第4章 復活の「災厄」
その1 前震
※ 第4章では流血描写が頻発します。また、癒しとは無縁のストレス描写が中盤まで連続します。苦手なかたはご注意ください。
また、この章に限り一人称視点ではなく三人称視点で書いております。
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「紅蓮の大皇が、復活……!?
まさか、そんな!」
場所は次元通行管理局──ガラス張りのオフィスタワー内の一室。
窓がなく締め切られた会議室で、神城悠季と次元通行管理官──広瀬昴は、ほの暗い室内に設置された大型スクリーンを睨んでいた。
スクリーンにはこの国の地図が大きく投影されている。南北に細長く伸び、まるで竜の如き形をしている島国──
しかし今、蛍光グリーンで表示された地図は、至るところ真っ赤な円に塗りつぶされている。
そのさまはまるで、血に塗れた竜にも似ていた。
「事実だ。受け止めろ、神城」
広瀬は眼鏡を直しながら、手にした資料を素早く探った。
信じられないものを見る目つきで椅子から立ち上がった悠季とは対照的に、広瀬は説明を続ける。
「君の世界からイレギュラーな召喚が為されたのは、これが初めてではない。
紺碧の妖貴族、深緑の空神、山吹の大蛇──
その他にも様々な、人ならざるものたちが、こうしてこの国の各地に出現している」
「って……冗談だろ!?
あいつら、みんな、邪気は抜いたはずなのに! しかも何で、この世界に!?」
紅に染まる地図を、茫然と眺めるしかない悠季。
そんな彼に、広瀬はあくまで冷徹に告げた。
「君もニュースぐらいは見ているだろう。
この国の各地で最近、急激に頻発し始めた大火災、地震、噴火、豪雨、竜巻──
それらは自然現象ではなく、ほぼ全てが君たちの世界から来た『異形』により引き起こされたものだ。
M県のリーベル、O府のアーサー、そしてS市のヨルミからも同様の目撃報告が来ている。
君も彼らのことは知ってるだろう?」
「あいつらが……
じゃあ、嘘じゃねぇってことかよ」
唇を噛みしめながら、悠季はじっと床を睨みつけた。
握られた拳は、いつになく小刻みに震えている。
「そもそも何だよ、そのイレギュラーな召喚ってのは!
異世界からの通行は、俺たちみたいなPIP担当者以外は認められないはずじゃなかったのか!?」
「本来はそのはずだ。
だが、厳重に封鎖されたはずのゲートを開放し、まんまと異形どもを連れ込んだ奴らがいる。それも、君たちが邪なる者を追放した時間軸ではなく、そいつらがまだ堂々と跋扈していた時間軸から。
そこまでは調べがついている」
「だったら、とっととそいつを──!」
「犯人についてはこちらで追う。目星はついている。
神城。君はこの地域にまで被害が拡大しないよう、全力を尽くしてほしい」
眼鏡の奥の細い瞳にじろりと見据えられ、思わず悠季はごくりと唾を飲んだ。
──底知れぬ悪寒で。
「既に──
このT市付近に、ゲートから何者かが違法侵入した形跡がある。それも複数」
「な……おい! それを早く言えって!!」
「勿論、警視庁に応援を要請済みだよ。
だが、君も知っての通り──
異世界から召喚された怪物をこの世界で撃退出来るのは、同じ世界から召喚された者だけだ」
「……そうだってな。
他の異世界人がどれほどの術を使ったとしても、せいぜい動きを止めるぐらいが関の山。
完全撃退には至らねえんだってな」
「そして現在、出現した異形の殲滅と、災害の拡大阻止の為に。
君と同じ世界から来た異世界人たちは、殆どが各地で奮戦中だ。自分の相棒と、その周辺地域を守る為に。
それ故、この国の首都に近いT市。この近辺で何かが起こるとすれば──」
広瀬はデスクの向こうから軽く身を乗り出し、悠季にずいと詰め寄った。
何を言われるかなんて、もう分かっている。
「俺とハルマしか──対応出来ねぇってわけだな。
葉子たちを守る為には」
脳裏に浮かんだのは、葉子の笑顔。
悠季がバディとして彼女の担当となったことで、ようやく彼女本来の柔らかな笑顔が戻ってきたように思う。
そんな彼女の微笑を思い出すと、悠季の唇にも自然と笑みがわいてきた。
「任せとけって!
俺が何回、あのエラソーな魑魅魍魎どもをぶっ飛ばしてきたと思ってんだ?」
広瀬の前で、勢いよく片方の拳でもう片方の掌を叩いてみせる悠季。
だが相手は全く笑わなかった。
「神城──決して油断はするな。
相手は1000以上ものゲート封鎖パス、そして5万にも及ぶ次元監視カメラを容易にすり抜け、異形をこちらに送り込んできた奴らだ。
それから、忘れるなよ。
君の力は、天木葉子との絆あってのものだということを」
「改めてあんな風に言われなくったって──
分かってるっつーの、んなこたぁ」
少々頬を膨らませたまま、悠季は電車から降りた。
葉子たちと共に住む自宅──須皇沙織のマンションは駅を出てすぐそばにあったが、今日に限り、悠季はそのまま帰宅するつもりはなかった。何故なら。
「葉子の誕生日……もうすぐだったよな」
誕生日というものを、悠季──イーグルは未だによく理解していない。
人がこの世に生まれたことを祝う記念日。その概念ぐらいは彼も知っている。
しかし──彼は自分の生まれた日を知らなかった。それは彼だけでなく、彼の仲間たちの殆ども同じだったが。
だが、まだ子供だったころ、諭されたことがある。
──誕生日とは、ただ単に生まれた日を祝うものではない。
1年もの間、この世知辛い世を生き抜いてきたことを、皆で祝うものなのだと。
そういえばマイスにいた頃、仲間とみんなで誕生日、祝ったっけな。
みんな同じ日に生まれたってことにしてさ。
それを思い出していた悠季は、この日葉子にプレゼントを買うつもりだった。
今日管理局から呼び出された自分以外、葉子たちは皆まだ会社だ。先に帰って、びっくりさせてやるのもいいか──
そう考えた悠季は駅の反対側、葉子がよく行く小さな雑貨屋へ足を向けた。
ウィンドウショッピングだけはよくするものの、実際の買い物自体はなかなかしない。そんな彼女の為に。
ちょうど目をつけておいた、いい感じのシュシュがある。いつも二つに分けて緩めに編まれた葉子の髪に、多分あの桜色はよく似合うだろう。
そう思いながら、悠季は足取りも軽く、雑貨屋へ向かっていった。
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