その7 糸口



 絶望の中で、わずかに見えた突破口。

 その手がかりを今、みなとは全員に提示していた。


「『夢見の宝弾』──

 見た目は小石ぐらいのガラス玉にしか見えませんが、そいつを強制的に虚無石へぶち込めば、すぐに虚無石は砕け、術無効の呪いが解除出来るらしいッス」

「は、早く言ってよそれを!

 そんな便利なもんがあるなら、さっさと出しなさい! もう!!」

「沙織さん。出せるのならとっくに出してますって……」


 責め立てる沙織に、呆れたようにため息をつくみなと。

 葉子は脳内でそのアイテム名を探ってみたが、記憶にない。恐らくゲーム中には登場しないアイテムなのだろう。そもそも、虚無石の存在もゲーム内では明かされていなかった。


「虚無石もそうですが、夢見の宝弾もまた、我々の世界にしか存在しません。

 それも、無数の山や谷を越えたところに存在する、冥府の奥の奥──

 冥府の大神の許可を得て初めて入ることが許される、煉獄。その最深部にしかないと言われる秘宝なんです。

 勿論、今の私が持っているはずがないですし、並大抵の努力でたどり着ける場所ではない。

 ですが──」


 みなとは一度大きく息を吸い込むと、何かを決意したようにゆっくりとその糸目を開いた。

 絞り出すような声で、彼は呟く。


「沙織さん……すみません。

 私、一旦、貴方の担当を……外れることになるかも知れません」

「へっ?」


 何を言われたのか分からない沙織。

 だがみなとは構わず、今度は広瀬に向き直る。


「管理官。私を──

 一度、元の世界に帰還させて頂けますか。

『夢見の宝弾』を採り次第、必ず戻ってきますんで」

「え?」


 みなとの申し出は、広瀬にとっても意外だったのか。

 切れ者で通っている管理官さえも、思わず間抜けな声を上げていた。

「し、しかし──

 仁志。君が帰還したとして、確実に宝弾を奪取出来る保証はあるのか。

 今この地域にはケイオスビーストの脅威も迫っている。そして神城はこの状態──

 そんな中で、君の帰還を許すわけには!」

「私も結構、葉子さんや色々な方々に交渉術を鍛えられましてね。

 一応、冥府の大神様にも顔が効くんスよ。さすがに煉獄の門を開くとなったら、相応のお金はかかりそうですが」


 思わず沙織が突っ込んだ。「お金?

 お金で何とかなるの、それ?」


 みなとは敢えて笑顔で沙織を振り返りながら、人差し指と親指で丸を作ってみせる。


「地獄の沙汰も金次第って、こちらの世界でも良く言うじゃないスか。

 私しゃ商人ですから、モンスターとの交渉には結構自信あるんスよ。とりあえず、いつもいい餌食……いや、お客様になって下さる雪原のゴブリンどもとキマイラどもとガーゴイルどもを、ちゃちゃっと騙……いや、交渉すれば、一気に大金を貯められますからね。

 恐らく、煉獄に入れるだけの金は」


 みなとの言葉に、広瀬も思案にくれる。


「確かに──

 そうするより他に、手はないかも知れない。

 君たちの世界から来た人間は、他は全て各地の異形討伐にかかりきりだからな。

 既に、神城以上の重傷者が何人も出ているとの報告も来ている」

「でしょ?

 だから、お願いしますよ管理官!

 私に、兄さんを助けさせてください!!」


 広瀬に向かい、深々と頭を下げるみなと。

 しかし広瀬は軽くため息をつきながら、彼を諭す。


「だが、いつ何時ケイオスビーストが復活するか、現時点で誰も分からない。

 君を行かせてしまえば、この地域でまともに奴らと戦える者はいなくなる。この国の首都が──

 1千万人超の人間が、危険に晒されることになるんだ。

 仁志。君が戻ってくる前に、万が一ケイオスビーストが暴れ出せば──

 我々は、この状態の神城を引きずり出して戦わせることになる。それは、分かるな?」


 ベッドに横たわる悠季を見据え、広瀬はどこまでも平静に指摘した。

 しかしみなとは、懸命に胸を張る。


「大丈夫っス。

 私しゃ、時と金に関しちゃ鬼と化す商人ですぜ? そうなる前に、必ず戻ってきますから!!」


 だがそんなみなとを、慌てて沙織が止めた。


「ちょっと待ってよ。

 じゃああんた、戻ってきたら、ケイオスビーストとたった二人で戦うつもり!?

 あの化物はゲームで討伐するのだって、滅茶苦茶大変だったでしょ! 5人編成のパーティで挑んだって、何十回叩き潰されたか分からない!

 なのにそいつに、神城君とみなとの二人だけで挑むわけ?」


 勢い余ってみなとを揺さぶる沙織。みなとはそれに対しては、口ごもったまま答えない。

 宝弾があれば治癒出来るとはいえ、悠季はこの重傷だ。実質、みなとだけでケイオスビーストに挑むというのか?

 そう考えると、葉子の背筋にもぞくりと震えが来た。いくら私でも、ハルマ君単独でケイオスビースト撃破なんて──試したことがない。

 しかしそこへ、広瀬が割って入る。


「勿論、そんな無茶を二人にさせるつもりはありません。

 ですから──

 須皇さん。それに、天木さん。

 貴方がたにも、協力していただきます。その為の準備も進めている」


 有無を言わせぬ広瀬の口調に。

 沙織もほぼ何も言い返せず、押し黙るしかない。

 しかし葉子は顔を上げたまま、じっと悠季の横顔を睨んでいた。


 ──協力? その為の準備?

 それは一体、何だろう。

 何でもいい。今の私が、イーグルの助けになるなら。


「ま──そいじゃ、決まりスね!

 沙織さん。それに葉子さんも、大変申し訳ないスが、ちょっくら私、里帰りしてくるッス!!」


 重い空気を吹き飛ばすように、敢えて軽妙な口調で会釈してみせるみなと。

「あと、家のことは心配せんで下さい。

 兄さんがかけた空間術式の部分は消滅しかけてましたが、私が応急処置しときましたんで、一応まだ暮らせるはずッス」

「みなと……」


 早口で言ってのける彼に、沙織もろくに声をかけられない。

 そんな彼女にウインクしながら──糸目ゆえ、よくよく見ないと全くそうとは分からぬウインクであるが──みなとはそっと、悠季の枕元に近寄った。


「全くもう。ホントに兄さんは、手のかかるお人なんスから。

 これ以上葉子さん、心配させちゃダメッスよ。

 あと、忘れんでくださいよ。兄さんの借金、夢見の宝弾の分も追加させていただきますからね!」


 みなとは同じ言葉をわざわざもう一度、異界の言葉に直して悠季に宣言する。

 悠季は少し痛みに呻きながらも、みなとに向かってニヤリと笑ってみせた。


 ──お前、悪魔かよ。


 葉子には言葉の意味こそ分からなかったが、そんな文句を彼が言い放った──気がした。

 みなとは思わず袖でごしごしと顔を拭い、声を張る。

 ともすれば涙声になるのを必死で抑えているのが、葉子にも沙織にも分かった。


「へ、へへ……兄さんの借金、どこまで増えるか楽しみですねぇ。

 きっちり、耳揃えて返してもらいますからね。それまでは……

 絶対に、くたばらんでくださいよ!」



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