その4 踏んでしまった、彼の地雷




「イーグルが弱いっていうんだったら、課金して強くすればいいじゃない。

 ソシャゲってそういうものでしょ?」


 私たちの愚痴の大半を聞いていたのか。

 沙織さんは面倒くさげにテーブルに両肘をつきながら、スマホを取り出した。


「そのゲームじゃないけどさ。あたしだって一応、ソシャゲはやってるのよ。

 島でウキウキ牧場生活みたいなゲームだけど、ある程度課金すれば楽に先に進めるし、時間短縮も出来る。

 そもそも課金によってソシャゲ運営は継続されるものなんだから、キャラを強くしたければある程度の出費は惜しまないの。でなきゃ、ゲームそのものが潰れちゃうわよ?」


 沙織さんの差し出したスマホ画面を、私も悠季も揃って見つめた。

 画面では果樹園や牧場の広がる緑の島が展開され、中央にはこじんまりとした街まで出来ている。可愛いキャラたちが画面を楽しそうに動き回っていた。滑り台で遊んだり、チョコレートの壺で泳いだり、牛に落書きして蹴り飛ばされたり……


「こ、こんなにやって……

 みなと君に怒られないんですか?」

「大丈夫。あいつがちゃんと時間管理もお金の管理もしてるから。

 ひと月にいくらまで、一日に何時間までって、ちゃんと見てくれてるからね」


 そうか。みなと君が管理してくれてるなら安心だな。


「……この前一気に10万使いそうになって、さすがに雷落ちたけど」

「って、え!? 何をどうしたらそうなるんです?」

「ガチャってホント魔物なのよ。

 目当てのブツが出てこないと、回せば回すほど後に引けなくなる。

 あと3000円で当たるだろう、1万なら当たるだろうとつぎ込んでいるうちに、金銭感覚もおかしくなってくるのよね。

 あの時みなとが白目剝き出しでキレてくれなかったら、ヤバかったね。

 ま、あたしのことはどーでもよくて」


 沙織さんは、私たちの前に綺麗に並んだスマホ2台を眺める。

 ほぼ同じゲーム画面のマップが、2台のスマホの中で展開されていた。


「そのゲームのイーグルが弱い上に、強化に時間もかかりすぎるってんなら。

 さっさと課金して、強くすればいいだけの話でしょ?

 どうせ二人とも、変な意地張って無課金通してるんじゃない?」


 う。それはあるかも……

 イーグルをここまで邪険にするゲームになんて、1円も出すものかって思ってる。

 だけど、問題はそこじゃないんだ。


「課金しても……イーグルが強くなるわけじゃないですから」


 そう。どれほどイーグルの為に課金したところで、☆3のイーグルは☆5のアガタに勝てない。☆3と☆5という時点で、強化出来る幅に相当の違いがあるし──

 しかも衣装違いのキャラが多数実装され、その性能をカスタマイズして最強キャラを作れるアガタには、とてもかなわない。

 強敵を打ち倒すにも、ストーリークリアにも、イベントを周回するにも、残念ながら重宝されるのはイーグルよりも……


「☆3より☆5が大事にされるのは当たり前でしょ?

 強敵を倒し、イベントを制覇していく為に、強い☆5キャラを集める。その為にある程度の課金をするのは」

「当たり前っていうんですか?

 私はそれじゃイヤなんです」

「何がイヤなのよ」


 私も悠季に倣って頬を膨らませる。

 悠季が私の気持ちをそのまま代弁してくれた。

 

「☆5の奴らじゃなくてさ。『俺が』強くなりてぇんだよ。

 元の世界じゃ、葉子と一緒に滅茶苦茶強くなれたのに──

 このゲームじゃどれだけ金かけようが、時間かけようが、☆5の奴らには勝てない。

 同じ俺なのに、それがなーんか納得いかなくてさ」


 そりゃ、コンシューマーゲームとソシャゲを同列に考えるのは違うってことぐらいは分かっている。

 沙織さんの言うとおり、ソシャゲは毎月の集金が命だ。容易に入手できる☆3キャラが☆5と同じくらい強くなれてしまったら、せっかく限定衣装の☆5を出したところでガチャが回らなくなってしまうだろう。

 だけど、それでも私は、イーグルを強くしたい。


「元のゲームみたいに、イーグルを最強に出来るなら。

 私、10万でも20万でも出すのに」

「ちょっと待ちなさい葉子。それも正直どうかと思う」

「何がですか? 推しを強くする為なら当然ですよ」

「いや、だからね、その……」

「HP限界突破に1万かかっても、奥義強化に5万かかっても、覚醒まで30万かかってもいいですよ。海賊衣装イーグルとか見られるなら50万でも100万でも」

「葉子、落ち着いて。ホントマジで落ち着いて」

「葉子、俺なら大丈夫……何百回人柱にされたって、俺、頑張るから」




 沙織さんが私の両肩を掴み、悠季がほんの少し涙目で私を見つめたその時──

 戸口の方から声が響いた。


「皆さ~ん、只今帰りましたでございますぅ~♪」


 沙織さんより少し遅れて帰ってきた、みなと君だ。


「今日は私の料理当番ですから、早速準備始めさせていただきますね! いいエビが手に入ったんスよぉ~」


 買ってきた食材を台所に持ち込みながら、早々とエプロンをつけている。

 でも、私たちの様子に気づいたのか。彼は不審げに皆の顔を見回した。

「な、何があったんスか、皆さん。なんか嫌な予感が……」

「みなと。あのね」





 そしてかくかくしかじか。

 沙織さんが説明し終わると、みなと君は──


「あぁ……例のソシャゲの話スか。

 私も知ってますよ。3年ほど前から始まったお祭りゲーらしいスね♪」


 その糸目も声も、いつもと変わらず朗らかなままだ。

 いや。むしろ、いつも以上に奇妙に朗らかになっている気がする。

 それに気づいているのかいないのか。悠季が唇を尖らせて愚痴った。


「酷いと思わねーか、ハルマ。

 俺みたいな☆3キャラはどんなに金かけても弱くて、人柱にしかなれないとかよぉ」

「……」

「お前だって分かるだろ。アガタと俺、どっちも強さはそこまで変わんねぇってぐらい。

 そりゃ、あいつはそこそこ顔は可愛くねーこともねぇし? 気が利くし茶目っ気もあるからヤロー人気が出るのは分かるぜ、だけど俺だって……」

「あの、いいスか、兄さん」

「うん?」


 悠季もみなと君の様子に気づいたのか、ふと顔を上げる。

 みなと君は私たちに背を向けたまま、台所で包丁を手にしていた。



「私──☆3ですらありませんよ。

 未実装ですので」



 さすがに悠季もそれ以上声をかけられず、口ごもってしまった。

 額から冷や汗がたらりと流れている。

 未実装。つまり、キャラとして登場すらしていない。


「あ、あの……

 すまねぇ、ハルマ」

「いいんスよ、兄さん。

 ☆3の方々がどれほど酷い目に遭っとるかは、知ってますから。

 だけど、ゲーム開始から3年経過しても一向に実装されない私みたいなのもいるってこと、ちょっと覚えておいてほしかったスね」


 右手に包丁、左手に伊勢海老を握りしめながら。

 みなと君はいつもの笑顔のまま、こちらを振り返った。


「しかしまぁ、私にもちょいと考えがありまして」


 伊勢海老はまだ生きているのか。みなと君の手でわしづかみにされながら、モゾモゾと動いている。


「あと半年しても、私を実装していただけないようでしたら……

 ちょうど時期もいいですから、タランテラ入りの特製チョコでも運営さんに差し上げようかと」

「みなと、落ち着きなさい。

 お願いだから落ち着いて」


 まずい。伊勢海老が巨大毒蜘蛛モンスターに見えてきた。


「大丈夫ですよ。

 兄さんなら知ってるでしょ? タランテラはちゃんと正しい方法で毒を抜いて調理すれば」

「いや、それでもな。俺は慣れてるがこの世界の人間は」

「私しゃ別に毒など送りつけるつもりはないですぜ? エビやカニにも似たお味になるんですよ♪」


 包丁と伊勢海老を手に、にっこり微笑むみなと君。

 ていうか、伊勢海老と毒蜘蛛モンスターを強引に関連づけるのやめてほしい。それ、これから食べるんだよね?


「このゲーム、何だかんだで3年以上続いていますから、運営さんへの感謝の気持ちです。

 3年もやっとる分際で、私の姿はついぞ見たことありませんがね」

「みなと君。気持ちは分かるけど、どうか本当に……」

「これまで、実にたくさんの女性キャラに──

 それも元の世界ではとことん非協力的だった、というか敵だった女性キャラにまで、散々、嫌というほど、目の保養をさせていただいてますからねぇ。

 今まで無駄に実装された水着キャラとクリスマスキャラと正月キャラとバレンタインキャラと浴衣キャラとハロウィンキャラとコラボキャラの分だけ、せめてお礼にタランテラチョコを」

「みなと……それ、この世界では脅迫罪って言ってね」

「すると全部で100匹近くは必要ですねぇ。一緒に頑張りましょうね、兄さん♪」

「どさくさ紛れに俺を巻き込むんじゃねぇ!!!」







 半年後、このソシャゲがタランテラの災厄を逃れられたかどうかは。

そもそも、半年後まで存続出来たのかどうかは

 ──神のみぞ知る。



(番外編・Fin)




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