤マントが、湖から盛大な水柱を上げながら、黒い空へと浮上していた。

 虚無石の爆発に巻き込まれたのか、全員マントは見事にボロボロに焦げていたが。

 それでも異形たちの声は何事もなかったかのように、天へとこだまする。



「虚無石が破壊されたか」

「この世界のゴミどもにも、そのような賢しさがあったとは。驚きましたねえ」

「まぁいい。既に儀式は始まっている──

 これを機に、ネズミどもをまとめて始末するまでよ!」



 葉子は咄嗟に、バイザーごしに悠季を見つめる。大剣を手に、背中越しにスレイヴらを睨みつける悠季を。

 マニュアル通りにコントローラのAボタンを押すと、彼の姿にメッセージウインドウが重なった。

 それは、バイザー内に表れた、葉子への警告。


《このコマンドを実行すると、貴方の血液が100ml失われます。

 実行しますか?―――決定 キャンセル》


 悠季の背後の空で、既にスレイヴらが滾らせた術力のエネルギー弾が見える。

 キャンセルも何もない。決定以外の選択肢はありえない。

 葉子は全く迷うことなく、Aボタンを押した。



 途端、軽い眩暈のような感覚が葉子を襲う。

 同時に薄紅色に染まったコントローラーが一気に光を放ち、その輝きはすぐ正面の悠季を、小さな竜巻のように包み込んだ。


 光と化した葉子の血が、無数の紅の花弁となって、そのまま悠季の生命力となって注ぎ込まれていく。

 傷だらけだった悠季の身体が一気に力に満たされ、切り裂かれた皮膚も、抉れた腹も鎖の痕も、全ての苦痛が光に溶けていく。

 そして──


 光量が少しだけ収まった時には、既に悠季の姿は──

 葉子が最初に『神城悠季』として彼と出会った時と同じ、紺のスーツ姿に変化していた。

 スーツの色と合わせたようなサックスブルーのワイシャツも、襟元で少しだけ緩められた紅のネクタイも、完全に一致。ネクタイの先端は強風で煽られ、今にも吹き飛びそうではあったが。

 急激に血液を抜かれたせいか。ぼんやりとよろめく視界の中で、葉子は思う。



 ──あぁ。

 私、悠季のこの姿が、一番好きだったんだ。

 最初にイーグルが、悠季として私の前に現れた、あの時の姿が。

 イーグルの盗賊衣装で現れてくれないかなって、ちょっと期待してた部分もあったけど。

 やっぱり、私は──



 煌めく光の中で、悠季は敢然と顔を上げ、飛沫を散らし躊躇なく立ち上がる。

 その敏捷な動きに、痛みによるぶれは全くなかった。

 途端、スレイヴらから放たれた火球、雷撃、氷槍──

 3つの術力が極大のエネルギー弾と化し、さらにそこへ残り3体のスレイヴの刃が、水術が、鎖が、強引に連なって悠季たちめがけて飛んでくる。

 だがもう、悠季は一歩たりとも退かない。

 唇に笑みさえ浮かべながら、両手大剣を右下段に構え──

 ひたすらにスレイヴらを凝視する紫の瞳。その瞳孔の周囲に、術力最大発動を意味する青い光輪が、炎の如く煌めいた。

 術力を受けて唸る剣身が、一気に風を切り裂く。



「いつまでも好き勝手、やれると思うな……

 残光・雪時雨!!」



 その雄叫びと共に。

 肉迫したエネルギー弾の全てを真横に一閃する、青の刃。

 スレイヴらの放った渾身の術力は、そのたった一太刀のもとに、全てが見事に跳ね返され。

 反撃をまともに食らったスレイヴらは、刃の風圧と自らの術力による爆風で吹き飛ばされ。

 中でも、真正面から攻撃を受け他のスレイヴらの盾となった『絶望』は、哀れにも一撃だけで跡形もなく消滅してしまっていた。



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